世界的に健康やウェルネスに対する意識が高まるのに伴い、フィットネスジムの店舗数も急増している。

Global Wellness Instituteによるとフィットネス大国の筆頭はアメリカで、2017年時点で3万8,477カ所。会員数は6,090万人にものぼり、国内のジムの総売上高はここ10年で50%増の300億ドル(約3兆3,000億円)へと成長を果たした。

このようにフィットネス市場のランドスケープが目まぐるしく変化する中、高い意識を持つアスリート、利用者たちの心を惹きつける最新の業界トレンドはどのようなものなのだろう? 本稿ではアメリカで起こるワークアウトに対する人々の価値観の変化と、それを土台にして起こる新しいジムカルチャーを紹介する。

スーパーマーケットは「美と健康の館へ」

前述の通り、ワークアウトが生活の中で身近になるにつれ、ジムの在り方にも変化が起こっている。

たとえばアイオワベースの生鮮食品店「Hy-Vee」とフィットネスジムのフランチャイズ「オレンジセオリー」は2018年にパートナーを組み、同州のウェストデイモンズにジムを併設した小規模生鮮食品店「Hy-Vee HealthMarket」をオープンした。

Hy-Vee HealthMarketは従来のHy-Veeよりもウェルネスにフォーカスしており、オーガニック食品やサプリメント、コンブチャなど、頻繁にワークアウトをする層の好む商品ラインナップを取り揃えている。

ドラッグストア業界でも同じ流れが見える。薬局大手のショップライトはニュージャージー州にフィットネススタジオを併設した店舗をオープンし、同じく大手のCVSも顧客が処方箋の受け取り待ちをしている間にヨガクラスを受講できる「ヘルス・ハブ」を実験的に導入し話題となった。

このように一日の隙間時間でワークアウトを行いたいというニーズを叶えるべく、スーパーや薬局という日常の動線上にフィットネスクラブが登場してきており、小売店の「美と健康の館化」ともいえる現象が起こっている。


CVSのヘルス・ハブ(Fast Companyより転載)

そのあおりを受け、従来のジムは変革期に差し掛かっている。

ニューヨーク、ロサンゼルスとバンクーバーにスタジオを持ち、ピラティスと有酸素運動を組み合わせたワークアウトが多くの女性に人気の「The Class by Taryn Toomey」は、ニューヨーク州のハドソンバレーやニューメキシコ州のサンタフェ、さらにメキシコやイギリスなどで野外で行う4泊5日のリトリートクラスを定期的に開催している。

費用は高いものだと5,000USドル(約55万円)ほどするコースもあるが、どの行き先も予約受付開始から数日でソールドアウトという人気ぶりだ。

また、国内のジムで行われるヨガやピラティス、ボクシング、屋内サイクリングなどのクラスを毎月定額で利用できるサブスクライブサービスを提供する「ClassPass」も、国内のジムやスパとコラボレーションしたクラスをスタートさせるなど、従来のワークアウトの枠を超えた「ウェルネス×スポーツ」のアクティビティが一つのトレンドになっている。

進むワークアウトのエンタメ化

現在フィットネス業界ではワークアウトが「エンタメ化」している傾向も見られる。

ただ単にスタジオ内のスピーカーから流れるダンスミュージックに乗って身体を動かす運動ならば、これまでにもアメリカのみならず日本でもポピュラーだった。「音楽と共に楽しく運動をする」というコンセプト自体は目新しいものではない。

今までと決定的に違うのは、よりその場での「体験」に重きを置いている点で、米国運動評議会(ACE)のセドリック・ブライアント氏は「フィットネスジムの利用者層の中でも厚いミレ二アル世代には型にはまったアプローチは刺さらない。もっと各個人に対してパーソナライズされたアプローチが必要」とFast Companyに語る。

ジムのスタッフはインストラクターの枠を超え、顧客をインスパイアし、楽しませて会員のやる気を引き出す”エンターテイナー”としての役割が求められているようで、ブライアント氏曰く、「どのインストラクターもその場の臨場感を大切にし、行動科学に基づいたプログラムを通してクライアントとより精神的に深く結びつくことを意識している」という。

さらにフィットネスプログラムの開発を行う「Les Mills」が提供するのは、VR技術とフィットネスを融合させた新感覚の「没入型のワークアウト」だ。

「The Trip」と呼ばれる本プログラムは従来のようにインストラクターや室内の鏡を見てエクササイズするのでなく、映画のような巨大スクリーンに映し出されるジャングル、氷河や森林などの非日常空間を走り抜けるような体験で、インパクトのあるBGMとともに体験者は楽しみながらワークアウトできるのだという。


「The Trip」

「ソーシャル・クラブ」としてのフィットネスジム

フィットネスジムが単に運動をする場だけに留まらず、さまざまな価値を付加し始めている中、新しく「ソーシャル・クラブ」としての機能も担うジムも登場している。

近年ファンのロイヤリティ獲得のため、いかに顧客同士のコミュニティを繁栄させるかは、あらゆる業界・企業が課題としているところだが、それはフィットネス業界も同じだ。

例えば、急成長を遂げているフランチャイズのブティックジム「F45」は、他店舗と行うコンペティションや日曜日に開催するブランチなどを通して、会員同士の一体感を作り上げている。

別のソーシャルフィットネスグループ「Electric Flight Crew」は、運動後にノンアルコールの”ハッピーアワー”タイムを設けており、また利用者同士のコミュニティはメンバー数の上限が50人と設定されていることから、中身の伴う出会いが得られると好評だ。


「Electric Flight Crew」の”ハッピーアワー”タイム

フィットネスジム大手の「Life Time」も施設内にコワーキングスペースを設けた店舗を一部の都市で導入しており、勤務時の休憩中に手軽にワークアウトできると会員から人気のサービスとなっているという。

さらに、主に高所得者向けの会員制ジムで、「ブティックジム」と呼ばれる少人数制を謳ったコンパクトなフィットネスジムもひそかな人気を集めている。

メンバー限定のハイエンドな体験を提供するロサンゼルスの「Remedy Place」やニューヨークの「Ghost」がでは、ワークアウト後にバーでビジネス談義に話を咲かせる会員も多いという。

もちろん用意されているドリンク類は健康に配慮されたもので、肉体的疲労を軽減しストレスへの抵抗能力を高めるとされているハーブのアドプトゲンを用いたカクテルなどだという。


「Remedy Place」

前出のブライアント氏は「今後ジムはよりライフスタイルを構築する全てのサービスを担っていくようになり、さらに顧客の生活に深く入り込んでいく存在になるだろう」と予測する。

個人向けのフィットネスアプリやトレーニング法を教えるYoutubeチャンネルなども多く存在し、自宅でも簡単にワークアウトできるようになった現代だからこそ、従来のジムにはオンリーワンの体験と他者とのつながりを求めるのだろう。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit