社会保障に医療人材不足、「2025年問題」が与える影響とは
2025年には、団塊の世代が後期高齢者である75歳以上に突入し、国民の3人に1人が65歳以上、6人に1人が75歳以上になる。
総務省統計局 高齢者人口の推移グラフ
そこで予測されるのが、いわゆる「2025年問題」だ。
これは医療や介護などの社会保障費の増大が懸念される問題のことで、具体的には「労働力人口の減少」と、それに伴う「現役世代への社会保障費の増大」、さらに、介護が必要な要介護者に認定されているにもかかわらず、施設に入所できない、あるいは、適切な介護サービスを受けられない「介護難民の増加」、「医師や看護師の人手不足」などの問題がある。
そんな未来があと5年たらずでやってくる。これは今、働き盛りで若さを謳歌している20〜30代のビジネスパーソンにとって決して無関係なことではない。
「ヘルステック」が医療問題を解決するカギとなるか
そうした2025年問題を解決するものとして注目されているのがヘルステックだ。少子高齢化が進み、年々、高齢者が増えていくことは避けられない事実。
そのため、医療の質を保ったり、医療費を抑制したりするヘルスケア領域のIT化は必ず成し遂げなければいけない喫緊の課題である。
具体的には、次のようなサービスが2025年問題の解決に貢献するだろう。
●お薬手帳の電子化
お薬手帳には、服薬している薬の名前や使い方、アレルギーなどの情報が記載されている。
これらの情報が電子化され、一つのクラウド上で管理されれば、個人ではスマートフォンなどで閲覧管理できるようになり、本人がどこにいても確認をすることができる。生活エリアから外に出る旅行時や、日常生活が崩れる災害時などで役に立てることができる。
これはすでに実現されているが、「高齢者や子どもには使いづらい」「電子お薬手帳の閲覧を取り入れている薬局が少ない」などの問題も残されている。
●遠隔診療サービス
今後、高齢化社会に突入すると、医療機関へ通院できない在宅患者が増えると予測されている。その場合、遠隔診療サービスを活用すれば、スマホやタブレットなどからビデオチャットを通して医師の診断を受けられるようにすることも可能。
サービスのなかには、医療機関への診療予約、診療、処方箋や薬の受け取りまで、すべて電子上で完結できるものもある。特に離島や過疎地域などでは高い需要が見込まれており、今後もますますサービス拡大が予測される。
●医療分野の「IoMT」活用
一般的にモノのインターネットをIoTと言うが、医療分野特有の表現として「IoMT」というものがある。
これは、Internet of Medical Thingsの略で、医療機器とヘルスケアのITシステムをオンラインのコンピューターネットワークを通じてつなぐという概念のこと。
あらゆる医療機器やデバイスをヘルスケアとインターネットでつないで、リアルタイムでの医療、健康情報の収集や解析を可能にする。医療機器で取得したデータがクラウドへ転送されてデータ集積できることで、未病予防や健康維持などに活用することができる。
アメリカを本拠とする調査・コンサルティング企業 フロスト&サリバンは、このIoMTを活用した新しい医療モデル「ドクターレス・ケア」を提唱しており、「IoMTに代表されるテクノロジーの進化は、これまでの医療モデルを根本から変えつつある」と述べている。
●ウェアラブルデバイスの活用
ウェアラブルデバイスは、日々のバイタルをデータとして蓄積することで、健康変化や身体変化などをいち早く察知することを可能にする。Apple Watchが代表格。正確には医療機器に分類されるものではないが、「予防医療」の観点から貢献が期待されており、その結果、医療費削減につながるとも言われている。
ヘルステック分野に参入する異業種、その先にある課題とは
かつてはプレイヤーが限定されていた医療業界だが、ヘルステックの考え方が広がる中で、異業種からの参入も加速。
現在、2025年問題とヘルステックの関連性は、盛り上がりを見せているビジネス分野のひとつだ。
異業種からの参入については、たとえばマイクロソフトの事例がある。
日本マイクロソフトは、 2019年10月、ヘルスケア分野のデジタルトランスフォーメーションの推進に向けて、 同社のクラウドサービスを活用した病院内の働き方改革や、 AI、 Mixed Reality (複合現実) などを活用した診断、 創薬研究などを支援していくと発表。
より良い医療の実現に貢献するため、「医療現場の改革」「医療の質の均てん化」「ヘルスケア連携」を重点分野として取り組んでいる。
また、アマゾンは医療用品の流通プラットフォームとしての経験を生かし、カーディナル・ヘルス社と提携し、全米43の州で医療サプライのディストリビューションビジネスを展開。
そのほか、JPモルガンチェース、バークシャー・ハサウェイとのパートナーシップにより、自社の従業員に対する独自の健康保険プログラムを提供したり、アマゾンX(元は「ラボ1492」)という研究施設を持ち、ガン治療の研究に取り組んだり、従業員のためのヘルスクリニックをパイロットプログラムとして実施したり、多岐に渡って施策を展開している。
そのほか、グーグルは老齢化の問題に取り組む遺伝子研究チームを立ち上げたほか、Senosisというスタートアップを買収。
グーグル傘下のネストによってデジタル・ヘルス・デバイスの可能性を追求するほか、NLP(Neuro-Linguistic Programming、神経言語プログラミング)を用いたメディカル・デジタル・アシストの実現を、グーグル・ブレインという部門で研究中だ。
また、医療機器大手のフィリップス・ジャパンは2018年6月、統合されたあらゆるデータの解析から、一人一人に合った精密な診断や最適な治療、さらに、実行可能な予防を提示できるシステムをつくっていくと発表。
今後、異業種との連携をさらに加速・強化するとし、実際、2019年5月には仙台市内に医療、健康・予防の研究開発交流施設「フィリップス・コ・クエリエーションセンター(CCC)」を開設した。
ここでは、病院や大学などの研究機関、自治体や異業種の企業と連携し、モノのインターネット(IoT)や人工知能(AI)をはじめ先端技術を活用した研究を、産官学による共創で進めていく。
ヘルステックは2025年問題解決の救世主として、その活用が広く期待されている。
だが同時に求められているのは、2025年を生きる私たち自身の、意識の変革だ。
人生100年の時代が来ようとしている現在、「65歳で引退して悠々自適の年金暮らし」というのは現実的ではない。
もちろん、ヘルステック領域の進化も必要だが、同時に、「高齢者」の概念を変えたり、「就労」の価値観を塗り替えたりするような、社会構造の変化も必要になるだろう。
従来の常識を打破し、理想の未来をデザインするクリエイティビティにこそ、2025年問題を解決する鍵があるのではないだろうか。
文:鈴木博子