広告代理店WWPグループ傘下のJWTが行ったZ世代に関する調査によると、同世代の82%の人は他人の性別を気にせず、88%は自身の性別について模索した経験があり、81%は性別が個人の価値を決める要因にはならないとしている。
こうした価値観を持つニュージェネレーションの台頭により現在、性に関する価値観は徐々にアップデートされている。
性の多様化、流動化はあらゆるビジネスにインパクトを与えており、その流れは近年、観光やホテル業界でも散見される。ロマンティックな旅行は恋人と「二人きり」で…そんなこれまでの時代の当たり前を覆し、新しい価値観にフィットするサービスやプランを提供するラグジュアリーホテルが海外で増えているのだ。
3人以上で愛を深めよう… 「ポリムーン」向け新サービス
多くの人が「恋愛」について考えるとき、それは異性または同性同士による「一対一」の関係を思い浮かべるだろう。お互いを特別な存在として認め合い、デートを重ね、その延長線で結婚を選ぶカップルもいるかもしれない。そして恋人以外の相手と親密になること、ましてや性交渉はご法度。それが現代のメジャーな価値観だ。
しかし世界には、複数人をパートナーとして同時に愛し、その関係に関わる全員がそのことに同意している「ポリアモリー」と呼ばれる人たちが存在する。
キリスト教圏を中心に一夫一婦制がスタンダードとされる国家が多い中、このポリアモリーはマイノリティーで、法の外にある彼らの存在はともすればアウトローなイメージすらある。
しかし昨年、アメリカの俳優、ベラ・ソーン氏が自身にポリアモリーの嗜好があることをRefinery29のインタビュー記事で告白。彼女のような著名人のカミングアウトもあり、今欧米を中心にポリアモリーが徐々に増えているという。
作家でセックスコーチのオリビア・パブロブ氏は「今後ラグジュアリーホテル業界にとって、一夫一婦制を踏襲しないノン・モノガミーの旅行者は重要なセグメントになってくる」とTHE FUTURE LABORATORYに対して語る。
事実、Journal of Sex and Marital Therapyの調査によると、アメリカ人の20%が1人のパートナーとの関係に退屈し、複数人とのオープンな関係を持った経験があるとしており、この層が持つ潜在需要は未知数だ。
そこに着目し、ポリアモリー用のハネムーン「ポリムーン」プランを用意するホテルが登場している。
イギリスのホテル「The Summer House Weekend」は、大人3人が一緒に眠れるトリプルサイズのベッドのある部屋を提供。もちろんバスローブやアメニティも3人分だ。これまでなら3人一室での宿泊となると、誰か1人が簡易ベッドで寝なければならなかったが、このプランなら3人揃って過ごすことができる。
The Summer House Weekendの3人用部屋
「泊まる」中心から「出会いの場」を提供するホテル
アメリカとイギリスでホテルやバーなどホスピタリティ事業を展開するStandard International社は、本来ホテルが提供する基本的な役割「宿泊」を超え、「出会いの場」を提供している。
同社が2018年にローンチしたアプリ「The Standard’s Lobby」は、アプリを介して同ホテルの宿泊客同士に交流を促すもの。
その名の通り、アプリ上に存在する”バーチャルロビー”で宿泊客同士がつながれるが、ホテルをチェックアウトするとアプリ上から他の宿泊客との交流履歴は全て消去される。まさに旅の一期一会という楽しみを最大限に享受するためのアプリだ。
「Lobby」(App Storeより)
人と人との新しい出会いはこれまでもマッチングアプリの「Tinder」やゲイコミュニティに特化したマッチングサービス「Grindr」がその役割を担っていたが、ホテル自らが出会いを提供するThe Standard’s Lobbyの登場により、ホテルがますます「コミュニティスペース」としての機能を強化していることが分かる。
同社のアマール・ラルバニCEOは「Airbnbなどの登場もあり、ホテルはホテルならではの価値を高めるべき時期に差し掛かっている。
人同士をつなぎ合わせるというのは、ホテルだからこそできること。ホテルのロビーは多くの予期せぬ出会いが交差する場所であり、それを多くの宿泊客に体験してほしい」と、同アプリを開発した理由をFast Companyに語る。
変わるロマンティックの定義
Harper’s BAZAARは2020年2月に、「2030年、ロマンティック旅行はこう変わる(How romance will change the way we travel in 2030)」と題した記事の中で、異性・同性に関わらず、友人同士がその絆を深め合うための「Buddymoon」需要の高まりを報じた。
その背景には、イギリス出身の俳優、エマ・ワトソン氏が自身をそう認識しているように「セルフパートナード(選択的独身)」と呼ばれる層の拡大がある。同誌によると、現在アメリカ国内の成人の25%がセルフパートナードを選択しているという。
男同士の旅行を題材にした2016年上映のコメディー映画『Buddymoon』
また多くのホテルが「Chief Romantic Officer(CRO)」という役職を設け、施設内での宿泊客サポートを始めている。業務はロマンティックな演出を担当する役割だが、提供するのはウェルカム・シャンパンやバスタブにバラの花びらを散りばめるようなサービスではない。
ミニバーに各宿泊客用にカスタマイズされたカクテルを提供したり、好みの素材のベッドシーツで室内のインテリアを整えたり、各宿泊客に対してビスポークの経験を提供するのだという。
宿泊者の細かなニーズを汲み取り、高い満足度を与えるという意味では、昨今あらゆる業界でスタンダードになりつつある「パーソナライズ文化」が旅行業界にも押し寄せていると見ることもできる。時代とともに変化する性の価値観は、間違いなく「ロマンス」の定義にも大きな影響を与えている。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)