INDEX
その面積はブラジルより大きく、米国より少し小さいサハラ砂漠。もしこのサハラ砂漠で太陽光発電が実現すれば、アフリカだけでなく、欧州や世界のエネルギー事情を大きく変える可能性があるといわれているーー。
世界のエネルギー事情の問題点
まず、エネルギーと言って真っ先に頭に浮かぶのが、石油や石炭、天然ガスなどの化石エネルギー。先進国の経済や暮らしはこのエネルギーに依存しているが、もともと枯渇することが分かっているエネルギーだが、世界人口が増え、消費量が増えている中、今後さらに人々の不安は募るだろう。
次に原子力エネルギー。スリーマイル島事故、チェルノブイリ事故、福島第一原発事故などを経て、スイスやイタリアのように原発を停止したままにする国があり、さらにドイツのように「脱原発」を大きく掲げ、実行しようとする国も出てきている。
他にも水力エネルギーはダムを建設すること自体に莫大な初期費用がかかり、環境や生態系にも悪影響があり、また降水量にも発電量が左右されるというデメリットもある。
そんな中で、風力エネルギー、バイオマスエネルギー、地熱エネルギー、太陽光エネルギーなどが代表する、自然エネルギーへの変換が世界各地で行われようとしている。
ちなみに、日本のエネルギー自給率はIEA(国際エネルギー機関)の報告書によると2017年では約8%である。残りは海外諸国に頼ることになるため、政治・利権問題が絡み、日々の国際情勢に大きく左右されることが問題となっている。
Desertec Project:デザーテック計画
そうした中、アフリカのサハラ砂漠でも、大規模な風力発電と太陽光発電のプロジェクトを行うとしたのが、「Desertec Project(デザーテック計画)」である。
アフリカ大陸北部にあるサハラ砂漠は氷雪気候の南極を除くと、世界最大の砂漠である。この計画は太陽光と風力の発電施設をサハラ砂漠に作り、そこで電力を生み出して、その電力をスーパーグリッド(国際的送電網)の高圧直流ケーブルを使って、ヨーロッパおよびアフリカ各国に送電するというプロジェクトである。
スイス・スウェーデン企業ABBの調査によると、世界中の砂漠地帯では、6時間足らずで全世界の年間エネルギー需要に匹敵するエネルギーを集めることができるという。発案は2003年で、以来多くの科学者、専門家、政治家がこのアイデアに携わり、科学的検証は主にドイツ航空宇宙センターが3年の月日を費やして行った。
サハラ砂漠の面積は920万平方キロメートルでアフリカ大陸の3分の1近くを占め、アルジェリア、リビア、エジプトの国土の大半を覆っているが、大部分が無人であり、ヨーロッパに地理的にも近いため、このプロジェクトを行う上で利点が高いとされた。
このプロジェクトはドイツ政府から支援を受ける非営利団体、Desertec Foundation(デザーテック財団)が母体となった。
そして、EU-MENA地域(ヨーロッパ、中東、北アフリカ)での実現性がEU各国で評価され、プロジェクトに賛同する企業で作られたコンソーシアム、DII (Desertec Industrial Initiative、デザーテック産業イニシアティブ)が2009年に発足された。
このプロジェクトにより、2050年までに総額4,000憶ユーロ(5070憶ドル)を投資し、MENA諸国の電力需要の大部分をまかない、中央ヨーロッパの電力需要の15%をまかなうことができるとされていたが、参加企業間の意見や利権の対立により2014年10月に事実上の解散となり、このプロジェクトは消滅した。
失敗の原因は特に、莫大なコストがかかったこと。そして、参加国・企業間(スイス、スペイン、イタリア、アメリカなど)の意見の食い違い、2012年に多数の有力ドイツ企業(SiemensとBosch)がプロジェクトから脱退したことが大きく影響されたと言われている。
純粋に地元住民の利益を念頭に置いて、この地域でクリーンエネルギーの可能性を追求し分析したいと思っている企業がある一方で、別のところでは環境問題を表向けの理由として、商業利益を考える企業があったのだった。
また、南欧諸国を襲った不況と、北アフリカで今も余波が続いている「アラブの春」による政治不安の影響も大きかったとする説もある。
