ソーシャルメディアがこの10年で変えた、私たちが旅をすることの意味

2020年がスタートした。新しい年であると同時に、新たな10年間という区切りが始まる年でもある。過去10年間で変化が見られた分野の1つが「旅行」だ。

ウェブ上でトラベルアドバイスを行う、「トラベル・アイル」では、「Googleトレンド」を用い、10年間にGoogleで検索された単語から旅行の変化を分析した。ほかの分野同様、旅行関連分野のトレンドも、テクノロジーやソーシャルメディアが中心となって牽引しているそうだ。

ウェブ、トラベル・ブロガー、インフルエンサー

昨年9月、欧州の老舗旅行代理店、トーマス・クックの破産は旅行好きにとっては驚きのニュースだった。「トラベル・アイル」によれば、この10年の間で人々の旅行代理店離れが目立つようになったそうだ。

オンラインで直接、交通手段や宿泊先の予約をするのが一般的になってきたためと考えられる。代理店を通さずとも、お得な航空券を航空会社のウェブ上で見つけることが可能になった。リーズナブルで、住人感覚を楽しめるのが人気のAirbnbの予約は、ウェブでしか受け付けていない。

今では一般的になっているブログだが、その始まりは10年ほど前にさかのぼる。以後、「トラベル・ブロガー」の経験を参考にして旅をする人が増えたそう。

最近では、旅のコンテンツの掲載先はブログからインスタグラムやvlogに移り、「トラベル・インフルエンサー」という肩書も頻繁に聞かれるようになった。

一般人へのあまりの影響の大きさに、各国の政府観光局などが目をつけ、コラボの上、インフルエンサーを通して旅行者が興味を持ちそうな情報を流し、集客に努める例も見られるようになった。

その一方で、ブロガーやインフルエンサーより、自分の家族や友人などがインスタグラムなどのソーシャルメディアに投稿した写真やコメントに興味を持つという人も多い。

電子書籍『インフルエンシング・トラベル』.によると、昨年の調査では86%に上ったそうだ。旅先の決定を含め、旅行の計画を立てる際に影響を受けるのは、周囲の人によるコンテンツだという人は、2017年には42%だったが、昨年には60%とアップしている。


ジャマラ・ワイルドライフ・ロッジでは、自室の窓からこんな風景が。これを投稿しないのは難しいだろう
© Jamala Wildlife Lodge

ソーシャルメディアを通せば、旅は「社交の場」?

インスタグラムなどのソーシャルメディアが暮らしに浸透するにつれ、私たちにとっての旅の意味合いも変化してきている。従来、旅は「単独で行う冒険や挑戦」という色合いが濃かったが、今では「ほかの人との交流の機会」へと様変わりを見せている。

それを明らかにしたのが、オーストラリアのキャンベラ大学による実験調査だ。国立動物園・水族館に隣接するラグジュアリー・アコモデーション、ジャマラ・ワイルドライフ・ロッジで、同大学の商学・政治学・法学部の教授3人が行った。

参加者12人をまず2つに分け、Aグループは写真写すのは構わないが、ソーシャルメディアへの投稿を禁止される一方、Bグループは撮影した写真の投稿を許可された。

この調査で、参加者たちは写した写真をほぼリアルタイムで他者と共有することを念頭に置いた行動を優先的にとっていたことが明らかになった。

旅行者が訪問先とどのように関わり合うか、つまり、いつ何をどのようには楽しむかは、ソーシャルメディアが左右していることになる。経験したことを、自宅の家族や学校の友人にいち早く伝えなくてはという切迫感のあまり、プレッシャーを感じている人もいた。

Aグループの参加者は、ソーシャルメディアへの投稿ができないことで、ロッジでの楽しみまでもが損なわれたように感じている。

「リアルタイムで私が何をしているか、ほかの人に見てもらいたいのに、それができないことは、自分の経験にとってマイナスだ」とコメントしている。

そして「リアルタイムで投稿できず、ほかの人に見てもらえなかったら、私の経験は私しか知らないことになる」と言う。どんなに素晴らしい体験をしていても、その写真を投稿できなかったら、何も起こっていないのと同じとまで考えているのだ。

