団塊世代やX世代と異なるミレニアル世代の「レトロ」観
「レトロ」という言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか。昭和の町並み、メンコやビー玉などを思い浮かべる人は少なくないはずだ。
日本では過去数回に渡り昭和懐古ブームがあったとされ、そのときに定着したイメージが一般的なイメージとして語られる場合が多いためと考えらる。直近で思い出されるのは2005年に公開された映画「AlWAYS 三丁目の夕日」だ。
1958年の東京の下町を舞台した人間ドラマで、多く映画賞を受賞し、高い評価を得たといわれる大ヒット映画だ。これによって「レトロ=昭和の世界(高度経済成長が始まった頃)」というイメージが一層強まったと考えられる。
昭和レトロの世界観を連想させるポスター
しかし、レトロとは本来人それぞれ意味が異なるもの。時代や世代が変わればレトロの意味も変わってくる。
日本でこまれでレトロといわれた世界観は、主に団塊世代のノスタルジーを刺激するもの。「AlWAYS 三丁目の夕日」の時代設定は1958年。1947〜49年生まれの団塊世代の人々が幼少期を過ごした時代と重なる。実際、同映画の制作において団塊世代が主なターゲットと考えられていたという。
一方、他の世代にとってのレトロとはどのような世界観なのか。団塊世代やその1世代後のX世代と思考やライフスタイルが異なるとし、よく比較されるミレニアル世代。そのレトロ観も前世代と比べ大きく異なっている。
ノスタルジー(郷愁感・懐かしさ)を刺激するものを「レトロ」と呼ぶ。それは多くの場合、幼少期・青年期に触れ・経験したことやものである。
団塊世代にとっては、メンコやビー玉、また昭和の町並みがノスタルジーを呼び起こすものとなっている。一方、ミレニアル世代にとって、団塊世代のレトロ観はある程度共有できるものの、同じ経験をしたことがないため、「リアル」な懐かしさを感じることはあまりない。
ではミレニアル世代は何にリアルなノスタルジーを感じるのか。その1つが「ゲーム」だ。
1980年代序盤〜90年代中盤までに生まれたミレニアル世代。その多くが任天堂の「ファミコン」や「スーパーファミコン」、ソニーの「PlayStation」とともに子供時代を過ごしている。
現在25〜40歳くらいの人々がその範疇に入るが、昔プレイしたゲームやその音楽に強烈なノスタルジーを覚える人は少なくないはずだ。
任天堂「スーパーファミコン」
1,500万回以上再生、海外で人気は「スト2」ガイルのテーマ曲、世界共通のレトロ観を持つミレニアル世代
特筆すべきは、これらのレトロゲームをレトロだと感じるのは、日本人だけではないということだ。
レトロゲームは、メンコやビー玉といった日本固有のものではなく、世界多くの場所で親しまれたもの。多くの国々のミレニアル世代のノスタルジーを刺激する世界共通の郷愁感生成装置となっている。
レトロゲームがどれほど世界的に親しまれたのかは、YouTubeを見てみるとその人気ぶりを知ることができる。
米オクラホマ在住のシンガー、マックス・グリーソン氏が運営するYouTubeチャンネル「Smooth MacGroove」では、ファミコンやスーパーファミコンのヒット作の音楽をアカペラでアレンジしたものを発表しているが、その人気は凄まじく、現時点の登録者数は230万人、累計視聴回数は4億5,700万回を超えている。
スーパーファミコン・ソフトの代名詞ともいえる任天堂「スーパーマリオワールド」のテーマ曲を歌った回の視聴回数は1,364万回以上。
2013年にアップロードされたにも関わらず、コメント欄では最近のコメントも多く、一過性ではない息の長い人気を示している。一部日本語のコメントがあるが、大部分が英語のコメントであり、英語圏における人気の高さがうかがえる。
Smooth MacGrooveチャンネルでは、スーパーマリオワールドよりも視聴回数が多い曲が存在する。それが1991年にリリースされた「ストリートファイター2」のガイル・ステージのテーマ曲だ。視聴回数は1,573万回。「スト2」の世界人気を如実に示す数字といえるのではないだろうか。