デザーテック計画は頓挫したものの、その可能性は大きく、依然多くの研究者たちの研究テーマになっている。サハラ砂漠で発電した場合、周辺環境や政治・社会・経済的にどのような影響が出るのかといった議論が現在も引き続き行われている。
キーマン1:Amin Al-Habaideh(アミン・アル・ハバイベ)氏
英国Nottingham Trent University(ノッティングガム大学)の建築デザイン&建築環境学の教授であるAmin Al-Habaibeh(アミン・アル・ハバイベ)氏は、さまざまな角度からサハラ砂漠の太陽光エネルギーについての研究をしている。
ハバイベ氏の専門はプロダクトデザインとイノベーションであり、ノッティングガム大学でEUやEU各国の企業から経済的支援を受け、2014年8月から研究を続けている。
サハラ砂漠の太陽光の日射量はブラジル全体が受ける量よりも多く、米国が受けるよりも少しだけ少ないくらいの量であり、サハラ砂漠に当たるすべての日射量がエネルギーにそのまま使われるとしたら、ヨーロッパで消費される電気の7,000倍ものエネルギーを生み出すことができるだろうと示している。
レンズやミラーを使って太陽のエネルギーを一点に集中させる方法では、非常に高温になる。 この熱はそれから従来の蒸気タービンを通して電気を発生させる。一部のシステムでは、エネルギーを保存するために溶融塩を使用しているため、24時間ずっと、夜間でも電気を生み出すことができることが利点だ。
ただマイナスな面としては、蒸気加熱システムはたくさんの水を必要とすることが挙げられる。またもう一つの太陽光パネルのシステムについて同氏は、フレキシブルで設置するのが簡単だが熱すぎる気候の土地においては、パネルが熱くなりすぎて、かえって効率が悪くなるのだという。
さらに砂嵐がパネルを覆ってしまうことも、マイナスなポイントとなる。
それでもハバイベ氏は、サハラ砂漠の一部だけでも、アフリカ全体に供給できるだけのエネルギーを生み出すことができる。さらに、ソーラー技術が進歩すればエネルギーはより安く、効率的なものとなるだろう。
そして、アフリカは動植物にとっては住みにくいところになるかもしれないが、北アフリカ全域とそれを超えたエリアにまで持続可能なエネルギーを供給することが可能になるだろう、と楽観的な考えを示している。
キーマン2:Alona Armstrong(アロナ・アームストロング)氏
Lancaster University(ランカスター大学)の講師で、エネルギー環境科学が専門のAlona Armstrong(アロナ・アームストロング)氏。
彼女が2018年に発表したレポートでは、巨大なソーラーパネルと風力発電所をサハラ砂漠に作ったとしたら、サハラ砂漠を緑化することにつながるだろうと記している。その理由としては、ソーラーパネルが空に放つ熱は、砂が放つ熱よりも少ないこと。
これにより地表面は温まり、上昇気流が起こり、雲が発生する。そして、降雨量が増え、サハラ砂漠での緑化が進むだろう、というシミュレーションである。
ただ、一貫して安定したエネルギー政策を進めていくには、政治的、エネルギー安全保障上の懸念を抱えている個々の国家、またそうした国家間の問題を克服しなければならない。
サハラに安価なエネルギーが豊富にあるということは、とても偉大なことのように聞こえるが、各国が足並みをそろえるのに十分な投資がなされているかというと、まだそれは難しい段階にある。
すでに北アフリカのチュネジアやモロッコなどでは太陽光発電プロジェクトが進行中であり、生み出された電力はその地域で使用されている。
また東京大学鯉沼秀臣客員教授が指揮した日本とアルジェリアの大学の共同で行われた「サハラソーラーブリーダー計画(SSB)」もある。
これは、サハラ砂漠の砂と海水から製造したソーラーパネルで、シリコン工場と太陽光発電所を増殖的に建設し、高温超電導による直流送電網で世界中に送電する計画。2015年11月に当初の予定通り5年が経過し、終了した。
この計画は再生可能エネルギーについての研究のみならず、地球エネルギー新体系の基盤研究に関する人材養成を行うことを目的としていた。
これらの北アフリカでの太陽光発電のプロジェクトについては、利権問題が絡み「新植民地政策の始まり」だと考える意見も存在する。北アフリカでの太陽光発電は人々の未来を支えるのか、それとも先進国の資源の搾取となるのか、今後の展開に注目したい。
文:中森有紀
編集:岡徳之(Livit)