2015年4月の創業から14ヶ月後に東京のオフィスを解約し、全員がフルリモートの勤務体制となったノアドット社。同社は、法人・個人のメディア向けに無料のコンテンツ共有プラットフォームを提供している。
メンバーはニューヨーク、クアラルンプール、東京、静岡、岐阜など国内外各地に散らばっており、現在までに3年以上も同様のスタイルで経営を続けているという。
一部の社員のみ、あるいは一部の勤務日数のみでフルリモート勤務を容認する企業は増えているものの、社員全員がフルリモートでオフィスを持たない経営スタイルは希少だろう。
同社はどのようなルールで、どのような努力をして、フルリモート経営での事業成長を実現しているのだろうか。
今回は、静岡県在住のCEO・中瀨 竜太郎氏、千葉県在住のエンジニア・吉村 直行氏、クアラルンプール在住のオペレーション担当・高橋 理恵氏の3名、そしてデンマーク在住の筆者でビデオ通話をつなぎ、「世界のどこにいても成果を出せるマネジメント」について伺った。
独自のコンテンツ共有プラットフォームを提供するノアドット社
——フルリモート勤務の働き方をより深く知るために、まずは御社の事業内容を教えていただけますか?
中瀨:弊社は、無料のコンテンツ共有プラットフォーム「ノアドット」を運営しています。これは、コンテンツを作成する「コンテンツホルダー」と作られたコンテンツをWEB上で流通させる「キュレーター」を別々の役割として機能させ、それぞれに発生した収益を分配するものです。
コンテンツホルダーが作成したコンテンツをキュレーターが自由に取得して配信でき、コンテンツの閲覧機会を増大させます。そこから得られた広告収益を「コンテンツホルダー:61.8%」「キュレーター:38.2%」という黄金分割比率にて分配しています。
❶コンテンツホルダーがコンテンツを作成してノアドットに保管
❷キュレーターはノアドットからコンテンツを探し、見出しを取得
❸キュレーターがその見出しを自分のサイトやSNSなどで配信
❹読者が見出しをクリックすると、ノアドットがコンテンツ全文を配信
❺コンテンツ閲覧による広告収益をコンテンツホルダーとキュレーターで分配
現在までに、「NewsPicks」様や「mobageニュース」様、「千葉テレビ」様など多くのメディアで導入いただいており、2019年秋には、書籍『2050年のメディア』(文藝春秋)で大手新聞社やIT事業者に並んで大きく取り上げられるなど、事業の独自性にご注目いただいています。
——現在の社員数と組織構成を教えてください。
中瀨:現在は雇用契約メンバーが10名おり、プロダクトサイドが5名、ビジネスサイドが4名。加えて、フルタイム相当の業務委託契約が各サイドに1名という組織構成です。
——御社では、創業当時から「出社義務のない就業規則」を取り入れていたそうですが、その意図を伺えますか?
中瀨:私は以前ヤフーに務めていたんですが、当時、社員の通勤時のストレスが極めて大きいことを個人的に大きな問題だと認識していました。
満員電車にエレベーター待ちの大行列。エレベーター内が寿司詰めになるなど、出勤するだけで多くの社員が体力や気力を消耗してしまっていた。このことからパフォーマンスを最大限に発揮するためには、通勤時のストレスを軽減する必要があると強く感じていました。
ノアドット社は、株式会社共同通信デジタルとヤフー株式会社(現Zホールディングス株式会社)の2社の出資で立ち上げさせていただいたのですが、経営の執行は私にお任せいただけたため、念願だった「出社義務のない就業規則」を創業時に作りました。
当時は共同通信社のビル内にオフィスとして1室を借りていたのですが、ほとんど誰も利用しなかったので、14ヶ月後には解約して全員がフルリモート勤務になりました。
自由に振り切った経営スタイルの「コアルール」とは
オンラインビデオツールにて実施した取材の風景(写真上:吉村氏、写真左下:中瀨氏、写真左右:高橋氏)
——御社の働き方についてはGitHub上に公開されていますが、ルールはどのような軸で定めているのでしょうか?
中瀨:なるべく自由にすることですね。法律的にやらなければいけない勤怠申請・休日のペース・1ヶ月の総労働時間の取り決め以外は、あえてカッチリと定めていません。
具体的には、5時〜22時までを勤務可能時間にすること、週に1日以上は休むこと、1ヶ月にトータル152時間働くことを決めていますが、この範囲内であれば好きなときに働いて好きなときに休んでOKです。
土日祝日・お盆・年末年始など一般的な休日の定めはなく、個々の判断で休日を取得してもらっています。
年次有給休暇と特別有給休暇はありますが、一日の所定労働時間がないため、そもそも取得の必要性が低いかもしれません。メンバーは、病気や所用程度ではこれらをあまり使わず、他の日の勤務時間で分散吸収してしまうことも多いです。
——なるほど、フリーランスやギルド型組織の働き方に近いイメージですね。出退勤の管理はどうされていますか?
