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国語や数学、英語、理科、社会といった授業は全てオンラインで完結。各界のプロによる講座が設けられ、インターネットを最大限活用して好きなときに好きなことを学べる高校がある。それが、学校法人 角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校(N高)」だ。
N高は高校卒業資格のための学びだけでなく、プログラミング授業をはじめ文芸創作やデザインといった個性豊かなカリキュラムに、起業や投資など社会と密に関わる学びの場を数多く設けているのが特徴で、2016年の開校以来生徒数は増え続け、2019年12月時点で12,004名が在籍している。
“ネットの高校”として開校し、多くの生徒や保護者から選ばれるN高。校長である奥平博一氏は「N高は、全日制でも通信制でもない、新たな選択肢になる」と語る。現代の学校教育に求められているものは何か、また未来に向けて、学校教育はどのように変化していくのかを伺った。
ネットを活用し、生徒が学びたいことを学べる学校
───N高とはどのような学校なのでしょうか?
N高は、法制度上は通信制高校と同じ扱いの学校です。一般的な通信制高校とどこが異なるのかというと、高校卒業資格の取得に必要な5教科や家庭科、保健体育、芸術といった科目以外の部分にも重きをおいていることです。
───普通の高校ではそれらで時間割が構成されていますが、N高は違うのですね。
そうです。N高では高卒資格に必要な学びはベーシックプログラムと呼ばれ、もちろん全ての生徒がこのプログラムで学びますが、それに加えてプログラミング講座や、大学入試のためのさらに踏み込んだ講座も展開しています。
また、リアルな学びの場として職業体験なども提供しています。「ニコニコ動画」や「ニコニコ生放送」で知られるドワンゴが関わる角川ドワンゴ学園という運営母体のリソースも活かして、クリエイティブな授業やプロジェクト型の学びも多く用意しています。
描いた将来像を実現するために、何を学ぶべきかを考える
───N高のカリキュラムを見ていると、プログラミングやデザイン、イラストレーションなどいろいろな分野の講座が設置されています。こうした多彩なカリキュラムは生徒にとってどのようなメリットをもたらすのですか?
例えば、生徒が10人いたとしたら、その興味や関心はきっと10通りあるでしょう。一般的な高校での学びであれば、生徒全員が同じ授業を受けるのが当たり前。その科目に興味があってもなくても、同じ授業を受けるのが普通ですよね。
でも、その時間をより興味のあることに使えれば、学びへのモチベーションはさらに高まるのではないでしょうか。
N高ではこうした“プラスアルファ”の学びを大事にしたカリキュラム構成で、生徒一人ひとりが自分の関心のあることに打ち込める環境づくりに努めているのです。それがN高の付加価値といえる部分ですね。
高度経済成長期の時代には、中学校卒業時点で集団就職によって働き始める人も多くいました。ですが今は高校までが義務教育のようになって「みんなが行くから」という理由で疑うことなく高校進学を選ぶ子どもが増えています。
───確かに、義務教育は中学校までとされながらも、現代では高校を卒業するのが当たり前になっていますね。
本来、通信制高校というのはそうした人たちが働きながら高卒資格を得るための機関として存在していました。でも時代の変化とともに、全日制とは異なる選択肢の一つとして通信制高校という価値が認められつつあると感じています。
そこで大事にしてもらいたいのが「高校で何を学ぶのか」ということ。義務教育でないにもかかわらず、なぜ高校に行くのか。そこを考えないままなんとなく進学し、人間関係や授業内容に窮屈な思いをしながら過ごす生徒も少なくありません。
───何を学ぶのか……。高校での学びだけでは、なかなか見つけるのが難しそうです。
おっしゃる通りです。高校どころか大学にもなんとなく進学し、4年間をなんとなく過ごして社会へ出る人もいます。ですが、目的意識があれば大学選びも目線が変わるはずです。
本来、大学は「学びたいこと」を学ぶ場所であるべきですし、その先には「将来の夢」があるはず。であれば、進路決定の際には自分の描く将来像から「何を学ぶべきか」を逆算して選ぶのが自然ですよね。
───自分は何に関心があるのか、将来のために何を学ぶべきか、ということに高校生の時点で気づけるチャンスがあるんですね。
アドバンスドプログラムと呼ばれる各講座では、成績の良し悪しや出席日数などは高卒資格のための単位にカウントされません。つまり「合わない」と思ったら別の学びに切り替えることができ、自分が本当にやりたいことは何なのかをじっくり考える機会が得られるのです。
大学や専門学校は、入ってしまったら「合わない、向いていない」と思っても、辞めてしまうと「失敗」になってしまいますし、費用も労力もムダになってしまいます。だからこそ、しっかりと「何を学びたいか」を高校のうちから考えることが重要なのです。
