アメリカ国内に数多く存在するスーパーマーケットの中でも、独自のスタイルで常に顧客の心を掴んで離さない企業がある。

「トレーダージョーズ(以下、トレジョ)」だ。1958年にロサンゼルスで創業されたトレジョは、今や国内41の州に500以上の店舗を構える人気チェーン・スーパーマーケットだ。

販売アイテムは生鮮食品からハンドソープなどの日用品まで幅広く、オーガニック食品も多く取り揃えることから高級志向の食料品小売店に分類されることが多いが、中間流通を省き、国内外の生産者から直接品物を購入することでコストカットを図り、大半のアイテムをトレーダージョーズブランドで販売しているのが特徴だ。

先ほどトレジョの「独自のスタイル」と述べたが、これは同社が多くの小売企業が強みとする「バーゲン率」や「新鮮さ」といった要素で戦っているのではないからである。

むしろセールも一切しなければ、クーポンやポイントカードの制度もない。しかしアメリカ人はトレジョを愛し、足しげく通う。なぜか?

いかにトレジョが世間に支持されているかを表すデータがある。

マーケットの透明性と公平性の向上を目的に組織される独立非営利団体Consumer Reportが2019年に、衛生・価格・品質・会計時のスピード・スタッフの対応などさまざまな項目に関して国内75,000人以上の消費者を対象にアンケートを行ったところ、国内のあまたのチェーンスーパーマーケットの内、ただトレジョのみが全ての項目においてトップスコアを記録したのだ。

そして、同社が愛されるのは顧客からだけではない。Forbesが2019年、データ会社のStatistaとタッグを組み、従業員数が5,000人以上のアメリカ企業の中でもっとも働きやすいのはどこかを調査をしたところ、トレジョが「全米で最も優れた雇用主」として選ばれたのだ。

本稿では、同社がこれまで多くの顧客に選ばれ続け、さらに従業員からもNO.1だと称えらえた、その最強のチーム作りの秘密に迫る。


店内の様子。全てのサインは店舗スタッフのお手製

大型チェーン店ながらフレンドリーな地元密着型スタイル

同社が数あるスーパーの中でも常に特別であり続ける理由の一つは、徹底した「シンプルさ」だ。

繰り返しになるが、トレジョはセールをしない。それはつまり、常にベストプライスを提供しているということの裏返しであり、常連であれば定番アイテムの価格も配置も全て把握しているだろう。

一方で、続々と投入される新商品が、来店客を常に新鮮な気持ちにさせ、楽しみと驚きを与える。商品の入れ替わりは早く、次回来店時も販売されている保証はないため「今試さなければ」という気にさせられるし、トレジョはこの定番商品と季節商品のバランスが非常に絶妙であると感じる。

また、アイテムのジャンルの多様さにも驚かされる。

マカロニ&チーズやピザなどアメリカ人にとってのコンフォートフードはもちろん、メキシカンやチャイニーズ、インドや和食などのアジア料理までバラエティーが実に豊富で、筆者もニューヨーク在住時は冷凍の枝豆やポークシュウマイ、ヒジキ入りピラフなど好んで食べていた。

ヴィーガンやグルテンフリー、コーシャー(ユダヤ教徒が食べてもよいとされる「清浄な食べ物」)に対応した商品も多く取り揃えており、その幅広い品揃えゆえ客層の人種も実に多様だ。

そして、トレジョにとっては訪れる子どもも大切な顧客。日替わりで楽しめる試食コーナーなど多くのスーパーが提供するサービスに加えて、店内のどこかに隠されているぬいぐるみを見つけると、飴などのご褒美がもらえる「宝探し」ゲームも行っている。

さらに、レジでの会計時は子どもが退屈しないよう、シールをくれるところも子連れ家族から支持される理由だ。


商品棚に隠されてるぬいぐるみは店舗によって異なる。猿のカルヴィンがつけている名札は実際に従業員が着用するものと同じ(USA TODAYより転載)

従業員は常に顧客の声に耳を傾けており、自社製品のパッケージに関してプラスチック包装が多すぎるという意見があればより環境負荷の少ない素材に切り替え、さらにプラスチック製レジ袋の提供をやめると宣言した。

