昨今、転職時の「年収交渉」「退職交渉」に苦手意識を持ち、第三者に依頼する人が増えている。

具体的に言えば、転職エージェントに年収アップの交渉を依頼したり、退職代行サービスを利用して出社せずに即日で退職手続きを済ませるといったところだ。こうしたサービスの利用者が度々メディアやSNSでも話題になっている。

テクノロジーの進化や労働人口の減少、共働き世帯が増えたことにより、家事や面倒な仕事は何でもアウトソーシングする時代に突入した。しかし、人生の舵取りまでアウトソーシングしてしまうことで仕事に必要な能力や社会的な信用まで失いかねないのではないかと筆者は考える。

「勤め先の上司にこう言われたから」「内定先にこの条件で提示されたから」「エージェントに紹介されたから」と第三者の意思決定に身をゆだねることで一時的な不満は解決するが、根本的な本人の課題は解消されることがない。

すると今後の仕事や人生で新たな選択や決断が迫られたとき、常に他力本願にしてきたビジネスパーソンは自ら「交渉」ができず、人生のどこかで詰んでしまうのだ。

今回は、どんなときも人生を優位に進めていく力を有したビジネスパーソンの特徴と実態について話していこうと思う。

他力本願では収入アップできない

多くの求職者とお会いする中で、そもそも「お金の話」を公にできないというマインドに陥っている人は非常に多い。日本では日常生活で露骨に金額の話をすることを避ける風潮があり、世の中のお金の流れに対しても無頓着で、自分の仕事に適正な値付けができないのだ。

まずは「企業と対等に交渉する権利がある」という認識を持って、言うべきことをきちんと伝えてほしい。

しかし、根拠もなく感情的に「年収1,000万欲しいです!」と主張したところでまともに取り合ってはもらえないだろう。年収の交渉に必要なのは「金額の根拠」と相手のメリットを考えた「交渉材料」だ。

金額の根拠を、「努力する」「成長する」といったポテンシャルを主張する人がいるが、不確定要素が強く根拠にはなっていない。

また、「同世代がこれくらいもらっているから」「東京で一人暮らしするのに費用がかかるから」など年齢や自己都合を根拠に交渉する例も見受けられるが、終身雇用で長く勤めることが評価される企業は減っていることに加え、個々の事情は企業がその金額を支払う根拠にはならない。

ここで有効になってくる根拠と交渉材料は、「競合他社の内定」や「実績+再現性のある能力」そして「現在の年収」である。競合で高い年収のオファーがでていれば、それだけの評価をされている人材であるという事実がある。

また、実績はそれだけでは意味を成さないが、次の職場でも再現性のある能力であるという説明が面接でできれば入社後に高い成果を出す可能性が高いと判断されやすい。

そして、現在の年収も根拠にはなりうる。しかし、自分の年収が「業界的な好調」「残業代」「負荷の大きい仕事」「役職」など、どういった要素が強く働いて今の収入になっているのか内訳は意識しなければ交渉材料にはならない。

例えば残業の多い職場で月収28万円+残業代7万円、月収35万円を得ていた方が、残業を減らす目的で転職したとする。

その際に月収35万円をキープしたいという気持ちになりやすいが、35万円のうち7万円は超過労働に対する報酬であるため、残業の少ない職場でその報酬を受けるためにはさらに仕事で高いパフォーマンスを出すことが求められる。

よって、転職を機に仕事のハードルを下げながら年収アップを主張しても通らないのである。

一方、これまでの会社では業績不振で賞与カットや昇給の機会に恵まれず20代半ばになっても新卒並みの給与で働いていたとする。

会社の経営不振を立て直すべく担当職務以外にも幅広く対処した経験を持ち、人手不足から2年目という若さで早期にマネジメントポストを任され業績をV字回復させた実績のある人が、その経験と能力を評価され転職を機に一気に年収150万アップするケースもある。

しかし、足元を見られて提示された年収に不満があるにも関わらず、我慢して交渉せずに入社した結果、仕事量に対する報酬が少ないと後から不満を爆発させ早期退職に至るのはお互いにハッピーではない。

自分の能力のせいなのか、会社のせいなのか。それとも業界のせいなのか、自分が交渉しなかったせいなのか、見極めて交渉する必要がある。

決意の弱さが墓穴を掘る、退職交渉の落とし穴

そして、退職交渉の実態について話していこうと思う。

筆者も数多くのビジネスパーソンから退職について相談を受けたが、スマートな退職交渉に欠かせないのは「本人の強い意志」と「日付のエビデンス(証拠)」「お世話になった上司への労い」だと痛感している。

