「世界観」と「ストーリー」で顧客とつながる――佐々木康裕 『D2C』書評 カルチャーからビジネス書を読む

今こそ世界観やストーリー、紙のカルチャー誌的な手法が必要

「世界観とストーリーテリングが重要だ」とだけ聞いたら、「映画かマンガの話かな?」と真っ先に思うだろう。

「紙の雑誌を通じて自社ブランドに込めたメッセージを伝える」とだけ聞いたら、「今どき紙の雑誌?」と思うかもしれない。

ところがこれはここ10年ほどのビジネスの潮流において有効とされている手法の話だ。

D2C(Direct-to-Consumer)と呼ばれる、自ら企画、製造した商品をどこの店舗も介すことなく自社のECサイトで直接顧客へ販売するビジネスモデルがある。それを確立する企業がこの分野での先駆者だ。

いまやD2Cブランドは、化粧品、アパレル、歯ブラシ、ブラジャー、髭剃りなど、小売のあらゆる分野に及ぶ。

「Amazonや楽天、あるいは卸やリアルの小売店に手数料を抜かれたくないから自社で売ってるんですよね?」

そのような“中抜きビジネス”としてD2Cを理解している人もいるかもしれないが、そういった経済的な理由だけではD2Cの本質は理解できない。

なぜ「自社と顧客との間にほかの流通・小売を挟まないのか」あるいは「挟まず直接つながることで何ができるのか」「直接売りたいならなにをすべきか」ということは、ミレニアル世代以降の現代的な価値観・文化が関わっている――というのがデザインファームtakram佐々木康裕の著書『D2C』での主張だ。


「D2C」佐々木康裕の著書

ミレニアル世代以降を相手にするためになぜ世界観とストーリーテリングが重要なのか

アメリカや日本をはじめ、多くの国で大学進学率は上昇傾向にある。

つまり、ミレニアル世代はもっとも教養のある世代だ。そして教育の過程で社会問題や環境問題に触れてきたために、倫理や環境に配慮したブランドを好む傾向にある。

D2Cブランドはハイブランドと比べれば安いことが大半だが、しかし「安ければなんでもいい」わけではない。

社会、倫理、正義という言葉に反応し、心から共感できるようなメッセージを発してアクションを起こしていく企業・ブランドに対してはプレミアムを払っていいと考えている。

(「そうかなあ」と思う人でさえ、たとえばパワハラ問題が露呈して炎上したり、環境汚染などの問題・不祥事を起こした企業の商品・サービスを買い控えしたことはあるはずだ)

つまり志や精神性を備えたブランドのほうが望ましい。

しかし数十秒のTVCMやウェブ上の動画広告、あるいはバナーといった伝統的な宣伝ツールで世界観を伝えられるだろうか? 

佐々木は「世界観」とは「ユニークで心に刺さる、ブランドの見た目、語り口、振る舞い、 佇まいについての基本方針とその実装」だと定義しているが、こうしたものを数十秒で伝えられるはずがない。

だからポッドキャストや雑誌という手段が有効になる。

距離感が近く、人格を伝えられるポッドキャスト

D2C企業はたんに商品のスペックや値段を伝えて売ればよいわけではなく、自社ブランドの持つ価値観・メッセージを伝える必要がある。

そこで使われるのがポッドキャストや雑誌だ。

近年のポッドキャスト需要の高まりは「耳は意外と空いている」「スマートスピーカーの普及のおかげ」などと機能的な面から語られることが多いが、佐々木は「人間が自分の言葉で語りかける」その行為が持つ力を強調する。

テレビよりラジオの方が身近さを感じるメディアであることは古くから指摘されていたが、ポッドキャストも同じだ。語り手との距離感が近く、目から入ってくる情報がない分、声から、より人柄が伝わってくるような感覚が得られる。

30分の動画をしっかり観るのは大変だが、移動時間に30分のポッドキャスト番組をながら聴きするのは苦にならない。

こういう理由で音声メディアは注目に値する。

世界観を表現するメディアとしての雑誌

D2C企業ではスーツケースブランドのAwayが作った『HERE』、マットレスブランドのCasperが作った『WOOLLY』などが紙の雑誌を作っている。

日本の出版業界では紙の本の売上は年々落ち、書籍よりも雑誌の方がより下落幅が激しいのだが、なんとD2Cブランドは紙の雑誌を活用しているのだ。

AwayやCasperは雑誌を作って自社製品を紹介するだけでなく、背景にあるストーリーや写真、世界観を届けている。「カタログ」ではなく「雑誌」を作って、だ。

雑誌を使うことでビジュアル、構成、特集の組み方、紙の材質など、言葉以外の要素でも世界観を表現できるという利点を最大限利用している。

狭義のD2Cを離れて見ても、ECサイトを運営する「北欧、暮らしの道具店」は、自社のことを「出版社に近い」メディア企業だと位置づけている。

ほかにも2018年に男性向けカルチャー誌『POPEYE(ポパイ)』元編集長の木下孝浩氏がユニクロの執行役員に就任し、2019年には雑誌『LEON(レオン)』を経て『OCEANS(オーシャンズ)』編集長を務めた太田祐二氏もユニクロに参画するといった動きがあった。

佐々木はこれを「ブランドのメディア化」を象徴する流れだ、と位置づけている。

このように、D2C企業に限らずほかのブランドやメーカーであっても今や「自分たちはただのメーカーではなく、メディア企業でもある」と認識することが重要になった。

そこではモノやサービスのよさを追求するだけでなく、いかにして顧客が自社の価値観に共感して、長期的な関係性を築けるかというストーリーテリングの能力や人材を強化していく必要が生じている。

アイドルやアニソンから学べること

筆者はこの本を読んで音楽ビジネスに通じるものがあると感じた。

2000年代以降、音楽においてサウンドに関する関心よりも物語性の方が重要になっているからだ。

日本以外の国でヒップホップがロックを超える支持を得ているのはダンスミュージックとしての機能性や世界の人口比に占める有色人種の割合の増加といったことだけでなく、ラッパーがたくさんの言葉を通じて自身の人生観・世界観を表現できるジャンルだからという面があるだろう。

日本ではアイドルやアニソンの人気が高いが、どちらも楽曲に歌手やグループ、あるいはタイアップしている作品のストーリー性が加味されることで、よりリスナーの感情移入度合いが深まるという強みがある。

K-POPではEXOやBTSなど著名事務所発のグループの楽曲になると、リスナーが曲にグループやメンバーの履歴を重ね合わせて聴くだけに留まらない。

送り手側が楽曲群を貫くコンセプトや物語を表現しているため、PVのティザーやキービジュアルが配信されるとファンの解釈合戦が始まり、本PVが発表されるとYouTubeやSNSではどんな意味が込められているのか、キーとなるアイテムやメイク、衣装、メンバーの視線などから他の曲とのつながりの考察が始まる。

このように、世界観やストーリーテリングの表現手法は当然ながらメーカーよりもエンタメの方が長年の蓄積があり、凝っているものが少なくない。

そうした手法を身をもって体験し、他の領域にアレンジして持ち込むことが、ミレニアル世代以降のビジネスパースンには求められていると言っても過言ではない。

文:飯田一史

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