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人口30万人パプアニューギニア「ブーゲンビル」独立の可能性
2020年1月時点で世界で最も新しい国はどこか?それは東アフリカの国、南スーダン共和国だ。スーダン共和国の南部10州による分離独立によって2011年7月に誕生。世界で最も新しい国となった。
これ以前には、2008年にコソボ、2006年にモンテネグロとセルビア、2002年に東ティモールと、2000年以降この20年ほどで5カ国の独立国が誕生している。
そんな中、南太平洋に新たな国家が誕生するかもしれないとし、世界の注目が集まっている。パプアニューギニア東部にあるブーゲンビル自治州による独立の可能性が高まっているのだ。
Google Map、パプアニューギニア・ブーゲンビル自治州(赤丸)
2019年11月末からブーゲンビル自治州で独立を問う住民投票が実施され、12月11日にその開票結果が明らかになった。ブーゲンビルの人口は約30万人。今回の住民投票では18万1,067票が投じられた(投票率は85%)。このうち独立支持は、全投票の98%を占める17万6,928票に達した。
この住民投票結果には拘束力はなく、ブーゲンビルが独立するには、パプアニューギニア政府の承認が必要となる。投票結果を踏まえ、ブーゲンビル自治州とパプアニューギニア政府は協議を行うことになる。
ブーゲンビルの国旗
日本人にとって「ブーゲンビル」とは聞き慣れない地名であるが、日本との関わりは意外と深い。第二次大戦中、連合艦隊司令長官、山本五十六が前線視察のために搭乗していた飛行機が米国軍に撃墜され戦死するという事件(海軍甲事件)が発生したが、その場所がブーゲンビルなのだ。
また1988~1998年に分離独立運動の先鋭化によって内戦状態となったブーゲンビルでは、橋や道路などのインフラが壊滅的な状態となり、同地域の経済活動の停滞を招いたが、日本政府による無償資金協力によって15基の橋が建設された。
このほか今回の住民投票では、実施にあたり数百万ドルの資金不足が生じ、その不足を補うために資金援助が複数国によって行われたが、その中に日本も含まれている。
ロイター通信が伝えたブーゲンビル投票管理委員会のデータによると、米国、オーストラリア、ニュージーランド、日本から計200万ドルの資金援助が実施されたという。
ブーゲンビル、米中覇権争いの最前線?
日本では大きな話題になることがあまりないパプアニューギニアとブーゲンビルだが、海外ではブーゲンビルの独立に関してさまざまな報道がなされている。南太平洋地域における影響力を強める中国とそれを阻止したい米国陣営の動きが顕在化しているからだ。
南太平洋では2019年9月にソロモン諸島とキリバスが続けて台湾との断交と中国との国交樹立を表明。中国が多額の資金援助を使って南太平洋諸国と台湾の関係を切り崩しにかかっているといわれている。
パプアニューギニアもそのような渦中にあり、同国に属するブーゲンビルも必然的に影響を受けているのだ。
ブーゲンビルにおける米中の動向に関しては、2019年10月16日の記事内でロイター通信が情報筋の話として詳しく報じている。
それによると、同地域における中国の影響力に歯止めをかけたい米国陣営は、新国家になる可能性があるブーゲンビルへの関与を深めたい思惑がある。米国、オーストラリア、ニュージーランド、日本が住民投票における費用の不足分の一部200万ドルを支援したのはそのためのようだ。
中国も不足分支援に関して関与を禁じられていたわけではないが、招待されなかったとのこと。
政治・環境課題で世界的に注目浴びるパプアニューギニア
ブーゲンビルが独立国家になるのかどうかは、パプアニューギニア政府との協議次第。そのパプアニューギニア政府は今財政問題を抱えており、支援を求める先を中国にするのか、オーストラリアにするのかで揺れている。
英ガーディアン紙が2019年8月28日に伝えたところでは、同年5月に就任したパプアニューギニアのジェームズ・マラペ首相は同国で膨れ上がる債務問題の支援をオーストラリアに依頼し、その後中国に乗り換え、再度オーストラリアに頼むというどっちつかずの態度を示しているとして、ピーター・オニール前首相から「パプアニューギニアの発展を後退させるもの」との批判を受けている。
同紙によると、パプアニューギニア政府が抱える債務額は79億5,000万ドル(約8,758億円)。同国の名目GDPはおよそ215億ドル(約2兆3,687億円)。債務額はGDP比で約37%に達する。
ロイター通信2019年11月29日の記事によると、パプアニューギニアの最新国家予算データでは中国からの債務増加が顕著になっており、2023年には中国への年間返済額が現在比で25%も増える可能性が示されているという。
また同時に、パプアニューギニアの債務額は過去最高に達する見込みだ。2020年の同国財政収支は、支出が53億ドル(約5,839億円)、収入が40億ドル(約4,400億円)。財政赤字額も過去最高に達するという。
スリランカが財政難を理由に同国南部のハンバントタ港を中国に99年貸し出したが、これと同じことが起こるのかどうか、各国から厳しい目が向けられている状況だ。
国際政治だけでなく、環境分野でもパプアニューギニアは世界中からその動向が注目される存在となっている。
熱帯雨林の違法伐採が横行し森林の大部分が消失し、違法に伐採された木材のほとんどが中国で家具などに加工され、世界中に出回っているという問題が依然続いているからだ。
この問題を提起したのはGlobal Witnessという組織。2014〜2016年に実施した調査をまとめたレポート「Stained Trade」でその詳細を伝えている。
熱帯雨林の宝庫であるパプアニューギニア、その大部分で法の支配が及ばず違法伐採が横行。2014年時点で、すでに商業的に利用できる森林の3分の1が消失したという。この違法伐採によって、森林破壊だけでなく、地元住民らが立ち退きを迫られるという問題が発生している。
パプアニューギニア・ニューブリテン島の森林破壊の様子、2013年と2017年の比較(「Stained Trade」より)
違法伐採された多くの木材は、中国・揚子江などの工場に運ばれ家具やフローリングに加工され、主に米国、欧州、日本に輸出、各国の量販店などで販売されていることが判明した。
世界中で「エシカル消費」が台頭していることを鑑みると、この問題を切り口としてパプアニューギニアへの関心が一層高まることも考えられるだろう。
ブーゲンビルは独立するのか、またそれによって米中関係はどう動くのか、パプアニューギニア本島の動きも合わせて目が離せない地域になりそうだ。
[文] 細谷元(Livit)