退職交渉中の人から「辞めさせてもらえなかった」という相談を受けるが、このどれかが欠けていることが多い。

時々、「辞めさせてもらえなかった」という言葉を漏らす人がいる。もちろん退職しようとする者を裏切り者扱いしうやむやにしたり冷遇したりするブラックな会社が存在していることは紛れも無い事実だが、そうではないケースも見受けられる。

例えば、「転職しようと思っていて・・・」「いつ頃退職できますか?」などと、上司に退職日を相談してしまう人がいる。管理職は部下の定着率を高め退職者がでないようにすることも仕事であり、手塩にかけて育てた部下であれば当然一度は引き止める。

「どうした?何があった?」「君がいてくれないと困る」「どんなに早くても半年は辞められると変わりがいない」「少し頭を冷やせ」などと、交渉の余地ありと判断されて残留交渉をし始めるのは当然のことだろう。

しかし、そこで上司の残留交渉に負けてしまい、「辞めさせてもらえなかった」という感想になるのだ。これは退職させてもらえなかったのではなく、退職交渉のやり方に問題がある。

退職交渉を切り出す際は、強い意志をもって退職希望日を伝えることが必要不可欠だ。そして、できればメールや書面など形に残るものが良い。「○月末付で退職させてください」。この一言を、第一声で言わず濁すから交渉は難航するのだ。

人員不足で迷惑をかけるのが目に見えているから勇気が出ずハッキリ主張できない、徐々に相談しながら円満に話をすすめたいという人が時々いるが、そもそも本人が転職に対する覚悟が固まってない可能性があり、その心情は上司にも見抜かれてしまう。

貴方は「いつでも戻ってこい」と言ってもらえるか

さらに、気をつけるべきは上司との関係だ。日頃から良好な関係性を築けていれば背中を押してくれる上司もいるだろう。

しかし、いくらウマの合わない上司であったとしても冷遇を受けながら残りの勤務をするのは地獄である。さらに、同僚や会社と今後も良きビジネスパートナーとして関係を継続していけるかどうかはビジネスヒューマンとして長く活躍する上では大切なことだ。

上司にとっては部下の退職が自身の評価に直結するという会社もあるが、それ以上に人員確保や引き継ぎ、残されたメンバーへの配慮などが非常に頭を悩ませる仕事である。

迷惑をかける範囲を最小限にできるよう丁寧な引き継ぎをすることはもちろんだが、中でも特に意識すべきは残されたメンバーや組織への配慮を欠いてはならない。

時々、退職が決まったと同時に晴れやかな表情になり、同僚に会社や上司の悪口を言って転職を誘発するようなことをする人がいるが、一番やってはいけないことである。

残された職場で働き続ける同僚や上司が前向きに職務に取り組めるよう配慮し、お世話になった上司を労い、これまでの感謝を伝えながら去ることで「いつでも相談してこい」「なんなら戻ってきたっていいんだぞ」と言ってもらいながら去ることが最強の辞め方である。

今後長く続いていくキャリアの途中、実際に戻ることはないとしても、お世話になった古巣がそうした存在になるかどうかは心理的安全という意味でも大きい。

退職代行サービスを利用して突然会社に行かなくなれば、職場の上司や同僚に多大な迷惑をかけるだけでなく、今後二度とビジネスやプライベートで顔向けすることはできなくなるだろう。

退職時に多少の摩擦は生んだとしても、辞め方を間違えなければ次のキャリアを応援してもらえたり、退職後もビジネスパートナーとしての関係が続くことは珍しく無い。スマートに退職交渉を完了させ、退職後も良好な関係を築けるかどうかはビジネスパーソンとしての器量が現れるだろう。

「交渉力」を鍛えてキャリアも人生も優位に進める

筆者も2度の転職を経験し、その度に年収と退職の交渉を重ねてきた。

ビジネスの場では言うまでもなく、結婚生活や家事育児の負担でパートナーと話し合う際や副業で新たな仕事を受ける際にも、「交渉力」の有無でその後の結果が大きく変わると実感している。だからこそ第三者へアウトソーシングで任せずに、交渉の場に向き合っていくことは大切である。

社会で活躍するビジネスパーソンが選択に迫られた時の「決断の早さ」や「行動力」はこれまでも上げてきた特徴だが、さらに「交渉力」がある人はきっとどんなときも人生を優位に進めていけるだろう。

文/えさきまりな