INDEX
走行中の車が、歩行者や自転車をはねてしまう痛ましい事故。ニューヨークでは、2019年の交通事故による歩行者の死亡者数は119名、サイクリストの死者は前年の約2倍にも膨れ上がったという。
現在、世界的な都市化により車と歩行者・自転車の距離が近くなっている。またUberやLyftなどライドシェアサービスがシェアを伸ばす中、人々が交通事故に巻き込まれる危険性は増す一方だ。
そんな中、北欧ノルウェーの首都オスロでは、2019年の歩行者・サイクリストの死亡者ゼロを達成。オスロでは、どのような取り組みがなされたのだろうか?
サンフランシスコで「緊急事態宣言」。増え続ける交通事故
現在、世界の多くの都市で「ビジョン・ゼロ」という、交通安全プロジェクトが導入されている。
「道路交通に関わる死亡者や重傷者のいない高速道路システムを実現する」という「道路使用者の安全」を目的としており、1997年にスウェーデンより始まった。今ではイギリス、カナダ、オランダ、インドなどが参加しており、アメリカの都市でも導入されている。
しかし、先のニューヨークのほか、サンフランシスコでも車と歩行者の衝突は後を絶たない。サンフランシスコでは、交差点や自転車専用レーンに猛スピードで突っ込む危険運転車が急増。同市交通当局は、2019年11月に交通事故に対する「緊急事態宣言」を発表した。
サンフランシスコの道路安全NPO「ウォーク・サンフランシスコ」のエグゼクティブディレクター、ジョディ・メデイロス氏は「事故を防ぐには、車の走行速度を低下させることが必要」と述べる。車のスピードが速いほど、重大な事故を引き起こす可能性は高まる。
しかし、市の取り組みは十分とは言えない。まず、警察の人員不足により目が行き届かないこと。そして、スピード違反を監視する自動速度違反装置の設置が州により禁止されているため、取り付けられないのだ。
これにより道路は「無法地帯」となり、交通事故は増える一方だ。メデイロス氏によると、2019年6月にとある交差点で起きた歩行者死亡事故の後も、同ストリートにおける市の安全管理は全くなされず、むしろさらに危険になっているという。
「サンフランシスコはもっと真剣に取り組む必要がある」と、メデイロス氏は警鐘を鳴らす。
ライドシェアサービス人気の裏で事故増加
スマホアプリで呼んだら、いつでもどこでも駆けつけてくれる、便利なライドシェアサービス。代表格のUberは、現在世界70カ国、450以上の地域で展開している。日本ではUber Eatsなどサービスは限定的だが、アメリカでは市民の足として機能しており、生活になくてはならない存在となっている。
しかし、ライドシェアサービス人気の裏で、交通事故や渋滞の頻発が問題となっている。シカゴ大学によると、Uberや同様のアプリの導入後、都市での交通死亡率が2〜3%増加しており、1,000名以上が亡くなっているという。ニューヨークでは、Uberによる事故がタクシーによるそれを上回っている。
「歩行者&サイクリストの死亡者ゼロ」を達成したノルウェーの首都オスロ
一方、ノルウェーのオスロでは、2019年の歩行者・自転車の死亡者がゼロ。同年の交通事故による死者は、ドライバー1名のみであった。
1976年、ノルウェー全体では交通事故全体(自動車同士の衝突を含む)の死亡者数は560人だったが、2019年には110人と5分の1に縮小。この時期、ノルウェー全体の人口は400万人から540万人と140万人増加、オスロの人口も増え続けている。
ノルウェーが「ビジョン・ゼロ」を導入したのは2002年。以来ノルウェーでは「名ばかり」ではない、国を挙げた抜本的な取り組みが実行されている。特に首都オスロでは「歩行者・自転車が主役」の安全な街に移行すべく、整備が着々と進められてきた。
オスロのレイモンド・ヨハンセン市長は「交通事故での死者が一人も出ない街づくり」を目指し取り組んできたという。
具体的には、自転車専用レーンの設置、公共交通機関への投資、市中心部での車の使用と速度制限、学校周辺の車の通行禁止区域の設置など。これら総合的な取り組みが、歩行者・サイクリストの死亡事故ゼロにつながった。
ヨハンセン市長は「ドライバーは“訪問客”のように振る舞うべき」と言う。我が物顔で乗り回すのではなく、あくまで謙虚に、歩行者ファ―ストの感覚を持って走行する。ドライバーに対する「意識改革」も、功を奏した一因だろう。
環境保全につながる、脱自動車社会への取り組み
オスロの成功は「車を街で走らせることを困難にさせる」という、ある種ラディカルなアプローチと無関係ではない。
「車が主役」であることを前提にして、その上で事故をなくしていこうというやり方ではなく、「そもそも車を使わない街」へ、緩やかに移行させる。その証拠に、市は駐車スペースを1,000台分も削減している。
実際これらの取り組みにより、二酸化炭素の排出を抑えることに成功している。1990年と比較して、2019年は約36%を削減。オスロ市は2022年までに50%、2030年までに95%削減することを目標に掲げている。
交通事故を減らすことが、環境保全にもつながる。オスロの交通安全活動は、サスティナルな社会を実現するための戦略の一環なのだ。
依然、車が主役のアメリカ。変革の鍵はミレニアル世代に?
さて、アメリカに話を戻そう。アメリカは未だ自動車を中心とした社会だ。歴史的にも馬車で大陸を開拓した時代から始まり、後に自動車が馬車に取って代わって国を発展させてきた。
一部の都市では公共交通機関も稼働しているが、遅れや交通同士の接続がうまくいかないことなどから、決して便利とは言えない。郊外型の住宅や店が普通のため、車が不可欠なのは仕方ない事情もある。
欧州に比べ、環境問題意識が低いことも指摘される。二酸化炭素排出における個人の排出量は世界1位。世界全体の15%を占める。
しかし、シアトルやポートランドなど、一部の都市では自転車や電気自動車を推進する取り組みも始まっている。「環境意識が高い」西海岸の都市がリードして、全体の意識改革を促す可能性もゼロではない。
また、ミレニアル世代は親・祖父母世代と比べ、自動車への興味が薄いと言われており、今後は自動車への意識も変わってくるかもしれない。環境問題に関心の高いZ世代の台頭により、その流れはより顕著になるだろう。
いずれにせよ、安全面・環境面双方の視点から、アメリカの取り組むべき課題は大きい。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)