ポッドキャストを超え盛り上がる「音」にまつわる取り組み
年平均60%以上の成長率で拡大するポッドキャスト市場。この動きをより高い視点で俯瞰してみると、音声や音楽など「音」に関わる市場や取り組みの盛り上がりの一端であることが見えてくる。
たとえばデロイトの調査によると、米国におけるヘッドホンの売上高は2018年に前年比27%増の200億ドルに達し、またオーディオブック市場も年20〜25%で拡大を続けている。
こうした中、海外ではブランディングにも音を活用しようという取り組みが増えており、音にまつわる活動は一層の広がりを見せようとしている。
音を活用したブランディングは「ソニック・ブランディング」と呼ばれ、BMWやCoachなど大手企業がこぞって導入する今話題のブランディング手法として注目を集めているのだ。
音によってブランドやそのイメージを想起させるこの手法。WindowsやPlayStationの立ち上げ時の音、またインテルの「インテル入ってる」のサウンドロゴなどを思い浮かべると、その効果を実感できるのではないだろうか。
最新のソニック・ブランディングではどのようなことが行われているのか、その詳細を見ていきたい。
BMWは電気自動車に独自サウンド、起用したのは映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」の映画音楽作曲家
ソニック・ブランディングで注目すべき取り組みの1つとして挙げられるのがドイツ自動車大手BMWによるものだろう。
同社が2019年6月末に発表した「BMW Vision M Next」。未来の電動スポーツカーの姿を示すコンセプトカーだ。スポーツカーの魅力といえば、未来的な流線型のボディ。一方、エンジン音もスポーツカーにアイデンティティとユニークネスを与える重要な要素となる。
「BMW Vision M Next」
しかし、電気自動車にはそのアイデンティティを形成するエンジン音がなく、従来の自動車に比べ個性の主張は弱くなりがちだ。
BMWは、このギャップを埋めるため同モデルに独自サウンドを付加することに。その独自サウンドの制作で起用されたのが数々の映画音楽を手掛け、グラミー賞も複数回受賞したことのある著名映画音楽作曲家のハンス・ジマー氏。
ハンス・ジマー氏
1995年のディズニー映画「ライオンキング」、2003年の「ラストサムライ」、2006年〜の「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ、2009年の「ダークナイト・ライジング」、最近では2014年の「インターステラー」や「アメージング・スパイダーマン2」など数々の映画音楽を制作。
また、以前お伝えしたBBCの「Blue Planet Ⅱ」や「Planet Earth Ⅱ」など自然ドキュメンタリー番組の音楽も手掛けている。
このジマー氏とBMWリサーチ・イノベーションセンターのサウンドデザイナー、レンツォ・ヴィターレ氏がタッグを組みVision M Nextにアイデンティティを与えるサウンドを作り出したのだ。
BMWはこのサウンドをドライビング・エクスペリエンスに「感情性(emotionality)」を与えるものと説明している。
「BMW Vision M Next」のサウンド(YouTube BMWチャンネルより)
こうした取り組みから、BMWがいかに「サウンド」にこだわりを持っているのかが見えてくるのではないだろうか。
欧州では事故防止のため2021年7月から電気自動車には歩行者に接近を知らせるためのサウンドシステムの搭載が義務付けられる。BMWだけでなく、他社でも「音の開発」が進むことになるはずだ。
金融大手HSBC、フランスの国民的ミュージシャン起用し、サウンド・アイデンティティを構築
自動車メーカー以外でもソニック・ブランディングは進行中だ。
金融大手HSBCは2019年1月にサウンド・アイデンティティとなる曲「Together We Thrive」を発表。フランスのミュージシャンであるジャン・ミッシェル・ジャール氏が作曲を手掛けた。
ジャン・ミッシェル・ジャール氏
現在71歳のジャール氏。感情を揺さぶるメロディックかつアンビエントな電子サウンドで多くの人々を魅了する国民的かつ世界的なミュージシャンだ。
1979年にパリ・コンコルド広場で行ったコンサートでは100万人が集まり当時のギネス記録に認定された。また1986年米ヒューストンで行ったコンサートでは150万人が集まり、その記録塗り替えた。
さらに1990年パリ西武郊外のラ・デファンスで行ったコンサートでは250万人を動員し、三度目のギネス記録更新となった。
今回HSBCのために作曲した曲もメロディックかつエピックな要素が散りばめられており、感情を刺激する作品に仕上がっている。曲のテーマは、環境、教育、テクノロジー。HSBCは、この曲を同社が事業展開する66市場を対象にしたグローバルブランディングで活用する方針という。
HSBCのサウンド・アイデンティティ「Together We Thrive」(YouTube HSBCチャンネルより)
グローバルブランディングというと、空港での巨大看板や雑誌などを使い、視覚に訴える手法が一般的だが、その場合は言語や文化ごとにローカライズする必要がある。一方、音楽は言語や文化の壁を超えたブランディング構築が可能となるなるため期待も大きいようだ。
HSBCグローバル・ブランディング部門責任者アンドレア・ニューマン氏はプレスリリースにて、同社のブランド構築において「音」の役割は非常に重要になっていると明言していることから、今後も音に関する何らかの取り組みが実施されるのかもしれない。
金融分野ではマスターカードも「サウンド・ロゴ」を発表。同社カードによるトランザクション時に流れるジングル・サウンドだ。このサウンド制作には、世界各地のミュージシャン、アーティスト、エージェンシーなどさまざまなプレーヤーが携わったとのこと。
この中にはリンキン・パークのボーカル、マイク・シノダ氏も含まれているという。
今後ソニック・ブランディングの取り組みがさらに広がれば、企業ごとにサウンド・アイデンティティを持つ時代がやってくるのかもしれない。企業ごとのサウンドを想像してみるのもおもしろいのではないだろうか。
[文] 細谷元(Livit)