2015年頃からTWICE、BTSをはじめK-POPアイドルがお茶の間にまで進出し、韓国発のファッションやコスメ、食べものにまで及ぶ「第三次韓流ブーム」と言われて久しい。
AbemaTVでは2016年春にサービスをスタートし、「韓流・華流ドラマチャンネル」(2016年12月5日開設)「韓流・華流ドラマ2チャンネル」、「K WORLDチャンネル」(2017年6月18日開設)の3チャンネルを韓国系専門チャンネルとして放送。
なかでも音楽番組やバラエティを放送する「K WORLDチャンネル」では、SEVENTEENやIZ*ONEなどが出演するオリジナル番組を制作、2019年には韓国のCJ ENM傘下の放送局Mnet発の大型サバイバルオーディション番組『PRODUCE X 101』を韓国とAbemaTVで同時放送するなど、K-POPファンを驚かせる意欲的な取り組みを続けてきた。
第三次韓流ブームの中でAbemaTVはどんな考えで編成を行い、仕掛けてきたのか。制作局韓流ジャンル責任者/PF戦略部・秋田のぞみ氏に訊いた。
新規視聴者層の獲得を狙い、個人に刺さる打ち出し方を実践
——まずはチャンネル立ち上げの経緯から教えてください。
秋田:AbemaTVの「ドラマチャンネル」で韓国ドラマを放送したところ、視聴者のサービスの継続性が特に高く、欧米や日本のドラマの視聴者とは特性が異なることから「韓流・華流ドラマチャンネル」を独立させることになりました。
——韓国ドラマはなぜ継続率が高いのでしょうか?
秋田:もちろん継続率が高いその他のドラマもありますが、AbemaTVでは特に韓国ドラマの継続率が平均して高い傾向にあります。韓国ドラマには1話完結ものがあまりないことも特徴で、一度観始めたら止まらず次の話を観たくなる作品が多く、また話数が多いことも要因の一つかなとも思っています。
——「K WORLDチャンネル」の方は?
秋田:「K WORLDチャンネル」は若い世代に合わせて立ち上げました。現在、ドラマは「韓流・華流ドラマチャンネル」、音楽やバラエティは「K WORLDチャンネル」とカテゴリで分けています。視聴者属性のボリュームゾーンは「韓流・華流ドラマチャンネル」では30代~40代、「K WORLDチャンネル」では10代~20代です。
——韓国系のドラマやバラエティ、音楽などの動画コンテンツを日本で観ようと思うと、YouTubeとV LIVEを除けばMnet Japanをはじめ他はほぼ有料ですよね。無料でここまで観られるチャンネルは珍しいと思いますが、どのようなポジショニングを狙っていらっしゃるのでしょうか?
秋田:AbemaTVの視聴者には35歳以下の世代、とくに10代、20代が多く、若い世代は「韓国」「韓流」をそれほど強く意識せずにBTSやTWICEを観ていますので、そういう感覚で楽しんでもらえる番組を意識して編成・制作しています。
たとえば恋愛リアリティーショーを楽しんでいる10代、20代にも観てもらえるようにと考えています。
——実際、恋愛リアリティーショーの視聴者層に刺さった番組はありますか?
秋田:2019年に放送したサバイバルオーディション番組『PRODUCE X 101』(プエク)がそうでした。既存のK-POPファンだけでない人たちにまで広がり、記録的な視聴者数になりました。他の番組も打ち出し方次第で「これは自分に向けた作品なんだ」と感じてもらえるのかなと。
——打ち出し方というと……?
秋田:たとえば『プエク』をはじめプデュ(PRODUCE)シリーズには日本人も出ていましたよね。
——シーズン1ではアリヨシリサ(有吉りさ)、シーズン2ではケンタ(高田健太)、『PRODUCE 48』は日本の48グループメンバーが多数参加、『プエク』ではヒダカマヒロ(日高真尋)と上原潤がアイドルデビューを目指す練習生として参加していました。
秋田:たとえば日本人練習生も参加していることを打ち出すことで、興味をもってもらったり応援する立場として観てもらえるようにする、などですね。“自分事化”してもらえる番組のほうが観てもらえるので「ここに注目するとおもしろい」ということをAbemaTVとして新規層にも提案、訴求していきたいなと。
——具体的な訴求手段としてはどのようなものがありますか?
