さまざまな大人の“はたらく”価値観に触れ、自分らしい仕事や働き方とは何か?のヒントを探る「はたらく大人図鑑」シリーズ。
今回は、日本の予防歯科医療を一般にも広く普及するべく活動している、歯科医師の畑慎太郎さん。“丁寧に、優しく”治療することを意識していた畑さんは、ある勉強会に参加したことで“予防歯科”の大切さに気付き、そこからむし歯になる前のケアを中心とした医療を提供しています。
畑さんの今後の予防歯科の展望や現在の働き方についてお伺いしました。
「ぼんやりと働いていた」価値観が変化。予防歯科の大切さを知る。
——今、どんなお仕事をされていますか?
畑:歯科医師をしています。
2012年頃からは、従来の歯科治療を中心とした業務から予防歯科にシフトチェンジし、日本の予防歯科医療を普及するべく日々猛進しています。
——予防歯科とはどういったものでしょうか?
畑:皆さんが歯医者に行くのは、「むし歯になってから」が多いと思うのですが、予防歯科とは「むし歯になる前」の予防を大切にすることです。
ただ歯磨きをする、ということだけではなく、歯や口内の健康を守るために歯科医院などでプロのケアを受け、さらに日常的にも歯科衛生士の指導に基づいたセルフケアをしてもらうことで、予防歯科というものが可能になります。
——これまでの経歴を教えていただけますか?
畑:東京医科歯科大学歯学部を卒業後、神奈川県海老名市で勤務医として5年間勤めました。その後、2004年に西東京市の東伏見で開業し、現在15年目になります。
——将来のキャリアについて考え始めたのはいつ頃でしたか?
畑:祖父が和歌山県の田舎で歯科医をしていたんです。
患者さんに真摯に向き合う祖父の姿を見て育ち、幼い頃から自然と歯科医を目指していたように思います。
そして東京医科歯科大学に進み、歯科医として日本の歯科医業の基礎を学び、歯科医として働いていました。ですが、その時期は何だかぼんやりと働いていたように思います。
——ぼんやりと働いていたというのは…?
畑:「むし歯は病気」ということについてあまり深く考えず、「むし歯ができた患者さんが痛くないように、親切に、丁寧に」というのが、その頃の私の歯科医療に対する価値観でした。
教えられたことを丁寧に、実直に、という感じですね。
予防歯科に対しては「治療のついでに」という位置づけで考えていたように思います。
——その価値観が変わるきっかけがあったんですか?
畑:2012年に山形県酒田市の日吉歯科の予防歯科勉強会に参加し、日吉歯科の熊谷崇先生に出会ったことで考え方が変わったんですね。
——どう変わられたんですか?
畑:熊谷先生は、歯科医療を口内の中だけのものと捉えず、身体の健康を維持するための土台となる医療と捉えていらっしゃいました。
そういったお話を聞き「そもそもなぜ人はむし歯になるのか?」といったむし歯の病因論を強く意識するようになったんです。
そこから適切な治療の順序を考え、初診時にいかに大事なアクションを起こせるかを重視するようになりました。
また日本の保険制度についても、この頃から考え始めるようになりました。
——保険制度について考え始めたのはなぜでしょうか?
畑:「とにかく歯は抜きたくない」っていう患者さんって多いですよね。
ところが歯周病などの治療においては、場合によっては抜歯が最も良い治療法であることもあるんです。
ところが本当は根本的な部分では治っていないのに、「歯を抜きたくない」という患者さんに対し、「歯を残した」ことで、まるで完治したかのように取り繕う歯科医師も存在するんです。
そういった治療が個別の歯科医師の判断で行われ、許されてしまうというのは、今の日本の保険制度の危ない部分だなとも感じます。
むし歯を治療するだけなら保険制度はとても便利だしありがたいですけどね。
——なるほど。
畑:決して保険制度が悪いのではなく、歯科医師側のモラルの問題もあると思います。
患者さんが今どういう状態にあるのかを正確に診断し、患者さんが理解できるようにご説明して共に治療を開始することが、私にとっては大切ですね。
“削る治療”を止め、口内の健康状況をスタッフ一丸となって理解する歯科医院へ。
——そこから治療はどのように変化されたんでしょうか?
畑:日本人の口腔の健康があまりにもおざなりになっていることに疑問を持ちました。
自分の仕事の大部分が、かつて治療して治っているはずの歯の再生治療に割かれていることにも気づき、まず“削る治療”を止めました。とはいえ、一切削らない訳ではありません。
患者さんに自分のお口の中の状態を知ってもらうことから始め、歯科衛生士によるセルフケアのアドバイスと削るべき場所、削らなくてもよい歯の分別を重視し、それから治療に入るスタイルに変えました。
現在は医と産業の連携を目指し、大手企業で講演などもさせてもらっています。
最もお口の健康がおざなりになりやすい働き盛りの方々に語り掛け、今後の日本人の口腔の健康をいかに良くしていくかを日々考えています。
——予防歯科に力を入れていらっしゃる畑さんですが、予防歯科の経営はどういった点が難しいと思われますか?