写真は経験を伝えるためのツールに

キャンベラ大学の調査でわかったことはもう1つある。それはソーシャルメディアのおかげで、旅先で写した写真が持つ役割と目的も変わってきているということだ。

以前は、旅行から戻ってから、アルバムやスライドショーで写真を見せ、自分が見聞きしたことを家族や友人らと分かち合った。またしばらく経ってから写真を見れば、その時の思い出が蘇ったものだった。

しかしソーシャルメディアが盛んな昨今、投稿された写真のは、自分が訪れている旅行先での経験をリアルタイムで家族や友人などに伝えるための役割に変化してきている。

日常的にソーシャルメディアへの投稿を行う、同調査の参加者は、ソーシャルメディアを見る側は、投稿者に旅先で旅行者らしい行動をとることを期待していると言う。

そして投稿するための経験と、実際の経験とは相反するところがあるそうだ。それでも、「ソーシャルメディアに投稿するため」の旅を止める気配はない。


© Davide Restivo (CC BY-SA 2.0)

インスタグラム投稿の一番人気は、エッフェル塔

インターコンチネンタルホテルズグループも、過去10年間を振り返り、旅行業界がソーシャルメディアによって支えられてきたことを指摘している。

同グループは、定番となったデスティネーションに新たな魅力を見出そうと、「インターコンチネンタル・アイコンズ」というプラットフォームを新たに開設した。対象者はラグジュアリートラベラーだ。

プラットフォーム上では先ごろ、世界の7,000人以上に協力してもらい、ソーシャルメディアへの7都市の投稿具合についての調査が行われた。対象となったのは、ニューヨーク、ロンドン、ドバイ、パリ、メキシコシティ、上海、シドニーだ。

すると、ラグジュアリートラベラーが最も多くインスタグラムに投稿していたのが、パリのエッフェル塔だそうだ。エッフェル塔はパリからのインスタグラム投稿の53%を占めたという。

残り6都市において、各々インスタグラム投稿が多かったスポットは、上海では外灘(バンド)、ドバイではブルジュ・ハリファ、シドニーではシドニー・オペラハウス、メキシコシティではテオティワカンにある2つのピラミッド、ロンドンではバッキンガム宮殿、ニューヨークのセントラル・パークだった。


Image by Piqsels

猫も杓子も、定番観光スポットへ

インターコンチネンタル・アイコンズの調査が興味深い点は、ラグジュアリートラベラーであっても、最も人気がある観光スポットは訪れるべきであり、セルフィーを撮るべきだと考えていることだ。調査対象者の77%にも上った。

この理由の1つが、世界中の誰もが知っているスポットでセルフィーを撮れば、インスタグラムを見る側の注意を引くこと請け合いだから。そしてもう1つは、自分が理想のライフスタイルを追求していることを皆に伝えたいという願望があるからだ。

日々良い刺激を受け、自由気ままに生きる姿をオンラインで仲間に知らせ、ポジティブな反応をもらい、肯定感を得たいという気持ちがあるという。

年齢や性別、収入などと関係なく、今や多くの人にとって旅行とインスタグラム投稿は切っても切れない関係になっている。これを逆手にとっての旅行業界の販促活動も盛んになっていくに違いない。

キャンベラ大学の調査に参加した人たちは、旅行関連ビジネスの拡大には、ソーシャルメディアは不可欠と考えているという。

例えば、スマホのバッテリー充電スポットを設けたり、写真コンテストなどを主催したりすれば、一般旅行者によるソーシャルメディアを通じての写真・情報共有は加速すると予想する。

過去10年間のように、これから向こう10年間においても、旅行者と旅行業界をコントロールするのは、ソーシャルメディアなのだろうか。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

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