現代社会が求める人材は「何かができる人」
───これまで行われてきた“詰め込み教育”から、生徒に主体性や考える力を求める教育に変化してきているのはなぜなのでしょうか。
私が思うに、教育の原点というのは「社会に人を送り出すこと」です。つまり、社会が求める人材を育てることが学校の役割といえるでしょう。
多くの企業で行われてきた新卒一括採用の場では、なんでも平均的にこなせるニュートラルな人が求められました。まっさらな状態の新卒社員を研修によって企業のカラーに合った優秀な人材へと育てるのが一般的だったからです。
ですが、終身雇用制度が徐々に崩壊しつつあるこれからの社会では、個人のスキルやポテンシャルに価値を見出すことになると感じています。大量の新卒者を採用し、辞めたら補充する……というスタイルの採用は難しくなるのが明らかです。
そうすると、中途採用が活発になりますね。そこで求められるのは「私はこれができる」と明言できる人物です。極端な例ですが、数学も英語も60点の人物より、数学が20点でも英語が100点の人のほうが「英語ができる」というスキルがあり、そのスキルを求めている企業では採用されやすいはずです。
N高が育てたいのは、まさにこの「自分に何ができるか」「自分がどのような人間か」をはっきりと理解できている人です。だからこそ多くの挑戦の機会を用意し、N高での3年間で自分のやりたいことや志向をつかんでもらいたいと考えているのです。
───社会が求めているのは、何かしらの強みやスキルのある人であると。そうした強みに出会うためには、いろいろな挑戦が必要なのですね。
すでに社会に出ている人は気づいているはずです。社会では誰もがプロフェッショナルとして仕事をして、お金を得ているのです。そのプロとしてのスキルの原点は「好きだ」「やってみたい」という気持ちだったのではないでしょうか。
例えば記者になりたいとしたら、国語の知識だけではなく外国の資料を読むための英語が必要になるかもしれません。経済にまつわる記事を書くためには経済の知識も必要になるでしょう。
そうして、自分のやりたいことのために学ぶことで知識は枝分かれして掘り下げられていき、やがてその人の強みになっていくのだと考えています。
全日制でも通信制でもない、新たな選択肢として「N高」を選んでほしい
───これからの学校教育に求められているのはどのような教育だとお考えですか?
学校は本来、社会が求めている人物像に合わせた人材を育てる機関です。
例えば明治時代の学生発布のころには“富国強兵”というスローガンのもとで国家に従順な人物を育てるための基礎教育が行われましたし、高度経済成長期を支えたのは何でも平均的にこなせるプレーンな状態で採用され、ジェネラリストとして成長したたくさんのサラリーマンです。
社会の要請はどんどん変化していきます。今求められているのは先ほどもお話ししたような「何かができる」人材。そうした要請に応えるために、N高ではいろいろなカリキュラムを用意し、多くの生徒が自分の志向や関心に気づけるチャンスをできるだけ多く提供しています。
───通信制高校というと、どうしても何らかの事情があって選ばざるをえなかった“消極的な選択肢”というイメージがつきまとうかと思います。このイメージを変えていく展望などはありますか?
通信制高校に対する社会的な評価を「そんな声は関係ない」と切り捨てるのは容易です。でも私たちはこの現実を受け止めたい。通信制高校の生徒というだけで本人に関係なく「成績不振で普通科に通えなかったのでは」「何か問題があるのでは」と偏見の目で見られるという現状があることは否定できません。
ただ、それを変えられるのがN高等学校であるというのも私たちの考えです。高校を評価するとき、およそ5割の人は大学への進学率や進学実績をチェックするといわれています。これは決して無視できない数字のはずです。
「結局進学率か」と言われるかもしれませんが、N高の生徒が「自分はN高生である」と誇れる学校にすることは私たちの大きな責務です。多様な進路を認め、その中にはもちろん大学進学も含まれる。
例えばN高から何人もの東大進学者が出たら、社会からの評価も変わっていくはずですし、そのときこそN高が全日制でも通信制でもない、第三の選択肢として認められるときだと思っています。
───N高では通学コースのキャンパスもどんどん増えています。通学ニーズも高まっているのですね。
その通りです。通信制高校=働きながら学ぶ人や不登校経験者だけ、というのは変わりつつあることの表れでもあります。もちろんそうした事情を抱える人の居場所であることも重要な役割ではありますが、一方で普通の高校とN高を比較検討する人も着実に増えています。
自分の関心を深めるためにより自由度や専門度の高い学びを求め、N高のカリキュラムやプロジェクト型の学習内容に魅力を感じて積極的に選択する生徒が増えていることには、大きな希望を感じています。
取材・文:藤堂真衣
写真:西村克也