一人で、自分らしく生きる新ライフスタイル。「シングル(独身)」ではなく「セルフ・パートナード」

人の生き方は多様化している。いや、人はもともと多様なのに、標準化された社会では居場所が見つけられなかったり、あっても限られた場所しかなかったと言うほうが正確かもしれない。

例えばLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)。昨今のムーブメントによって情報を目にしたり、彼らの発言を聞く機会が多くなり、実感を伴って多様化が理解されるようになってきたと思う。

その一方で、なかなか光があたらず、どちらかというと否定的に捉えられている生き方がある。それは「シングル」「独身」「おひとりさま」。配偶者やパートナーをもたず、一人で人生を生きている人たちである。

シングルだと言うと一人で大丈夫?と心配され、「気楽だよ、自由だよ」と答えると「気ままでいいよね」と羨望とも嫌味ともとれる微妙な返事が返ってくる。あるいは「自分の人生を生きることが大切だよね」と肯定しながら「でもね、ずっと一人っていうのは寂しいよ」と続く。

とかく「一人」はいいイメージがない。それは、大人になったら結婚すべき、結婚しないまでもパートナーをもつべき、一人のままだと人として成熟しない、という考えが社会の暗黙の常識になっているからではないか。

シングルではなくセルフ・パートナード、離婚ではなくあえて離れる

そんなステレオタイプな考えから脱し、一人の人生を謳歌するセレブの発言が、今、注目を集めている。

その一人が映画『ハリー・ポッター』シリーズでスターダムに駆け上がった英国俳優のエマ・ワトソン氏だ。雑誌『VOGUE』英国版のオンラインで、今年で30歳になる自身を「シングルでいることで自分は十分幸せ。シングルをセルフ・パートナードと呼んでいる」と述べている。

あるいはアメリカの俳優グウィネス・パルトロー氏は、英国ロックバンドのボーカルと離婚する際に、これは破局ではなく、コンシャス・アンカップリング(conscious uncoupling/あえて離れる)であると言った。

言い換えに過ぎないと解釈すると、重要なポイントを見落とす。エマ・ワトソン氏のことを記事にしたNBCのデジタルニュースにコメントしたフロリダの心理カウンセラーTravis McNulty氏は、「人と人との関係性を表す単語が大きな曲がりにきている。

個性化への転換期にいる若い世代は、従来の基準で定義されたくないと思っている」と語る。

さらに氏は「人との関係性を定義する際に、我々は今まで使われていたラベルで意見を構築するが、“セルフ・パートナード”や“コンシャス・アンカップリング”は、そのような従来のラベル(シングル、離婚)に疑問を投げかける。

そして、そのような状況にある人をネガティブに関連づけず、大丈夫だという印象を与える」と続ける。


英国のジャーナリストでトランスジェンダーライトの活動家パリ・リーズのインタビューに応えるエマ・ワトソン氏。

成長の担い手として期待されるシングル層

エマ・ワトソン氏も、グウィネス・パルトロー氏も社会的地位があり、財力もあるからシングル・ライフが選べるのだ――。そう思う人もいるだろう。

しかし、そうとは言い切れないことが、大手代理店ワンダーマン・トンプソンが2019年6月に発表したJWT Intelligenceのグローバルレポート『The Single Age』から読み取れる。

レポートによると、アメリカ、英国、中国の3,000人に調査した結果、シングルでいることを好む割合は64%(アメリカ)、60%(英国)、73%(中国)だった。

中国では78%が自らの意思でシングルになり、91%がシングルでいるほうが自由があると答え、英国ではシングルの77%が愛は信じるけど、自分が満たされるために必ずしも必要ないと答えている。

シングルライフを取り上げた英国の新聞『ガーディアン』の記事には、セルフ・パートナードとして人生を楽しむ人々をインタビューしている。

5年の婚約期間を経てシングルになった37歳の女性は、家族や友達、コミュニティにもっと時間をさけるようになったと答えている。「シングルで得られるものは失うものよりも圧倒的に多い」。

43歳の女性編集者は、ひとりで過ごすときの解放感は途方もなく大きいと言う。「ひとり外食は“淋しい”というイメージがあったけれど、昔の話になりつつある。見回してみたら、そのような人がたくさんいることに気づいた」。

不動産ビジネスで活躍する36歳の男性は、心配する家族に押されるように彼女探しを始めたものの、シングルでいた時の自分のスケジュールや楽しみを自身で采配できるフレキシビリティ、充実した気持ちとは裏腹に、少しも楽しくなかったという。

