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世界各国・育児スタイルの違い、格差拡大で収れんか?
世界にはさまざまな言語や文化が存在する。それらの影響を受ける育児・教育もまた国・地域ごとに異なる。
たとえば、欧州では比較的「リラックスした育児スタイル」が一般的といわれている。
育児・教育に関する国際研究によると、オランダの育児には「3つのR」の特徴が観察されるという。3つのRとは、オランダ語の「rust(休息)」「regelmaat(規則)」「reinheid(清潔)」のこと。
生後6カ月の乳児の睡眠時間は1日平均15時間。米国の乳児の平均睡眠時間である13時間より2時間長く寝ているという。また、学業よりも協力・チームワークを重視し、自由に学ばせる傾向が強い。
子供の学習能力を伸ばすのは学校の役目であり、親は子供の心身の発達にフォーカスすべきとの考えが主流という。北欧やイタリアなども同様の育児スタイルが観察されるようだ。
オランダ・アムステルダム
しかし、このところ欧州では経済格差の拡大などを背景に、このリラックスした育児スタイルは「認知能力の発展」に重きを置く米国スタイルにシフトしているという。
子供の認知能力の発展には、子供と接する時間の長さが重要との認識が広がっており、子供と過ごす時間を増やす親が増えているというのだ。また、子供の学習や習い事を細かく管理し、他の子供に置いていかれないよう配慮する親も増えているという。
米国の過保護スタイル「ヘリコプター育児」、ジェットエンジンでパワーアップ
子供の認知能力の発展に重きを置き、子供の時間を過剰に管理する育児スタイルは米国では「ヘリコプター育児」や「ホットハウス育児」と呼ばれている。
ヘリコプター育児と呼ばれる理由は、子供が何か必要なときにすぐに助けられるように子供の頭上にヘリコプターのようにホバリングし、張り付いているためだ。
ヘリコプター育児のイメージ図
「ヘリコプター育児」という言葉は1990年に出版された書籍『Parenting with Love and Logic』に初めて登場した。30年前のトレンドであるが、2020年現在このトレンドは米国でさらに強まっているという。
著者のフォスター・クライン氏とジム・フェイ氏は同著改訂版で、ヘリコプター育児トレンドは「ジェットエンジンを積み、ターボモードでパワーアップした」という表現を用い、同トレンドの強まりを強調。
ヘリコプター育児に従事する親たちは、子供が苦難・不便・不快・落胆を経験しない「完璧な世界」を作り出そうとしているというのだ。
米国の教育専門家らは、ヘリコプター育児には利点がいくつかあるものの、それは短期的なものであり、このスタイルの育児を続けると多くの場合、ネガティブな結果をもたらすであろうと警告している。
利点の1つとして挙げられているのが、安全性に関するもの。子供が走り回ったり、危ない場所に登ったりすることを阻止するヘリコプター育児。子供の深刻なケガを防ぐという点では利点とみなせる。しかし、同時にそれは、子供が何がどう危険なのかを学ぶ機会を奪うものであり、長期的な視点で見ると欠点にもなり得る。
米国以上に子供の認知能力開発に熱心なアジア圏、格差が要因?
子供の認知能力の発展に米国以上に熱心なのは、アジア圏の親たちだろう。学業や音楽・アートなどで子供に飛び抜けた成績を達成させるために、強権的な方法で、子供に勉強やトレーニングを強いる「Tiger Pareting」がアジア圏で広がっている。中国や韓国の状況はよく知られているが、東南アジアでも顕著になっている。
ベトナム・メディアVietNamNetによると、同国では子供たちの脳を刺激するトレーニングコースへの注目が高まっているという。特殊なトレーニングで脳に刺激を与え、目隠ししても、文字が読めたり、色が分かったりするというもの。
科学的な根拠はまったくないが、子供を「天才」にしたいと考える都市部の親たちの関心を集めている。一方、専門家らはこうしたトレーニングが子供の脳の自然成長を妨げる可能生があるとして警鐘を鳴らしている。
ベトナムではこのほか、バイクの上で食事をする子供たちの姿が都市部の見慣れた風景になっているという。学校を終えた子供たちが親の運転するバイクで塾に向かう途中に時間節約のために、そこで食事をするのが日課になっているためだ。
やはりこれらの国々も格差社会が広がっており、格差の拡大と過剰育児・教育の関連を見て取ることができる。
ベトナム・ハノイの様子
ドイツの育児、子供の学習に関与する親が増加
米国やアジア圏ほどではないにしろ、欧州の育児スタイルもこれに近づいているというのが専門家らの見解だ。
ルクセンブルク大学のフレデリック・ド・モール氏はBBCの取材でドイツの育児トレンドについて以下のように説明。
これまでドイツでは、育児の際、親は子供の身体的・精神的成長にフォーカスし、学習など認知能力に関わることは学校に任せていたが、今日では親は子供の学習に関与し、学校の先生との交流を緊密にするようになっているという。
言語学的な視点からも育児トレンドの変化が観察できる。
ド・モール氏によると、ドイツでは子育ての際、かつては「Kindererziehung(子育て)」という言葉が使われていたが、現在は「Elternhandeln(親の行動)」という言葉が使われるようになっているというのだ。親が積極的に認知能力の発展にも関与していくという姿勢があらわれている。
育児や教育は、子供の能力を最大限高め充実した人生を送れるようにすることが本来の目的。放任、ゆとり、締め付け、詰め込み、どれをとっても過剰になると、能力開発の妨げになるだけでなく、子供たちのストレスを高めることになってしまう。
どのようにバランスを取るべきなのか、親や学校、教育当局に課された重要課題といえるだろう。
文:細谷元(Livit)