ワーク・ライフ・バランス世界一のオランダ人に学ぶ、「何もしない」時間の過ごし方

忙しい毎日、私たちのスケジュール帳は週末も予定でびっちり埋まっている。休みの日も急に予定が空いたりすると、「何かをしなくちゃ」と思ってしまう人も多いのではないだろうか?

普段の日もちょっとしたすき間時間には、ついスマホをいじってしまう。そうしてしまったが最後、今日やるべき「To Do List(やることリスト)」はどんどん長くなり、クルクルと回し車を走るハムスターのように、私たちは走り続けてしまう……。

そんな生活をスローダウンさせて、「何もしない」時間を味わうオランダ発のリラックス法「Niksen(ニクセン)」が欧米で注目を集めている。


オランダ人の生活には「ニクセン」が溶け込んでいる。(写真:Pinterest)

デンマークの「ヒュッゲ」に続くライフトレンド

「ニクセン」とは、「何もしない」を意味するオランダ語。

もともと普通に動詞として使われている言葉なのだが、最近では、デンマークの「ヒュッゲ」(ほっこり楽しい時間)やスウェーデンの「ラーゴン」(何事もほどほどに)に続く、オランダ発のライフスタイルの名称としても定着しつつある。

昨年、『ニューヨークタイムズ』で紹介されたのを機に、欧米のメディアが次々とこれを取り上げた。日本のメディアでも紹介されており、今年に入って日本語を含む複数の本が刊行されている。

このオランダ発のリラックス法は、文字通り「何もしない」でストレスを解消するというもの。忙しい毎日を送る中で、オランダ人の間でもバーンアウト(燃え尽き症候群)が増えてきたため、その対処療法としてセラピーなどでも使われている。

バーンアウトに対するコーチングを提供する「CSRセンター」のマネージング・ディレクター、カロリーン・ハミングさんによると、まずは予定を調整してスケジュール帳に空白の時間を作ることから始め、その時間にボーッとして自分を義務感や生産性から解放することが大切なのだという。

「経験がないと落ち着かないものですが、毎日数分間から始めて、それを数回繰り返して、1日に10分ぐらいまでゆっくり伸ばすのです」(ハミングさん)。

「何もしない」は何をすればいい?


ボーッとするのは意外と難しい。(写真:Pinterest)

それにしても、「何もしない」とはいったい何をすればいいのだろうか?「さあ、ニクセンしよう」と言われても、実は意外と難しいことに気付かされる。

典型的なニクセンの例は、窓の外をボーッと眺めること。ほかには、ソファに寝転がって音楽を聴いたり、陽だまりの中で日光を浴びながらボーッと座るのもいい。

しかし、ここまでボーッとするのが辛い人は、「何かをしながら」でもニクセンできる。歩いたり、皿洗いをしたり、編み物をしたり……何かに集中することなく、セミオートマチックに作業をしながら、考えを浮遊させることがニクセンになるのだ。

大切なのは、仕事や予定を脇において、ひと時の間、心地よさを感じる中でボーッとすること。

仕事の合間や通勤電車の中で、少しの間でも意識してニクセンしてみると、窓の外がどんな様子だったのか、空の色や雲の形がどうだったか、鳥や植物が近くにあったのか、実は今まであまり見ていなかったことに気付かされる。

そして、そんなものを眺めるだけで、呼吸や心拍数が整うのに驚かされるだろう。

ボーッとすることの効果は、リラックス作用だけではない。「ひらめき」を生んだり、生産性を高めたりする効果もあり、実は何もしていないようで仕事の効率を上げることにもつながるという。一体どんなメカニズムが働いているのだろうか?

ニクセンは免疫力を高める

ボーッとするだけで呼吸や心拍数が整うのは、脳内に「セロトニン」という神経伝達物質が分泌されるためだ。セロトニンは自律神経を整え、心を落ち着かせてポジティブな気持ちにさせる「幸せホルモン」と呼ばれている。

自律神経は交感神経と副交感神経から成り、これが「活動する時」と「休む時」にそれぞれ機能しながらバランスを取っているのだが、忙しい毎日、常に張りつめた状態が続くと、交感神経が優位になりっぱなしになってしまう。

そこで、ときどきセロトニンを分泌させて、副交感神経を高め、自律神経を整えることが大事なのだ。

自立神経を整えるメリットは、多くの医師が説くところ。これは内臓の動きや呼吸など、私たちの無意識の活動を司り、血流にも大きな影響を与える。

血流が良くなれば、体や脳にエネルギーや酸素がよく行きわたるほか、病原菌やウイルスと戦う免疫細胞も運ばれる。このため、疲れた体や脳が活性化されたり、免疫力が高まったりする。つまり、ニクセンしてセロトニンを分泌させれば、元気が出て、病気になりにくくなる効果がある。