秋田:AbemaTV内でいろいろな施策ができます。他の番組を観ている方に番宣動画を流すこともありますし、プッシュ通知を送る、見逃した番組や人気作品をいつでも好きなだけ観ることができる「Abemaビデオ」の視聴者にバナーを出すといったことをやっています。
「K WORLDチャンネル」視聴者はTwitterとの相性がいい
——チャンネル設立から約3年経ちますが、現在は「チャンネル」にファンがついているのでしょうか?それとも「番組」や、「演者やアイドル」ごとなのか……。
秋田:「韓流・華流ドラマチャンネル」の方はチャンネル自体にファンが付いています。「K WORLKDチャンネル」にもチャンネルファンがいますが、ドラマチャンネルに比べると個々のアーティスト単位、あるいは「プデュ」(『PRODUCE 101』)のようなシリーズ・番組にファンが付くことが多いですね。
——チャンネル設立当初から変えたこと、変わったことは?
秋田:K-POPアーティストのファンの方々は想いが強いのですが、当初はどういうことを喜んでくださるのか、あるいは嫌なのかがつかめていませんでした。
たとえばAbemaTV制作のオリジナル番組に連動してSNS上で「メンバーの中で誰が1位だったと思う?」という投票企画を行った際、全体としては盛り上がったものの、「選べない」「比較しないで」という声も少しですがありました。
そういったご意見を踏まえて番組制作やキャンペーン展開上に注意すべきことを蓄積していきました。
——K-POPファン特有の視聴傾向・行動はあるのでしょうか?
秋田:SNS、特にTwitterとの相性がすごくいいですね。それはアーティスト特番などのAbemaTVオリジナル番組を作る時も意識しています。放送後に「AbemaTV」やアーティスト名などで検索すると、視聴者がおもしろいと思ってくれた場面や好きな場面を切り出した投稿がSNSに溢れるんです。
——AbemaTVのTwitter広告をときどき見ますが、どのようなプロモーションをしていますか。
秋田:広告はあまり出していません。それよりも視聴者が番組を話題にしたくなるような企画・内容にし、視聴者自らがまわりに拡散してくれるようにと考えています。拡散されると番組の視聴数も伸びていきます。
——AbemaTVでは決まった時間に観るリニア視聴以外に、「ビデオ」でのオンデマンド視聴も用意されているので、クチコミされる番組づくり自体が拡散の起爆剤だと。
秋田:そうですね。番組にもよりますが、韓流コンテンツ全体の視聴規模ではリニア視聴よりビデオ視聴の方が大きいです。若い世代はオンデマンドで自分のタイミングで観る習慣が付いていますから。
また、AbemaTVとしても当初はリニアがメインで、プラスで見逃しで観られるものとしてビデオを位置づけていましたが、最近ではリニアはリニア、ビデオはビデオで番組を編成することもありますビデオの方で無料期間を調整したり、ビデオ限定配信番組を置くなどすることで、ビデオの視聴数がさらに伸びています。
ただ生放送、特に『プデュ』の最終回のような特別なものはやはり生で観たいという需要が大きく、リニアの数字が跳ねます。
——今までで視聴者数が多かった番組は?
秋田:一番は『プエク』です。同じくプデュシリーズの『PRODUCE 48』も非常に人気でした。あとはSEVENTEENさん、IZ*ONEさんの特番、2019年末に放送したSHINeeのテミンさんのカウントダウンライブもかなり反響がありました。
——大型番組、特番以外ではどのようなものが多かったのでしょうか?
秋田:直近ですとドラマの『あやしいパートナー~Destiny Lovers~ 』は韓流の既存の視聴者以外にもたくさんの方に観ていただけました。
韓国放送局や事務所がAbemaTVに望むものとは?
——『プエク』はAbemaTVとMnet Japanが同時放送となり驚きました。Mnetを観るためには月額料金がかかります。一方AbemaTVは無料です。なぜ配信権が獲得できたのでしょうか?