中瀨:現状は、無料で利用できるクラウド勤怠管理システム「IEYASU」を使っていて、メンバーには出勤・休憩・退勤のタイミングで打刻してもらっています。
月末に私がそのデータを見て承認するのですが、基本的にメンバーを信頼する以外に勤務の実態を確認する術はありません。「Slack」のステータスがオンになっているのを目にして働いてることがわかるぐらいです。
——となると、サボることもできてしまいますよね。
中瀨:おっしゃる通りです。ただ、管理しなければサボる、管理しなくても働く。これは両方事実です。私としては、各々が任務をまっとうして全体として日々機能しているとチーム自体が感じられるなら、好きに生きればいいと思っています。
ルールにしばられるのではなく、それぞれがチームの有機性や業務の流動性を判断して、良い意味で自分中心に動ける組織を目指しています。「他人に迷惑をかける」という暗い概念が大嫌いなんです。人間なんて存在自体が地球に迷惑みたいなものなので、もっと明るく前向きに考えてほしいです。
——「ベースの信頼」があってこそ、フルリモート勤務が実現するということですね。では、プロジェクト管理やコミュニケーションはどうされていますか?
吉村:基本的なタスク管理はプロジェクト管理ツールの「Trello」、流れても良いコミュニケーションなどフロー系は「Slack」、ストックしなければいけない資料類はチームコラボレーション用ソフトフェアの「Confluence」を活用しています。
「Slack」が落ちたとき用のバックアップとして「Hangouts Chat」も併用します。
ビデオ会議は「Slack」のビデオ通話をメインに、環境や目的に応じて「Hangouts Meet」を併用しています。「Slack」は画面共有しながらフリーハンドで画面上に書き込みができるのが最大のメリットです。
WEB上で公開されているノアドット社の「Trello」のボード
——御社のルールの中に「ビデオ会議は事前連絡なしで、いきなりコールしてOK」とありましたが、お互いのスケジュールはある程度、把握されているのでしょうか?
吉村:「Slack」はログインしていると、名前の横に「ログイン中」の通知が出るので、相手がオンライン上にいるかどうかが把握できますし、相手が滞在している国の現地時間も表示されます。
加えて、開発サイドはお互いのスケジュールをカレンダーで共有しています。そうじゃないと、リリースしようと思ったタイミングで誰かが飛行機に乗っている、なんてこともあるので(笑)。
高橋:ビジネスサイドも大まかな予定は共有しつつ、日々の動きは「Slack」で十分把握できているので不便はありません。
コンテンツ共有プラットフォームの運営という事業形態上、24時間365日サービスが稼働していて緊急対応をしなければいけない場面もありますが、担当者がすぐに動けなくても、誰かがサブとして対応できる体制を強化しようと務めています。
フルリモート勤務で生まれる弊害への対策
——フルリモート勤務の弊害として「信頼関係の構築が難しく、コミュニケーションコストが増える」点がよく聞かれますが、御社の場合はいかがでしょうか?
高橋:私の場合で言うと、入社当時からクアラルンプールに住んでいたわけではなくて、最初は東京でときどきメンバーと顔を合わせながら働いていました。
その期間にお互いの仕事内容やマインドをすり合わせて、「もう離れても問題ないかな」と自信がついたタイミングでクアラルンプールに移住しました。
うまく連携が取れずに対応が漏れてしまうなど、いくつかコミュニケーション上の問題が起きたのですが、メンバーと再発防止策を話し合い、解決を繰り返す過程でお互いの信頼関係が育まれていったように思います。
それに、リモートに慣れてくると口頭よりチャットのやり取りのほうが、むしろ効率的なんですよ。個人間の会話を他のメンバーにもすぐに共有できるし、ニュアンスまでしっかり伝わります。常に会話の議事録を取っている感じなので、過去のやり取りも検索で引っ張り出せますし。
吉村:本音を言えば、やはり離れているより隣にいて一緒に作業をしたほうがスムーズだと思います。でも、僕らは他のメリットを得るためにあえてフルリモートを選び、いかに一緒にいるような環境に近づけるかという努力をしています。
開発メンバーでの合宿風景
吉村:開発チームは最初の数週間に合宿のようなスタイルで顔を突き合わせて働き、お互いの人間性を理解するように努めました。
この期間を経たことで、コミュニケーションによる問題はほぼなくなりましたね。テキストのやり取りだと冷たい印象になりがちですが、お互いの人間性を知っていれば相手のニュアンスも汲み取れるようになるものですよ。
また、それぞれ働く時間が異なるために、すぐに返事がこない場合もありますが、それを念頭に置いて仕事をしています。
例えば、「少しでも返事を早めるために複数の解決策を提示しておく」「返事がすぐにこない場合は即座に別の作業に移る」など。こうすれば待ち時間を極力減らすことができます。とはいえ、最終的に大事になるのは「信頼」と「愛情」だと思います。
——その他にフルリモートの弊害といえば、セキュリティ面でしょうか?
