Airbnbが「2カ月無料」でバハマに招待。「サバティカル・プログラム」に見る観光産業変革の兆し

バハマに2カ月滞在、Airbnbの「サバティカル・プログラム」

長期休暇を意味する「サバティカル(sabbatical)」。大学や研究機関の教授や研究者たちが取る休暇制度に用いられる言葉だが、企業の間でも「サバティカル制度」の導入が進んでおり、その言葉の認知度は高まりつつあるといえる。

アドビ(米国オフィス)では連続勤務5年ごとに、サバティカル休暇が取れる制度を採用。最初の5年勤務で20日分、10年で25日分、15年で30日分の休暇が取れるようだ。

サバティカルを通じて仕事や日常の環境とまったく異なった空間に身を置くのは、心身を休めるだけでなく、新しい体験によってキャリアや研究の次のステップを考えるインスピレーションを得るなど、さまざまな効用が期待できる。

サバティカルの場所に関して、人それぞれ好みがあるだろうが、南国の島という選択肢には多くの人の賛同が得られるはずだ。南国の島で数カ月間サバティカル。夢のような響きだが、民泊プラットフォーム大手のAirbnbが実施している取り組みに参加すれば、その夢がかなうかもしれない。

Airbnbはこのほど、バハマに2カ月無料で滞在できるプログラムへの参加者募集を開始(締め切りは2月18日)。同社が定める条件を満たし、選考を通過すれば、2020年4月1日から5月31日の8週間、バハマ国に無料で滞在することができる。

バハマというと、遠く離れた場所であり、なかなか親近感がわかないかもしれないが、「海賊・黒ひげティーチ」がいた場所というと興味がわく人は少なくないはず。

現在バハマの首都ナッソーがあるニュープロビデンス島。この島に1716年頃に移住したといわれるのが当時実在した海賊エドワード・ティーチだ。

その風貌から「黒ひげ」と呼ばれた海賊ティーチは、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」や漫画「ONE PIECE」など日本でもお馴染みの作品に登場する海賊の名前やモデルになっている。


バハマ・ナッソー港

バハマに無料で滞在するための条件、持続可能性へのマインドセットと興味が重要

今回Airbnbが実施する「バハマ・サバティカル」プログラムで募集する人数はたったの5人。2019年末に実施した1回目のサバティカル・プログラム「南極サバティカル」では14万人の応募があった。

2回目となる今回のプログラムでは、より多くの応募者が見込まれ、競争率は非常に高いものになりそうだ。

どのような条件が定められているのか。

基本条件は、まず年齢が18歳以上であること、そして同プログラムが指定する国(34カ国・地域)のいずれかに居住していること。

米国、英国などのほか、フランス、ドイツ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンなどの欧州諸国やシンガポール、マレーシア、タイ、中国、台湾、香港などアジア諸国が含まれている。もちろんその中に日本も入っている。日本に居住する18歳以上であれば応募可能だ。

しかし、この条件を満たしているだけでは、おそらく5名に選ばれることはないだろう。

前回の「南極サバティカル」のメンバーを見てみると、Airbnbが実施するこのプログラムの趣旨を理解し、それに準ずるマインドセットや行動がともなうかどうかがカギになることがうかがえる。


Airbnbサバティカル1回目「南極サバティカル」の様子(Airbnbウェブサイトより)

同プログラムのスローガンは「Travel with a Purpose(目的を持った旅)」。気候変動やごみ問題で影響を受ける観光地。その場所で持続可能な取り組みを続ける人々を、旅を通じて支援しようというのが、同プログラムの目的なのだ。

8週間のプログラム。1〜3週間目はバハマ・アンドロス島のサンゴ礁群「アンドロス・バリア・リーフ」で、サンゴ礁の修復作業を手伝うことになる。

海水温の上昇や海の酸化によって、現在世界中の海でサンゴ礁の死滅が進んでいるといわれている。サンゴ礁は、海洋生物の産卵場所になるなど、海の生態系の要であるだけでなく、波を打ち消すなど防波・護岸機能も有しており、自然や経済に大きな恩恵をもたらす存在。

選考においては、このような背景知識を持っているか、強い関心を持っていること、また水泳・潜水能力を有していると、などが有利になりそうだ。


バハマ・エグズーマ地区

4〜6週目はバハマ・エグズーマ地区で地元民とともにエシカル・フィッシングに挑む。

エシカル・フィッシングとは、海洋生態系の保全を意識した漁業行為。バハマ海域では現在、海水魚であるハナミノカサゴ(red lionfish)が同海域の多様性を脅かす存在になっている。

この魚を集中的に釣って、生態系を維持しようというのが同地区におけるエシカル・フィッシングだ。この魚は同時に高級食材としても知られており、地元漁業を盛り上げることになるかもしれないとの期待が高まっている。

最後の7〜8週目は、エルーセラ島にて地元の伝統農業の支援を行うことになる。


バハマ海域の生態系を脅かすハナミノカサゴ

前回の南極サバティカルでは、米ハワイ、アリゾナ、インド、ノルウェー、ドバイから参加者が選ばれた。今回のバハマ・サバティカルでは日本からの参加者が出るのかどうか注目したいところだ。

Airbnbのサバティカル・プログラムが示唆する観光の未来

Airbnbのサバティカルプログラムはそれ自体がおもしろい取り組みであるが、観光産業全体への影響や意味合いを考えさせられる点でも興味深い。

観光というのは、受入国や地域に経済的恩恵をもたらすものであるが、最近は世界各地でオーバーツーリズムや自然・文化破壊など観光公害問題が顕著になっている。

その反動で一部の国や地域では、観光客数至上主義ではなく、地元の生態系や文化を守るという価値観を共有できる人だけを観光客として迎える「価値観共有型」のツーリズムにシフトしつつある。パラオやデンマーク・フェロー諸島などがそのような動きを見せているのだ。

Airbnbのバハマ・サバティカルもこのムーブメントの一部と見ることもできるだろう。

同プログラムを通じて、バハマは持続可能な観光にコミットしているという価値観・メッセージを世界に発信。同じような価値観を共有する人々が関心を懐き、バハマに訪れるようになるという流れが生まれる可能性があるということだ。

近年は旅行先や宿泊先を選ぶ際に環境や地元経済・文化に対するインパクトを考慮する「エシカル・ツーリスト」が増えつつあるといわれている。

そのような観光客は、環境インパクトを小さくできるのであれば、多少のプレミアムを払っても構わないという傾向を持っている。こうした観光客の割合が高まると、顧客単価が高まり、オーバーツーリズムの問題を緩和しつつ、観光収入を高めることが可能になる。

観光産業で大きな影響力を持つようになったAirbnbがサバティカル・プログラムを始めたことは、業界全体が大きく動く前触れなのかもしれない。

観光産業の持続可能性に関する取り組みがどこまで広がるのか、今後の展開にも期待を寄せたい。

文:細谷元(Livit

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