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2019年11月、マイクロソフトとNVIDIAが協力し、両社の AI スタートアップ向け支援プログラムのアクセス権を革新的なスタートアップ企業へ提供することが発表された。
グローバルで1万社以上のスタートアップを支援してきたプログラム「Microsoft for Startups」を提供するマイクロソフト(前身はBizSparkというプログラム名にて展開)
2016年の立ち上げ以来、5,000社を超える最先端の AI スタートアップ企業を育成したプログラム「NVIDIA Inception」を提供するNVIDIA。
両社はどのような意図から連携するに至ったのか、 そしてMicrosoft、NVIDIA両社の支援を受けるスタートアップは、どのようなメリットを感じ、今後の課題に立ち向かおうとしているのだろうか。
今回は、両社の支援を受ける、量子コンピュータの研究開発べンチャー株式会社QunaSys(キュナシス)のCEO、楊 天任氏(以下敬称略)、スタートアップ支援に向けて協力体制を整えたNVIDIAのエンタープライズ事業部 シニアマネージャー 山田 泰永氏(以下敬称略)、日本マイクロソフトのコーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 ビジネスデベロップメントマネージャー 桜木 力丸氏(以下敬称略)にお話を伺った。
MSとNVIDIAの提携で広がるスタートアップへの提供オファー
――MicrosoftとNVIDIAが協力してスタートアップ企業を支援することになったきっかけや、意図はどんなものでしょうか。
桜木 もともと、マイクロソフトとNVIDIAはAzure NVIDIA EGXプラットフォームの統合によって、エッジからクラウドのAIコンピューティング機能を最適化するなど、緊密に連携してきました。
スタートアップ支援という場面でも、当社の支援プログラム「Microsoft for Startups」でAzureを活用するスタートアップ企業の中には、NVIDIAのGPUアプリケーションを利用しているケースも少なくなく、両社が手を組むニーズを感じていました。
山田 そうですね。NVIDIAはGPUコンピューティングの会社ですが、以前からマイクロソフトのAzureにGPUを組み込んで提供するなど、深い関係性がありました。提携することで、コンピューティングリソースを大量に必要とするスタートアップへの支援の幅が広がったと思います。
NVIDIAのスタートアップ支援プログラム「NVIDIA Inception」は、AI、その中でも特にディープラーニングを応用するスタートアップに活用されてきました。私たちは高性能なコンピューティングを必要とするスタートアップに特化してきましたが、提携によって、企業規模で勝るマイクロソフトのリーチ力をお借りして、さらに魅力あるスタートアップに当社のプログラムが届けられるのではないかと期待しています。
桜木 この連携で、正にEnd to Endで提供できるオファーが広がったと思います。「NVIDIA Inception」と「Microsoft for Startups」のメンバーは、両プログラムのすべての特典を受けられます。これによって、AzureクレジットやNVIDIA製GPUのディスカウントなどの環境部分の支援に加えて、テクノロジーやトレーニング、市場参入支援など、幅広い支援を受けられることになります。
最近では「GitHub」のオファーも追加で利用できるようになり、新しいシナジーが生み出せる体制が環境支援と事業支援の両面で整ってきました。ハッカソンのような形式でハンズオンでの技術支援も実施しています。
QunaSysが注力する量子コンピュータの活用メリット最大化
――では、QunaSysが研究開発に取り組む「量子コンピュータ」について教えてください。
楊 量子コンピュータは、量子化学計算、機械学習、最適化計算、暗号解読(素因数分解)等への応用が期待されているものです。
…といっても、なかなかわからないですよね。(笑)
すごくシンプルにお話すると、これまでのスーパーコンピュータを駆使してもでは実現できないような計算ができるのが、量子コンピュータです。
現在、GoogleやIBM、マイクロソフトのようなハードウェアベンダーが量子コンピュータのハードづくりに取り組んでいます。私たちはそのハードができあがった時に、量子コンピュータの実力を最大限に引き出すアルゴリズムや、よりよく活用するためのアプリケーションの開発に取り組んでいます。
――現在、量子コンピュータの技術はどんな段階にあると言えるでしょうか?
楊 飛行機に例えると、ライト兄弟の初飛行のように初めて飛行機が宙に浮いた、という段階だと思います。浮いただけでは何の役にも立たない。でも、これが飛べるようになったら、遠くまで行けるようになったら、革新的なことが起こるはずだとわかります。
話を戻すと、量子コンピュータはハードづくりにもまだまだ障壁がありますが、完璧ではないにしても、今完成しているハードでも上手く活用できるアプリケーションを見つけたり、活用を促進するソフトウェアは必要になります。
2019年にGoogleが、量子コンピュータが既存のコンピュータより特定の問題において優れていることを示す「量子超越」を実証したと発表しましたし、各国の投資額も大きい。実用的な使い方にはまだ遠いですが、今まで数多くのブレイクスルーが起きたように、必ず、ハード側もソフト側も従来の壁を壊せるはずです。
大規模な計算をするスタートアップにこそ使い倒してほしい
――QunaSysは、二社からどのような支援を受けていますか?
楊 2019年、マイクロソフトの「Microsoft Quantum Network Startups」に加入し、Azureクラウドの活用はもちろん、Quantum Development Kitを用いたアプリケーション開発も進めています。マイクロソフトが量子コンピュータのハード製造をされていることは有名でしたし、マイクロソフトのアルゴリズム研究者の方とコラボレーションできたらいいなと期待して加入しました。
そして、量子コンピュータは今までにない革新的なもののため、現在ある最先端の技術を使わずには研究ができません。だからこそ、NVIDIAのNVIDIA® Tesla® GPUや、NVIDIA® V100といった世界最先端のデバイス を使わせていただけているのはありがたいですね。量子コンピュータシミュレータを想像以上の速度で動かしてくれるので、NVIDIAとマイクロソフトが提携されると聞いて、自分たちの開発にはプラスに働いています。
桜木 まさにQunaSysのように大規模な計算が必要なスタートアップにとっては、マイクロソフトとNVIDIAとのいいとこどりをして、活用していただけるプログラムになっていると思います。
技術系スタートアップと、海外や大企業との橋渡しをしたい
――他にはどんなスタートアップが、2社連携のプログラムを活用できそうですか?
桜木 国内外への販路拡大を課題に感じているスタートアップには、ぜひ使っていただきたいです。NVIDIAとの連携が決まってから「NVIDIA Inception」の支援先を拝見したところ、本当にユニークな技術を持っているスタートアップが多かった。ユニークな技術をグローバルに展開するための海外支援にも力を入れているので、「Microsoft for Startups」を活用して販路を拡大してほしいなと思いました。
楊 日本の技術系スタートアップは埋もれがち……なんですよね。エンジニアとしての実力は高くても情報発信力が弱く、海外でのPRに苦戦したりします。今はマイクロソフトが私たちの技術をアメリカにプッシュしてくれていて、ありがたいです。
山田 スタートアップには技術やプロダクトの深化に注力してもらいたいですし、スタートアップの技術力や可能性を伝えることは、NVIDIAやマイクロソフトのような支援側も頼って頂いていいと思います。
私たちも「AIなどを活用して何か新しいことしたいな……」と思いながら、具体的に進められず困っている大企業に、スタートアップの事例を地道にお伝えしたり、大企業とスタートアップのミートアップなどの機会も設け、技術の実用化に向けたサポートをしてきました。
桜木 これまで築いてきた法人パートナーとの関係を活かし、技術力のあるスタートアップをどう結び付けるか考え、直接パートナーの元に伺っておつなぎする営業支援にも力を入れています。こういったところも、NVIDIAと方針が似ていると思います。
マイクロソフトは、セールスフォースやNTTとも連携するなど、会社の方向性がオープンに変わってきました。エンタープライズ系の企業からもよく問い合わせをいただけるので、魅力あるスタートアップとの共創を生み出すお手伝いができると思います。
山田 NVIDIAでは、スタートアップ同士のミートアップも実施していて大変好評です。尖ったシングルテクノロジー同士が連携し、新たなソリューションが生み出された例もあります。
また、ユニークで有益な技術を世界に広げたいという想いから、スタートアップの技術をライセンシング(実地許諾)してもらい、NVIDIAのソフトウェアスタックに組み入れて展開することもあり得ます。
研究開発における課題は、選択と集中と人材確保
――こんな支援があれば、さらに成長できると感じていることはありますか?