ひらめきを生む「デフォルト・モード・ネットワーク」

一方、ニクセンすると、ひらめきが生まれやすくなるという効果もある。最近の脳科学では、ボーッとしている時の脳は、集中している時よりも広範囲にわたって活動していることが分かっている。

この時の脳の活動は「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれており、これが記憶と記憶を結びつけたり、情報を整理したりする役割を担っているのだという。

シャワーを浴びたり、散歩したりしている間に、いいアイデアが浮かんだ経験のある人も多いのではないだろうか?アルキメデスの原理や湯川秀樹博士の「中間子論」などはお風呂の中で生まれた発見として知られている。

もちろん、交感神経を高めて情報をインプットしたり、集中して問題に取り組んだりするのも大切なことのだが、がむしゃらにやるだけでは血流が悪くなり、脳が情報を処理する余地もなくなってしまう。

ときどきニクセンした方が、仕事の効率はアップするのだ。

オランダ人に学べ!

さて、ニクセン発祥の地(?)オランダで、周りのオランダ人を眺めてみると、さすがにニクセンが板についている。天気のいい日には公園の芝生の上でゴロゴロ寝転がり、キャンプでは一日中デッキチェアで日光浴をし、カフェのテラス席ではビール一杯で延々と語り合う……。

オランダ人自身は「忙しすぎてニクセンできていない」と思っている人が多いのだが、実際、彼らの生活にはニクセンが溶け込んでいる。

これはアメリカや他の欧州諸国の人達から見ても新鮮に映るらしく、『ニューヨークタイムズ』でニクセンを紹介したオルガ・メッキングさんも「オランダ人はニクセンが得意」との見方を示している。

オランダ人の有給休暇は、年間平均で25日ほど。これに週末や祭日をくっつけて、年2~3回、2~3週間の休暇を取る人が多い。

この間、仕事のメールに返信する人も中にはいるが、多くの人が「返信は休暇明けになります」という自動返信メールを設定している。

バカンス中は海外などに出かけていっても、移動先ではのんびり過ごすのが基本。あまり予定をいっぱい詰め込まず、ニクセンする余地を持つのがオランダ流だ。

もちろん、オランダ人も働く時は働く。だから、小国でも経済活動は活発で、1人当たりのGDPは2018年時点で約5万3,000ドル(580万円)と、日本の3万9,000ドル(430万円)を大きく上回っている。

新しいテクノロジーを積極的に導入し、さまざまな作業の効率化が進んでいるほか、合理的でオープンな環境が仕事をスピーディに進めるのを可能にしている。

OECDの「ワーク・ライフ・バランス・ランキング」では2019年、オランダは世界首位の座を獲得した。

これは彼らが忙しくもきちんとニクセンするライフスタイルと大いに関係があるのではないだろうか。仕事とオフのメリハリがあり、リラックスした生活も楽しめるオランダには、多くの優秀な外国人も集まってきている。

忙しい日本人には効果絶大

幸福のための社会環境を研究しているエラスムス大学のルート・フェーンホーフェン教授によると、ニクセンは忙しい人ほど効果を表すのだとか。同教授の研究では「幸福」と「活動」は正比例の関係にあることが明らかになっており、ヒマな人よりも忙しい人の方が幸福感が大きい。

しかし、全く休まずに活動だけをしていると、疲れやストレスが溜まってしまうので、ニクセンで効果的に休むことが幸せのカギとなるのだという。

「幸福」と「活動」の関連性については、国家レベルでも表れており、概して生活テンポの速い国で国民の幸福度が高いという結果が出ている。1位はデンマークで、1~10のスケールで8.5。オランダは7.6と、対象81カ国中12位に位置している。

一方、日本はかなり生活テンポが速いにもかかわらず、国民の平均的な幸福度は53位。点数は6.1と、先進諸国ではかなり低い水準となっている。これについてフェーンホーフェン教授は、「集団的文化と関りが強い」と指摘。

自分の人生が両親や周りの人によって決められている側面が強いのだという。結婚や就職など人生の大事な決断のみならず、休暇を取るというような小さなことでも、周りの目を気にしすぎてしまう人が多いことを考えると、納得の結果ではないだろうか。

ニクセンするには、ある程度周りの目を気にせずに、自分で自分の時間をコントロールする必要がある。「今日の仕事はここまで」と決めて早く帰宅したり、子供と過ごす時間を優先して育児休暇を取ったり、夕食後はメールに即答しないでボーッとしたり……。

忙しい日本人が効果的にニクセンできるようになれば、その効果は絶大に違いない。

【書籍紹介】『週末は、Niksen(ニクセン)。』(大和出版)を上梓しました。ニクセンとは何か、ニクセンの効果などを説明した上で、日本人の生活にどうすればニクセンを取り入れられるかを、オランダ人のニクセン実例を挙げながら提案しています。読むだけで副交感神経が高まり、リラックスできる本となっております。

文:山本直子
編集:岡徳之(Livit

 

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