吉村:セキュリティ対策として、基本的にフリーWi-Fiは使用せず自分の専用Wi-Fiを利用します。カフェ等で作業する必要が出てきた場合は、VPNに接続して情報を暗号化することでセキュリティ対策としています。
ただ、VPNに接続するとSlackがうまく見られなくなるなど、通信に関してははまだ課題がありますね。
あとは、コーヒー代がかなり増えました。拠点がないので、ちょっとパソコンを開いて作業をしたいタイミングでカフェに入ることが度々あり、コーヒー代はバカにならないですね。
現状は通信費として月3,000円の補助が支給されていますが、快適な作業環境を確保するには、どうしてもそれ以上の出費が出てしまいます。
中瀨:リモートワーク補助費に関しては以前から議論はあるのですが、現状は全員に満足してもらえるほどの額を支払えていません。各々の環境によって電気代や通信費が異なるので難しいところですが、将来的には環境確保に十分な額を支払えればと思っています。
フルリモートの実現でメンバーの人生はどう変わった?
高橋さんが度々訪れるクアラルンプールのキッズカフェ
——フルリモート勤務を実現したことで、みなさんにどのようなメリットが生まれたのでしょうか?
高橋:本来、出勤するための時間をすべて仕事に当てられるため、とても効率の良い働き方ができるのが最大のメリットです。
私は小学生と3歳の2人の子供がいるんですが、フルリモート勤務によって、子育てにもより多くの時間を使えるようになりました。子供のお迎えもできるし、放課後に子供を遊ばせながらその横で作業をすることもできます。
「海外に住んでみたい」という夢も叶えられたし、自分がやるべきことをやっていれば、何のうしろめたさもなく平日にマッサージにも行けます。
「どこにも出勤せずにオフィスワークをする」勤務スタイルはまだ珍しいですし、周囲には「あの人、何の仕事をしているんだろう」と不思議に思われているかもしれませんが(笑)、私にとっても子供たちにとっても、ベストな環境だと思います。
吉村:私も自分の時間をコントロールしやすくなりました。私にも小学生の子供がいるのですが、朝学校に送り出した1分後には仕事を開始できます。精神衛生上すぐれた働き方で、もし「フルタイム勤務で子供と一緒にいる時間の長さを競う大会」があったら、全国大会に出られると思います(笑)。
私の妻は韓国人なんですが、昨年の夏休みには子供を連れて3週間、韓国に滞在しました。これほどの長期旅行が叶えられるのはフルリモート勤務だからこそ。もう固定のオフィスに出勤する生活には戻れないですね。
吉村さんがベトナムの長期出張中に訪れたダナンのビーチ
——企業全体としては、どのようなメリットが得られていますか?
中瀨:事業を通じて業界を良くしたいのはもちろんのこと、「会社の在り方を通じて社会全体も変えたい」との思いが私にはあります。
日本には「会社に迷惑がかかる」という気遣いや遠慮が強い方が多く、それは悪いことではないのですが、「もっと自由に考えていいんだ」と気づいてほしいと思っています。
弊社がこのような働き方を採用していることで、今回のような取材を通して、そうした気づきの機会が広がることは私にとって大きなメリットです。
弊社の働き方を通して、「新しいスタイルにトライしてみよう」と、生き方の可能性を広げていく個人、法人が増えたら良いなと。会社にとっては、メンバーがどんどん主体的な働き方に変化し、チームの自律性が高まっているのがメリットだと感じています。
——今後、日本人がより自由な働き方を実現していくためには、どんな変化が必要だと思われますか?
中瀨:まずは私たちのような先駆者が、「お互いを信頼して自由に働いてもうまくいく」ということを事業の成功によって証明する必要があると思います。
いずれは世の中から「曜日」という概念をなくしたいんですよね。日本は国が決めた祝日が多いけれど、そのせいか主体的な有給休暇が取りづらくなり、休日はどこも異様に混んでいて出かけるだけで疲れてしまう。
だから曜日をなくし、企業、学校、役所、店舗の毎日が日曜日でもあり月曜日でもある世界にしていけたらと思っています。
加えて、フルリモート勤務前提の法律や金銭的な補助の在り方が確立されること、オンラインビデオ会議ツールの環境の向上も不可欠です。現状のツールは基本的に相手の顔を真正面から見てしゃべりますが、これって実は不自然なシチュエーションですよね。
VRやARなどの技術を使って、遠隔ながらも同じ部屋で隣にいるような空間共有が実現できたら、フルリモート勤務は劇的に普及するのではないでしょうか。
——これから「フルリモート勤務を取り入れたい」と考えている企業に向けて、アドバイスをいただけますか?
吉村:一部の人にフルリモート勤務を許可するのではなく、全員で一緒に始めるのがおすすめです。一部の人だけがその場にいない状況では、会社にいるメンバーにフラストレーションが溜まってしまうので。
また、他社のやり方を丸パクリするのではなく、「自社の環境」「メンバーの性格」「事業内容」を掛け算したうえで、独自のルールを決めると良いと思います。そうすれば、やりながらどんどんスムーズになってくるはずです。
高橋:日々の業務の中でうまくいかないことがあっても、あきらめないことが大事です。使用するツールや進め方も探究心を持って、より良い方法を自分で探してみる。自分が楽しく、より効率的に働くための投資だと思って、「Never give up」のマインドで取り組んでみてください。
取材協力:ノアドット株式会社
取材・執筆:小林 香織