働き方改革の一環で議論されてきた「テレワーク」や「リモートワーク」などの新しい働き方が、新型コロナウイルスの影響で一気に広がる気配が漂ってきた。大手企業の在宅勤務も始まり、それに追随する動きが見込まれる。
一方、震源地の中国や感染ケースが徐々に増えている米国でも、リモートワークにシフトする企業が増えている。日本でもリモートワークに対する意見がさまざまあるように、海外でも多様な意見が飛び交ってる状況だ。
どの企業がどのようにリモートワークを実施し、どのような効果・影響を生み出しているのか。新型コロナウイルスをきっかけとする海外のリモートワーク普及、その最新動向を追ってみたい。
在宅勤務関連市場を巡って火花散る中国
中国での在宅勤務は1月末頃から本格化したと見られる。
ロイター通信の1月27日の記事によると、中国ゲーム大手テンセントが2月7日まで在宅勤務を決定。地元メディアによると、その後同社は、在宅勤務措置を10日までに延長。また国内の感染状況を鑑み、21日まで再び延長した。
この報道を前後して、中国国内の企業で在宅勤務が急増。香港メディアなどによると、テンセントが運営するソーシャルメディアWeChatのオフィス向けプログラムのアクティブ・ユーザー数が2月3〜13日の10日間だけで、前月比6倍近い伸びを見せたのだ。北京、上海、深センなど大都市部での増加が顕著だったという。
CNNが伝えた中国専門家らの推計では、中国の新型コロナウイルスによる経済損失は620億ドル(約6兆5,000億円)に上る可能性もあり、早急に経済を安定させることが急務になっている。この状況を受け、なかば強制的に在宅勤務にシフトする企業が増えたと考えられる。
中国企業の在宅勤務シフトは、リモートワークツール市場を盛り上げるとともに、ユーザー争奪戦の激化という様相を招いている。
中国メディア、サウスチャイナ・モーニング・ポスト紙が3月2日に伝えたところでは、WeChat内で他社のオフィス向けツールの外部リンクがブロックされるという事態が発生。
同記事によると、ブロックされたのはTikTokを運営するByteDance社が昨年ローンチした企業向けコラボツールのFeishu(英語圏での名称はLark)。外部リンクが開けない、または他の人を招待できないなどの問題が発生したという。
ByteDance社の代表的アプリTikTok
この事態を報じた中国テックメディアの36KrとITHomeもWeChatに新着記事をアップロードできなくなったことに加え、WeChat内の記事が削除されるなどしており、物議を醸す事態になっている。
WeChat内では、Larkだけでなく、これまでにDouyin、Duoshan、Xigua Videoなどさまざまな「競合ツール」のリンクがブロックされている。
テンセントが企業向けコラボツール市場のポジションをここまでして死守したい背景には、同市場が今後急拡大するとの見込みがあるためだ。
中国の市場調査会社Qianzhan Industry Research Instituteによると、国内の企業向けコラボツール市場は、今後年率12%以上で拡大し、2024年には490億元(約7,400億円)に達する見込みという。
Feishuは、中国国内のiOS・ビジネス系アプリ・ダウンロードランキングで1月末に50位以下だったようだが、3月初旬には15位に躍進。この短期間での拡大が、テンセントを戦々恐々とさせているようだ。
意外とストレスフル?中国の在宅勤務と過剰監視
在宅勤務が広がりつつある中国だが、それが長期的に定着するのかどうかは、まだ不明といえるだろう。在宅勤務がオフィス勤務よりストレスフルであるとの声が少なくないからだ。
中国メディアChinaDailyは2月13日の記事で、在宅勤務に否定的な人々の意見を紹介。それによると、北京のネット企業勤務の女性は、在宅勤務中に親から頻繁に話しかけられ、生産性が著しく落ちたという。親世代は在宅勤務やリモートワークに対する理解が乏しく、在宅勤務を「休暇の延長」と捉えているのが要因のようだ。
金融関連企業で働く男性は、仕事がら常に電話対応することが求められ、自宅で電話対応していると、仕事とプライベートの境目がなくなり、時間マネジメントが困難になるという意見を展開。オフィスに戻るのが待ち遠しいと語っている。
また英語メディアQuartzによると、中国では在宅勤務の際、従業員の勤務態度を過度に監視する企業が多く、社員のストレスを増大させているという。北京のメディア企業に勤務する男性は、上司から、在宅勤務中の居場所を知らせるだけでなく、その証拠としてセルフィーを30分毎に送るように言われたとのこと。
また、ネット企業に勤務する女性は、パジャマ姿で勤務していたため減給されたという。このほか、勤務態度を確認するために動画のライブモードを要求する企業もあるとのことだ。
中国の監視技術
米国ではもともとリモートワークの素地、コロナでリモート・トレンド加速か
「ダイヤモンド・プリンセス」の姉妹船で集団感染が発生し、地元当局が対応に乗り出したといわれる米国でも、自宅勤務にシフトする企業が急増。
金融データプラットフォームSentieonによると、米国上場企業で「work from home(自宅勤務)」という言葉に言及した企業数が2月末に77社となり、前年同月の4社から20倍近い伸びを見せた。
英語メディアThe Vergeの3月5日時点のまとめによると、米シアトルで感染拡大が続いており、同地域に拠点を置くテック大手で次々と在宅勤務が導入されている。
3月2日に社員の1人に新型コロナウイルスの陽性反応が出たアマゾンでは、3月末までの在宅勤務が指示された。フェイスブックも契約社員の1人に陽性反応が出たことを発表し、シアトルオフィスの社員5,000人に対し、3月31日までの在宅勤務を許可したとのこだ。
アマゾン・シアトル本社
マイクロソフトもシアトルとサンフランシスコの社員に3月25日までの在宅勤務を許可している。
米国ではもともとリモートワークの潮流ができており、中国や日本と比べると在宅勤務への移行はスムーズに進むことが予想される。英語メディアRecordは労働市場専門家らの意見を紹介。
今回の新型コロナウイルスの件がなかったとしても、リモートワーク・トレンドは拡大していたが、コロナウイルスによって米国のリモートワーク・シフトは一気に加速する可能性があるという。
たしかに「ジョブディスクリプション」として仕事範囲を明記する欧米の働き方は、タスクとアウトプットが明確になるため、リモートワークとの親和性が高いといえる。
タスクとアウトプットが明確でない場合、上記中国の事例のように、勤務態度や時間が評価ファクターになってしまい、結果社員の生産性を下げたり、ストレスレベルを高めることになりかねないからだ。
今後各国では、在宅勤務やリモートワークがどのように浸透していくのか、またどのような課題が浮上するのか。その動向は未来の働き方を考える上で重要な示唆になるはずだ。
文:細谷元(Livit)