楊 自分たちが注力している量子コンピュータ以外の部分、例えばWebインフラの構築などは専門家が社内にいないので、手間取ってしまうことがあります。そういったWeb業界の当たり前をサポートいただけたら、量子コンピュータをお客さまに使っていただくためのインフラが整い、かつ自分たちの事業にも集中できるかなと思います。
――これからの事業発展に向けた課題について教えてください。
楊 優秀な人材の確保は常に課題ですね。これまでは、仲間のつてを頼りにしてきましたが、限界があります。物理学や情報科学に強い人材は、銀行に勤めていたりするので「お金を扱うのもいいけど、革新的な技術で社会をよくしないか」と口説いていたりもします(笑)。
山田 人材の確保についてのお悩みは、各社からよく伺っています。まだ実現はしていませんが、スタートアップだけを集めた学生向けの説明会なども開いてみたいですね。
桜木 当社も、4半期ごとにさまざまなテーマでミートアップを実施しています。オフラインの交流はとても重要だと感じているので、ミートアップもNVIDIAと一緒に企画できたらと思っています。
また、アメリカを中心とした海外のエンジニアは「LinkedIn」を活用しているので、そういった部分でもマイクロソフトは人材採用のお役に立てる可能性がありますね。
スタートアップと支援者が協創し、社会課題に向かう未来
――例えば、10年後、20年後に量子コンピュータが活用できるタイミングが訪れたときには、世界をどう変えていきそうですか?
楊 社会を裏から支える技術になると思います。現時点でも、量子コンピュータは化学分野で役立つのではないかと予測され、社会の役に立つ「新しい材料」の発見、探究を期待されています。
例えば、肥料に使われるアンモニアは「ハーバー・ボッシュ法(※)」という水素と窒素を反応させる方法でつくられますが、製造時に世界で消費される数%相当という大量のエネルギーを必要とするんです。この方法が1906年に開発されて以来、アンモニア製造に使われる触媒はまったく変わっていない。例えば、もっと省エネになる触媒を見つけるといった場面で、量子コンピュータが活用できるのではないかと思います。
量子コンピュータには、今のコンピュータで計算すると数億年かかるほどの複雑な課題を数週間、数時間で解決する力があるとされています。私も以前拝見したのですが、マイクロソフトがアップしている動画では、量子コンピュータが環境保全などの難題を解決し、どのようなインパクトを世界に与えられるかについて解説されています。
Quantum Impact
――最後に、今後3社が取り組んでいきたいことについて教えてください。
楊 先ほどもお話しましたが、この先、量子コンピュータが社会の役に立ち、今までできなかったことができるようになるだろうことはわかっています。私たちは、そのハードが完成したときに使えるアプリケーションをつくっていたい。計算の速度と精度を上げていけるように日々取り組んでいきたいです。
山田 NVIDIAは、ハイパフォーマンスコンピューティングに強みを持つ会社です。ただ、高性能なGPUで膨大な計算ができただけでは、社会の役に立つことはない。当社の計算能力を技術開発に活かし、社会の役に立つソリューションを作っていくスタートアップ企業をこれからも応援したいと思っています。
また、現時点での日本でスタートアップがBtoB市場で伸びるためには大企業とタッグを組むのが現実的です。NVIDIAとしても、大企業に向けてスタートアップの事例をたくさん発信していきたい。素晴らしい技術を持ったスタートアップ企業の情報をキュレーションしていく……そしてゆくゆくは、スタートアップと大企業が手をとって社会課題に向かうことが当たり前になるような環境をつくりたいですね。
桜木 私たちのプログラムに参加しているスタートアップ企業の新たな販売機会は、次の 1 年で 10 億ドル以上にもなる見込みです。マイクロソフトは世界140カ国でスタートアップを支援しています。技術的な支援はもちろん、グローバルなネットワーク、NVIDIAのようなパートナーとのネットワークを活用していただくことができます。
世界を変えるのは間違いなくスタートアップ企業ですし、日本から世界を目指してほしいという想いは変わりません。これからも、魅力あるスタートアップ企業を黒子的な存在として応援していきたいです。
取材・文:岡島 梓
写真:益井 健太郎
- (※)ハーバー・ボッシュ法
- 1906年、フリッツ・ハーバーとカール・ボッシュによって生み出されたアンモニア合成法。水素と空気中の窒素から合成されたアンモニアは化学肥料として利用され、食糧の生産量を劇的に高め「空気からパンを作る」方法として今でも広く使われている。しかし、製造過程でのエネルギー消費が大きく、環境負荷の高さが課題となっている。