秋田:Mnetを運営するCJ ENMさん側としては、『プデュ』から誕生するグループが韓国のみならず日本を含む全世界で活躍してほしいという想いから、AbemaTVでの放送を「プロモーション」の一環としても考えていただけたのだと思います。
視聴者数が多いほど、デビューしたグループは最初からファンがいる状態で日本での活動ができますから。
——なるほど。Mnetの契約数を取るより、番組から生まれるグループの日本活動を見越しての判断だったと。
秋田:有料チャンネルはもともとご両親が契約していれば若い世代も観ると思うのですが、たとえば一人暮らしの子たちが新規で契約するハードルを考えると、AbemaTVの方が観やすいと思うんです。
ちなみに『プエク』以前からCJさんの番組では、SEVENTEENさんの『SVTクラブ』とStray Kidsさんの『見つけた!STRAY KIDS』を韓国とAbemaTVで同時放送しています。
——そちらはどのような狙いですか?
秋田:アーティストの番組は事務所の方にとっては「日本でも番組を観て欲しい」という意向があります。CJさんの番組を放送するだけでなく、SEVENTEENさんやStray KidsさんとはAbemaTVオリジナル番組も制作していますが、単発でというより、中長期でご一緒させていただいています。
韓国のアーティストは本国での活動とグローバルな活動とがあり、日本で常に活動できるわけではありません。もちろんYouTubeやV LIVEなどで供給はあるのですが、基本は韓国語での発信で、日本語で話したり日本語字幕が正式に付けられたものはなかなかない。
そこで一部のアーティストではありますが事務所やレーベルの方とAbemaTVで話し合い、日本での活動期間と次の日本での活動期間の間も、ファンが離れないように、あるいはさらにファンを増やせるように考えたうえで番組の編成・制作を設計しています。
基本無料のスマホ配信を活かしてライト層拡大
——配信権獲得に際しての悩みどころは?
秋田:韓国ドラマは日本でのウィンドウが大枠決まっているんですね。まず有料チャンネルで放送し、DVDが出て販売とレンタルが始まり、ネットで配信される……というビジネスの流れの慣習ができあがっています。
ですから日韓同時放送(配信)、あるいは韓国での放映後すぐにAbemaTVで放送(配信)といったことがなかなかできません。
最近ではNetflixさんが韓国以外の世界独占配信の権利を購入するケースもあり、韓国とほぼ同時に日本でも観られるようになる作品もあります。ただAbemaTVでは今はその慣習をどうしても崩していきたいとまでは思っていません。
——なぜですか?
秋田:「日本最速放送(配信)」といったことを喜んでくれる層は韓流の既存の視聴者のなかでもコアな方々ですが、われわれはライト層や新規層もターゲットにしており、たとえ韓国での初放映から2年後に放送(配信)であっても作品を観ていただけるという実績があります。
韓国のテレビ局の方たちとお話しすると、もともと「日本での韓国ドラマの視聴者の平均年齢が上昇してきた」という危機感があったところにAbemaTVの視聴属性を観て「こんなに若い人たちが観ているんですか?」と驚かれることが多かったんです。
——たしかに一昔前と比べてCSを契約する家庭は減ったと思いますし、地上波で放映される韓国ドラマは主婦層向けの時間帯での放送が多い。しかも地上波では挟まれるCMが健康食品ばかりだったりして、若い人向けではないという印象はあります。
秋田:市場が縮小しかけていたところをもう一度拡大して、若い層も取り込むことがAbemaTVには求められているんだろうなと。「K WORLDチャンネル」の方も事務所やレーベルの方とお話しすると、AbemaTVへはアーティストの既存のファン以外の方たちにも観てもらうことが期待されています。
実際に視聴者の規模やコメントなどを見てもファン以外の方にも観てもらえている手応えがあり、評価いただけています。
若い子たちが「このドラマおもしろい」「このバラエティおもしろい」と言って見ている先がYouTubeであることが多く、なかには違法アップロードされたものもあったりしますよね。
そういう「無料で観られる」「SNSで知って観に行く」場所をAbemaTVが担えるようになりたいですし、そのためにAbemaTVからもっと話題になることを仕掛けていきたいと思います。昨年のプデュシリーズに続いてこの市場の拡大に貢献する事例を増やしていきたいと思っています。
取材・文:飯田一史
写真:大畑朋子