男性はデートのアプリを全て削除し、シングル・ライフを楽しむ生活に戻った。将来家族をもつというオプションをリストから除外はしないが、それが自身の幸せには影響しないことに気づいたと答えている。

JWT Intelligenceのアジア・パシフィックのディレクターChen May Yee氏は言う。「独身でいることは、“選択肢がなかった”から“自ら選択した”に移行している。シングル層はパワフルで経済的にも豊かであり、自由と自分流の生き方をするために独身でいる。

そんなシングルは一人旅、ひとりダイニング、ペット産業などの成長を後押ししている」。つまり、ネガティブマイナーから、各産業を成長させる担い手になりつつあるのだ。


18歳以上のアメリカ人、英国人、中国人各1,000人を調査したレポート『The Single Age』。個人主義の増加は社会に新しい価値観を創出していると報告する。

おひとりさま vs カップルと孤独は関連性がない?

シングルが個人レベルでも、社会的にも受け入れられつつあることは分かった。それを了解しても、ひとつの大きな疑問が残る。「孤独」にどう対処するのだろう?

アメリカのある心理学教授は、人は社会的な動物なので、孤独を本能的に避けようとすると説明する。「孤独」を想像すると、恐怖に近い感覚を覚えるのは、そんな防御機構が働くからかもしれない。

愛しているから、お互いを高めあえるからという理由でパートナーを見つけた人も、心のどこかで孤独を避けたいという気持ちもあったはずだ。

一人、カップルなどの形態と孤独は必ずしも関連性がない。むしろ年を取ってからは、シングルのほうがいいかもしれない――。

そう報告したのは、アメリカ老年医学会のジャーナル『The Changing Relationship Between Partnership Status and Loneliness: Effects Related to Aging and Historical Time 』(オックスフォード大学出版局出版刊)。

雑誌では明確な4つの調査結果が得られたという。

1.シングルでいる40-85歳が年を取るごとに、自分の生き方に対して満足を感じている。

2.1996年から2014年への時間の経過とともに、シングルはより満足を感じるようになっている。

3.年を取るごとに、パートナーあり・なしによる孤独の差は減る。

4.1996年から2014年への時間の経過とともに、パートナーのあり・なしによる孤独の差は減っている。

またジャーナルは、一度も結婚したことがない人は孤独感が低いと報告している。結婚したことがない人の半数近く(46%)は、孤独をまったく感じず、いつも孤独だと感じる人は全体のわずか9%だった。65歳以上で孤独だと答えた最も大きなカテゴリーは未亡人だったという。

自分を確立させること

社会的にも受け入れられはじめ、シングルと孤独との相関性もそう高くない。ハッピーな気分でシングルでいることは難しくない!と判子を押したいところだが、ひとつのステップを踏む必要があるようだ。

前述のエマ・ワトソン氏も、今でこそシングルで満足しているが、その境地に至るまではいくつもの葛藤や不安があったという。ハッピー・シングルという言葉を信じたことはなかったとも言っている。

「夫をもたず、子どもももたず、家ももたないままに30歳を迎える。キャリアも安心できるほど安定していない。あるいは何かをまだ見つけていない。押しつぶされるほどの不安があった」。

カリフォルニアの臨床心理学者Carla Marie Manly氏は、先のNBCの記事でこう言う。「真のセルフ・パートナードになるには、時間とエネルギーを費やして内省する必要がある」。

「自分の目標に向かって進み、友達や家族にもっと時間を使い、そして何より“パートナーが必要”という社会的束縛から解放される。セルフ・パートナードにはいろんなメリットがある。

しかし、自分にすっかり満足するという境地に到達するには、時間をかけて自身の考えを形成することが大事だ」とする。

「なぜひとりがいいのか」「自分の大切にしているものは何か」。

つまるところ、それは自分はどう生きたいのか、自分らしく生きるとはどういうことなのかという人生の根幹に関わる問いであって、この大きな宿題を前にして、シングルもカップルも関係ない。

そんな問いに真摯に向き合い、世間に惑わされることなく自分らしさを見出す人が増え、結婚という制度に対する考えが変わり、パートナーをもつべしという既成概念が薄くなり、誰もが心地よく住める社会が熟成されていけば、もはやシングルだろうが、カップルだろうが、どうでもよくなるのではないだろうか。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit

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