顧客からの要望をもとに店の営業時間を変更した前例もあるし、試食品以外のもので購入前に商品を試してみたいという顧客がいれば、喜んで対応してくれる。

顧客からのフィードバックをもとに組織改善を続ける姿勢はさすがと言え、これは同社の掲げる理念の一つである「KAIZEN」をよく表すエピソードである。

以前筆者がトレジョに買い物へ行った際にレジ待ちをしていると、前の客の清算中にレジが故障してしまったことがあった。すぐに直るだろうと思いそのまま並んでいたが、恐らく10分くらいは並んだと思う。

ようやくレジへ通された時、待たせたことに対する謝罪とともに渡されたのは生花部門で売られている中で一番大きな花束だった。こうした徹底した顧客至上主義とマニュアル一辺倒にならないフレンドリーなサービス文化が、顧客のブランドへ対する愛着を生んでいるのだ。


店内の様子

「従業員の幸せは顧客の幸せ」優秀な人材が集まる理由

トレジョへ行くと、制服であるアロハシャツを身にまとった店員たちが鼻歌混じりに業務をこなしている。混雑するピーク時に訪れても、ジョークを忘れず笑顔で対応してくれる。

またキョロキョロしていると一緒に探し物を手伝ってくれ、オススメを聞くと必ず詳しく教えてくれる。顧客への対応が良いことで知られるトレジョだが、同社はいかにして優秀な人材を集めているのか。

答えはいたってシンプルだ。Forbesは2019年10月、「トレーダージョーズのカスタマーエクスペリエンスが最強な5つの理由」という記事で、「トレジョは従業員のエンゲージメントが顧客の満足度に直結することを知っているから」としている。

同社のプレジデント・オブ・ストアを務めるジョン・バジロン氏はForbesに対して、「弊社は創業以来50年以上、一度も従業員の解雇を行ったことがありません。また、従業員が働き続けたいと思える環境作りとして、給与システムや福利厚生などを充実させてきました」と語る。一体どのような内容なのか?

多くの小売企業で店舗業務従事者に支払われる賃金は各州が定める最低賃金であることが多いのに対し、同社のパートタイム従事者に支払われる賃金のボトムラインは、各州の最低時給の約2倍に相当するといい、パートタイムでも最高時給24.75USドルを稼ぐことが可能だという。

また多くの店舗が早朝から夜遅くまでオープンしているため、従業員のライフスタイルに合わせてフレキシブルに勤務時間を選べるのも従業員にとって魅力の一つだ。


店内の様子

また給与面だけでなく、福利厚生も同業他社に比べて充実しており、健康保険や有給休暇、また退職金制度も用意されている。

さらに驚くのは、これらは正社員のみならずパートタイムでも受けられること。こうした施策のおかげで各店舗のエリア内で最高の人材を獲得するのに成功しているのだ。

このように、やはり給与や福利厚生などは働く者にとって重要。それらに加えて、トレジョと従業員とを強くつなぐ「クルーの一員」であるという連帯意識も同社の地位を確固たるものにしている要素の一つだろう。

トレジョのスタッフは「クルー(一般スタッフ)」「マーチャント(クルーのまとめ役)」「メイト(マネージャー)」「キャプテン(店舗責任者)」と階級が分かれているが、レジを担当する学生のパートタイムクルーがキャプテンに顧客が必要としている商品を棚から取ってくるよう頼むなど、階級を超えて日々互いにサポートし合う文化が根付いているという。

さらに前出のバジロン氏は「日々の業務を仕事というより、私たちが開催するパーティーに顧客が名誉あるゲストとして訪れてくれるようなものとして捉えている。

クルーであろうと顧客であろうと、素晴らしい人々と出会い、仕事をする中で生まれる相互作用やエネルギーが、店舗の雰囲気を良くしてくれる」と語る。

「従業員を大切に」と口で言うのはたやすいが、それを徹底しているトレジョを見ると、いかに従業員の職場における幸福度が顧客の満足度に繋がり、ひいてはブランドを繁栄させるカギとなるかがよくわかる好例である。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit