スマートスピーカーの登場以後、広く浸透した「音声ユーザーインターフェース(Voice User Interface:VUI)。
ガートナージャパン株式会社の調査によれば、スマートスピーカー市場を牽引するアメリカにおいては「2020年までに全検索行為の30%がディスプレイのない状態で行われる」という予測もあるなど、“音声”はいま、IT業界において、注目すべきワードのひとつとなっている。
こうした流れのなか、従来のトランシーバーの概念をアップデートすることで、“新たな体験価値”を創出したのがコミュニケーションデバイス「BONX」だ。
同デバイスを開発した株式会社BONX CEO 宮坂 貴大氏(以下、敬称略)はなぜ、“音声”に着目したのか。
その経緯、今後の展望とともに、セールス面でのサポートを受けているという、同社ビジネスユニットの藪 真理奈氏にマイクロソフトとの関係についても伺った。
GoProの誕生ストーリーに見つけたヒント
――スマートフォンと連携する次世代トランシーバー「BONX」。その誕生の経緯を教えてください。
宮坂 私は大学時代、スノーボード中心の生活を送っていました。そのなかで、「スノーボードの最中に友人と会話ができたら、体験価値はさらに向上する」ことに気づいたんです。そのアイデアを具現化し、誕生したのがコミュニケーションデバイス「BONX」。
起業する前は、コンサルティング会社に勤務していたのですが、それ以前は学者になりたいと考えていた時期もありました。しかし学者では、世の中に与えるインパクトは限られてしまうと感じ、ならば「ビジネスで世界を変える」ことにチャレンジしてみたいと思うようになりました。
しかし、ビジネスを始めるにはアイデアが必要です。そこでまずは、事業の核となる“アイデア”を探しながら、同時にビジネスのことを勉強するために、コンサルティング会社で働くことにしました。
そんなある日、オフィスでビジネス関係の記事を読んでいると、そこに「GoPro」のストーリーが掲載されていたんです。
創業者のニック・ウッドマンは、趣味のサーフィンで手軽に写真を撮影できるカメラを探していた。でも、当時はそういったものがなかった。そこで自ら作るという決断をするわけです。
「ないなら作ってしまえばいい」、その姿勢に強い共感を覚えました。さらに現在では、サーファーのために生まれたはずのGoProがさまざまなシーンで利用され、市場を世界にまで拡大している点にも、学びがあると感じました。
彼はサーフィンという自分の好きな世界を軸に新たなプロダクトを生み出しました。ならば自分は、スノーボードという自分の好きな世界を軸に、「新しいプロダクトを生み出そう」と考えるようになりました。
――宮坂さん自身がスノーボーダーであることから生まれたBONXは、当事者発信のプロダクトであることも、高い評価を得ている理由のひとつとなっています。実際、具体的なアイデアは、どのようなタイミングで見つかったのでしょうか。
宮坂 GoProのストーリーに出会ったあと、具体的なアイデアを考えようと、友人とともに長野県・白馬に向かいました。
そこで道に迷っている外国人スキーヤーがいたので、声を掛けたところ、偶然、彼がGoProの社員だったんです。これは運命だと思いました(笑)。そしてその直感は当たることになります。
その後、彼も含めて一緒に滑っているなかで、友人がはぐれてしまったんです。何かあったのではと心配になり、携帯に電話をしたのですが、連絡がつかない。どうしたものかと思っていたら、滑り降りた場所にある休憩所で彼を無事に見つけることができました。
その時、「スノーボード中に会話ができるデバイスがあったら」と思い、実現すれば“体験価値を向上できる”と確信しました。
デバイスはスマートフォンと連携すればいいでしょうし、すぐに開発できると思っていました。しかし、ハードウェアとソフトウェアを融合させてプロダクトを開発するのは甘くなかったですね。結局3年ほどかかってしまいました。
BONXが生み出す、空気感まで共有できる“新しい体験”
――2014年11月に株式会社BONXを立ち上げ、2015年には、スタートアップの祭典「TechCrunch Tokyo」に出場。同年にクラウドファンディングで資金を集め、2016年の年明けには製品化したということは、“1年強”で製品化を実現したということではないんでしょうか。
宮坂 クラウドファンディングで支援を募った第1弾モデルは、100万円の目標に対して、2,500万円を集めるという結果を残せました。
ニーズがあることは確認できたのですが、私たちが生み出した第1弾モデルは、製品としてのクオリティが一般販売のレベルに至っていませんでした。音質、操作性、動作の安定性など、あらゆる点で課題があり、お客様から厳しい声をいただくこともありました。
その後、素材選びや硬度など、何度も修正を加えながら「使いやすい形」を追求し、ようやく2017年の秋、本格的に製品を販売できる状態になりました。苦労のかいもあって、第2弾モデルはユーザーの反応もよく、1万台くらいがすぐに売れました。
お礼の手紙を送ってくださる方もいて、BONXを作って本当によかったと実感しました。だから私の中では「3年かかった」と考えているんです。
ユーザーの声の中には「新しい体験ができた」、「スポーツの新しい楽しみ方を知った」など、喜びの声が多く、使ってもらうと感動を実感できるプロダクトを生み出せたことを、今も心からうれしく思っています。
――試行錯誤の末に辿り着いた「BONX」が生み出した“新しい体験”とは、どのようなものでしょうか。
宮坂 BONXは現在、用途に応じて4種類のプロダクト(エクストリーム向けの『BONX Grip』とカジュアルユース向けの『BONX mini』という2種類のイヤフォン、法人向けSaaSの『BONX for BUSINESS』、そしてBONXシステムを外部システムに接続して独自音声ソリューションが開発できる『bonx.io』)を用意しています。
BtoC領域ですと、BONXを利用することで、“空気感まで共有できる”ことが最大の魅力となっています。
たとえばスノーボードをしながら友人同士で使えば、同じ時間を、空間を超えてまるで隣にいるかのように共有できる。トランシーバーという感覚ではなく、“つながり”を実感させてくれるプロダクトとして機能しています。
これは体験してみないとわかりづらい部分もあるのですが、「BONXは、遊びを楽しくするデバイス」だといえるでしょう。
BtoB領域においては、「現場のコミュニケーションの質を上げたい」「音声で現場の働き方を進化させたい」といったニーズに対して、私たちの価値が出せると考えています。特に店舗や工事現場など、現場でのやりとりが多い職場においては、BONXの力を存分に発揮することができます。
近年デスクワーカーのビジネス環境では、Slackなどの便利なコミュニケーションツールが増え、自由な働き方の選択肢が増えてきました。
ですが一方で、デスクワーカー以外のビジネススタイルはあまり変わっていません。必要最低限のコミュニケーションで現場をまわしているところもまだ多いです。
私はより多くの職場でコミュニケーションの総量が増えていくべきだと思いますし、同時にそれが労働生産性や働く楽しさを高めることにも繋がると思います。そしてBONXを使い、生まれた”声のつながり”は、そこにいる人たちの働き方やビジネス自体も変えていく可能性があると考えています。
――音声解析で知られるEmpath社との業務提携にも、「ビジネスを変革させる」という狙いがあるのでしょうか。
宮坂 はい。チャットであれば、テキストデータが残るので検索が可能ですが、音声でのやりとりですと、現状はそういうわけにはいきません。しかしBONX経由の会話であればデータとして残ります。
そのデータをEmpath社の音声感情解析AIによって解析することで、個人のストレスレベルのチェックなどが実現できるようになれば、「新たなビジネス」が生まれる可能性もあると考えています。
また、“ビジネスを変革させる”という観点ですと、たとえば、朝礼をなくして、BONX経由で伝達することで朝礼の時間を節約できます。接客業なら、働きながら新商品の情報やセール情報が流れてくることで、リアルタイムに接客の仕方をアップデートできたり、さらにはお客様には見えないところから指示を出し、社員教育に利用することもできます。
フィジカルな現場にインターネット経由で音声を持ち込む言わば「音声AR」をフル活用することで、ビジネスの効率化やサービス品質の改善が実現できると考えています。
ゆくゆくは音声活用を起点にした、経営コンサルティグにまで、業務領域を広げていくことも視野に入れています。
ノウハウを共有し、成長を実感できるマイクロソフトのスタートアップ支援プログラム
――今年の8月、御社は、マイクロソフト社のスタートアップ支援「Microsoft for Startups」に採択されました。現在、具体的にどのような形で連携しているのでしょうか。
藪 「Microsoft for Startups」は、マイクロソフト社が選んだ「面白いスタートアップを支援する」というものです。
お声がけいただいたタイミングは、弊社としても事業拡大を検討しているときでしたので、ネームバリューのある企業と連携できること、さらに同プログラムに参画している他社とも関われることは大きな魅力だと感じました。
現在のサポート内容としては、マイクロソフト社の方からインダストリー部門の営業の方や、金融系の生保や損保の営業の方などをご紹介いただいています。
加えてセールス面でも、「プロダクトと、アプリをインストールしたiPadをセットにして販売した方が、導入の際のハードルが下がる」など、具体的なアドバイスをいただくこともあります。
そうやって、マイクロソフト社の持つ経験やノウハウをさまざまな形で共有していただきながら、弊社としても成長している実感があります。
また決して上からではなく、とてもフランクで、かつ親身に接してくださるので、相談もしやすいです。まだ関係は始まったばかりですが、今後、シナジーを生めるような関係性になっていけたらいいなと思っています。
――最後に。BONXが実現したい今後の世界について教えてください。
宮坂 BONXは、世界で最も多目的な音声コミュニケーションプラットフォームを目指しています。コーポレートビジョンとして掲げているのは、「世界を遊び場にする」です。
BONXはタフなコンディションでも使えるオープンプラットフォームとして、今後さらに機能を増やし、多目的に利用できるソリューションとして進化していく予定です。
たとえば、音声をテキストデータとして残したいときには、グループメンバー同士が会話できるトークルームに、専用のボットを加えるなどで対応できたらと考えています。
機能面の拡張においても、マイクロソフト社のノウハウをぜひお借りし、相談しながら進めていきたいと思っています。そして、その実現は、そう遠くないと考えています。
いま、ヒアラブル業界は非常に勢いがあります。「AirPods」のヒットも手伝って、最近では手で持たずに、ハンズフリーで電話するユーザーを多く見かけるようになり、常識が変わってきているのを感じています。その潮流に乗って、利用拡大を狙いたいと思っています。
BONXは仕事でも遊びでも使えるデバイスです。
BONXでビジネスを効率化して、本気であそぶ。そんなお客様が豊かな日々を過ごすお手伝いができたらうれしいですね。
※この記事は日本マイクロソフトからの寄稿記事です