このほか視聴回数が多いのは、1988年12月末にリリースされた「ロックマン2」のワイリーステージのテーマ曲(790万回)やゲームボーイの「テトリス」テーマ曲(884万回)など。
ゲームボーイとテトリス
ルイヴィトン、スーファミ風の横スクロールアクションゲームをリリース
世界の多くのミレニアル世代が持つ共通のノスタルジーを刺激する「レトロゲーム」。この特性をマーケティングに活用する取り組みが登場し注目の的となっている。
2019年7月ラグジュアリーブランドのルイヴィトンは、2019年秋冬コレクションのプロモーションの一環で、16ビット風の横スクロールアクションゲーム「Endless Runner」をリリース。
ウェブブラウザ上でプレイできるスーファミ風のゲームだ。1980年代、同じようなゲームをプレイしていたミレニアル世代がターゲットであるのは明らかだ。
同ゲームのルールは非常にシンプル。
フィールドが横スクロールで進む中、主人公を操作しゴミ箱などの障害物をジャンプとスライディングで避けつつ、できるだけ多くの距離を進む。進むにつれ、横スクロールのスピードが増し、障害物を避ける難度も高まってくる。
中毒性があるとの触れ込みだが、実際プレイしてみると、その通りであることが分かる。同ゲームページで商品の情報が出てきたり、購入ページにリダイレクトされるということもなく、純粋にゲームを楽しめるページとなっている。
ルイヴィトンがリリースしたスーファミ風ゲーム「Endless Runner」(以下リンク先でゲームプレイが可能)
また同時期に、グッチもレトロゲーム施策を投入。
2019年7月に同社モバイルアプリに、新たなセクション「Gucci Arcade」を開設。昔のゲームを彷彿とさせるピンポンゲーム「Gucci Ace」やパックマン風「Gucci Bee」がプレイできるようになった。現在4タイトルのゲームがプレイできるようだ。
以前、ゲームと広告が融合した「Playable Ads」に関する動向をお伝えしたが、最近のレトロゲームへの関心の高さを踏まえると、レトロゲームを活用した遊べる広告が増えてくる可能性も十分にあるといえるのではないだろうか。
テスラ「サイバートラック」や「Synthwave」、懐かしさと未来を同時に感じる80年代の音楽と映画
ゲームだけでなく、音楽の曲風も各世代のノスタルジーを刺激するものだ。1980年代風のシンセサウンドを特徴とする「Synthwave」や「Retrowave」と呼ばれるジャンルの人気が近年高まっているが、これもミレニアル世代(または少し上の世代)のノスタルジー需要を反映するものと見て取れる。
Synthwaveの世界観を表現する典型的なデザイン
YouTubeでは、Homeと呼ばれるアーティストがリリースした曲「Resonance」の視聴回数が6,276万回に到達。また、Miami Nights 1984の曲「Acceraleted」は1,478万回以上だ。このほかにも数百万回視聴されたSynthwave系の曲やミックスは多数存在する。
ノスタルジーとは過ぎ去った時代を懐かしむものであるが、1980年代は未来を示唆する様々なインスピレーションであふれており、懐かしさと同時に未来を感じる人は多いのではないだろか。
テスラの電気自動車「サイバートラック」(テスラ社ウェブサイトより)
実際、テスラの電気自動車「サイバートラック」は、80年代の映画に登場するさまざまな乗り物がデザインのもとになっている。
イーロン・マスク氏は最近公開されたポッドキャスト番組「Third Row Tesla」の中で、サイバートラックのデザインは「ブレードランナー」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」など80年代の映画からインスピレーションを得たことを明らかにしている。
80〜90年代の記憶を蘇らせる取り組みは今後一層増えてくるはずだ。
文:細谷元(Livit)