畑:予防型歯科医院は、なかなか難しい領域なんですよね。
というのも、予防型歯科医院ではスタッフの教育が非常に重要なポイントとなってくるからです。
私のような歯科医師はもちろんですが、歯科衛生士、歯科技工士、受付などスタッフ一丸となって、診療に対する考え方を根本から理解する必要があります。
予防型歯科医院のサービスは、治療だけではなく、患者さんに口腔環境に対する正しい知識を持ってもらうことが大切なんです。
ですので、そういった教育や施設に関する投資は惜しまないようにしています。
——どういった教育をされているんですか?
畑:スタッフはみんな、患者さんに正しい情報を提供しなければならないので、歯科医療に関する広い知識をまず勉強してもらうようにしています。
患者さんに信頼され、共に治療方法を探っていくためには、人間としてどういう人なのかも大事なんですよ。
患者さんに信頼していただければ、口の中でちょっと心配なこと、不安なこと、気になることを気軽にお話していただけるようになります。
そういった、患者さんがスタッフに対して心を開きやすい環境作りも、予防歯科には欠かせない要素の1つですね。
学び続け、小さなクエスチョンを解決し、歯科医療の新しい価値観を提案し続ける。
——畑さんの考える“歯科医師としてのプロフェッショナル”とは、どんな医師だと思われますか?
畑:歯科医療という仕事を、削る・詰めるだけに集約せず、人々の健康を取り巻く様々な問題や課題に貢献し、新たな価値を作り出すことができる歯科医師だと思います。
自分の技術や地位に自惚れることなく、さらにプロフェッショナルな人間として生きていきたいなと常に意識していますね。
——歯科医療の新たな価値とはどういったものでしょうか?
畑:単なる歯の修理屋ではなく、歯科医療を通し、これからやってくる超高齢化社会に向けて“持続可能で世界一安全で安心な社会”の実現に貢献できるものだと思います。
——“はたらく”を楽しむために必要なことはなんだと思いますか?
畑:自分が身を置いている業界について常に勉強をしていくことです。
私自身、現在も東京大学医療経済学分野でインターンとして学び中です。
生涯学び続けることが「はたらくを楽しむ」に繋がっていくと実感しています。
——“はたらく”を楽しむために何か心がけていることはありますか?
畑:クエスチョンをそのままにしないことです。
何かの疑問が生じた時、忙しさや日々の仕事に時間を取られ、ついついその小さなクエスチョンをそのままにしてしまうことってないですか?
でもその疑問にこそ成長のヒントがあると考えています。
せっかく感じたその疑問を、その都度必ず自分なりに解消していくようにしています。
——畑さんにとって“はたらく”とはどういったことでしょうか?
畑:どのようにしてお金を稼ぎ、食べていくかという“生業”と、生涯を通して続ける“ライフワーク”の狭間が“はたらく”ことだと思います。
充実した人生を送るためのツールと言いますか、人生になくてはならないものですね。
——どのようにしてやりたいことや自分の道を見つけられましたか?
畑:メンター(指導者・助言者)の話をよく聞き、そこから何かを学ぶことです。
私にとってのメンターとは、歴史上の人物や学生時代の恩師、職場の上司だけでなく、勉強会やセミナーで出会った人、また友人、職場の同僚も含まれます。
彼らから頂いた助言やアドバイスは決して無下にすることなく、自分の心に刻み付けるようにしています。
——これから予防歯科を広めていかれる上での展望などはありますでしょうか?
畑:日本は“病気の治し方”については非常に高度な技術や知識を持っていますが、“治し方”と“予防策”の2つを分けていることが問題なんです。質の高い予防をして、それでも防ぎきれなかった疾病に高度な治療を提供することが、さらに大切になってくると思います。
これからも学び続け、工夫をしながら、患者さんに正しい知識やリスクを啓蒙していきたいです。
——“はたらく”を楽しもうとしている方へのメッセージをお願いします。
畑:まずは本をたくさん読んでみてください。
そしてそこから得た知識や疑問を自分のモノにしたら、次に自らの足を使ってメンターに会いに行ってください。
あなたにとってのメンターは誰でしょうか?
きっとご自身が信頼されている方からのメッセージやアドバイスは、あなたの行くべき道を少なからず照らしてくれると思いますよ。
- 畑 慎太郎(はた しんたろう)さん
- 歯科医師、医療法人社団ADC 理事長
東京医科歯科大学を卒業後、歯科クリニックに5年間勤務。2004年に独立し、西東京市東伏見にアップル歯科クリニックを開業。2014年には医療法人社団ADCを設立。予防歯科を中心とし、自身のクリニックで患者の口腔内の健康状態について、予防、治療をしていくと共に、大手企業などで予防歯科を広める講演活動を多数行っている。
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