パワーアシストスーツ、おもらし予防、見守り支援——ロボット、IoT、AIを用いた介護現場において仕事を支えるため、実際に取り入れられているツールだ。
テクノロジーが介護ワーカーの働き方を変えようとしている一方で、人材不足が問題となっている。政府は、介護サービスを円滑に進めるためにも「2025年度末までに約245万人が必要」と試算するが、そのためには2020年度末までに約26万人、2025年度末までに約55万人、年間6万人程度の人材確保が求められている事になる。
しかし公益財団法人 介護労働安定センターの調査によると、現場における人材不足感を感じている介護事業所は、平成27年以降は60%を超え、8割以上が「採用の困難さ」を理由に掲げる。
こうした介護人材問題に歯止めをかけようとしているのが、IT×介護事業所の集客・採用支援を行う、カイテク株式会社だ。同社は2019年12月、介護ワークシェアリングサービス「カイスケ」のα版をリリースした。
今回は同社代表取締役社長の武藤 高史氏に、介護業界の現場をはじめ、IT×介護ワークシェアリングサービスの普及によって変革が期待される介護ワーカーの働き方についてお話を伺った。
素早い人材不足解消が介護現場の負担軽減へ
はじめに、「カイスケ」について簡単に説明する。カイスケは、WEB上で自身が働きたい条件に沿った業務を探し、1日や数時間といった単位から働くことができる介護ワークシェアリングサービスだ(特許出願済み)。施設マッチングをはじめ、ワーカーの雇用契約をWebで完結、給与の支払いなどを一括管理する。
また、カイテク側で選定した有資格者のみが介護ワーカーとして働けるようにし、人材の品質も担保している。サービスを楽しく使って欲しい思いから、働いた回数や評価に応じたバッチ獲得機能など、ゲーミフィケーションの要素も取り入れた。
では、なぜ介護ワーキングシェアサービスは誕生したのか。そのきっかけは、武藤氏の原体験だった。
「私が学生の時に祖父が認知症となり介護施設に入りました。後を追うように祖母も施設へ。二人が寿命まで不自由なく生活できたのは、介護現場で働く皆さんのおかげでした。さらに祖母が亡くなったとき、葬式に職員さんたちが参列してくださったんです。皆さんが祖母の死を痛み、涙を流される様子を見る中で、「家族が死ぬ間際にできなかった行為を、きっと職員さんたちは祖母にしてくださったんだ」と肌で感じました。」
そこから介護に興味を持った武藤氏は、中野区で訪問介護のボランティアを始めた。労働経験や現場職員との対話を通し、人材不足に悩む介護現場のリアルを体感したという。
「介護現場は人材不足の波を読むことが難しいんです。世間では慢性的な人手不足と言われていますが、実は「いつも不足」している訳ではありません。常に人手が足りない現場もあれば、逆に余っている現場もある。そのような中ギリギリの人員で運営している現場は、忙しい期間や時期が予測できないと、結果として、人手不足になってしまいます。すると利用者に満足のいくケアを届けることができず、介護トラブルに発展してしまうかもしれないんです。
ではなぜ現場で人材流動が読めないかというと、「月」「年」など大きなくくりで見てしまいがちだからなんです。そこに「時間」「日」を加えた4つの時間軸で捉えることが重要です。さらには、利用者様の入居・利用状況によっても、必要人員の数は変動しますね。ベテランスタッフの方でもこの波を読むのは中々難しいというのが実情です……。」
起業家の祖父の影響で、将来起業をすることだけは意識していたと語る武藤氏は、「この問題を知った時、自分が命を削って取り組むものが見つかった」と話す。
即時派遣に不安よりも期待の高い現場
カイスケの強みは「早い人材不足解消が、現場クオリティの差を埋める」ことにある。
「現在の介護人材は、派遣や転職サイトから確保するのが大半。しかしそれでは、新しい人が来るまでに2〜3ヶ月平気でかかってしまうケースも少なくありません。現場が人材を必要とする段階ですぐにワーカーを投入することができれば、これまでと同じ環境で業務が可能となります。カイスケは介護施設経営者・現場・ワーカーの全員がHappyとなれる世界を目指しているんです。」
介護業界で働く人材は40代以上が多い。ITやアプリを受け入れることに彼らは抵抗がなかったのかを尋ねると「経営も現場も、不安よりも期待の方が上回っている」と武藤氏は話す。
「人手不足がひどい時には、企業上層部の人が送迎用車のドライバーをしていたりするんです。また採用も含め、現場のことは施設管理職が「人・モノ・金」について頭を悩ませています。彼らは現場で働きながら、企業でいうバックオフィス業務もこなしており、相当多忙なんです。現場における人材不足の波が読めないばかりに多くの人が苦労している。だからこそ、この現状を打破するためにも最新のツールやサービスを、『怖がっている場合ではない』というのが本音だと思います。」
『論理的ではない仕事』——AIに代替されない介護ワーカー
10年・20年もしないうちにAIが人の仕事を代替していくというニュースが巷を騒がせた。介護に関してはどうなのか。医療ITとして世界でも有数の革新的な成長企業であるエムスリーでキャリアを築き、学生時代には遠隔ロボットの研究開発に取り組んでいた武藤氏。 「医療」「エンジニア」の知見から、「介護」はどのように見えるのだろうか。
「介護は『論理的ではない仕事』だからこそ何十年先を見ても、AIに代替される可能性は低いと思います。AIは人間的付加価値を創造するのが苦手です。しかし、介護現場で求められているのは、人間的付加価値です。つまり、今目の前にいる人の気持ちを汲み取り、その人を心から喜ばせることが介護ワーカーには求められているんです。実際に経済産業省からも、介護分野のように「人間的な付加価値を求められる職種」は、2030年以降もAIには代替されにくく、就業者も100万人以上増加する見込みだという報告がされています。」
中には認知症や寝たきり状態で、会話や意思疎通が上手く成立しない人も少なくない。だからこそ介護は利用者の心を感じ、読み取る能力が求められるのだ。武藤氏は良い事例として、過去に介護現場の仕事で一緒だった、人間力の高い「イケイケ上司」について話してくれた。
「彼女は、認知症の利用者の心を掴むのが上手いんですよ。どれだけ呼んでもトイレから出てきてくれなかった人でも、彼女がその利用者の好きな歌を歌えば、ノリノリになって踊りながらトイレから出てくるんです。当時の私には、どれだけ真似しようとしてもできませんでした(笑)そうそう、介護に携わる人の中には、『認知症の人は、日によって気分が変わるからこそ楽しい』という声もあるぐらいなんです。」
最後に介護業界の将来について話を切り出したところ、「介護業界のカルチャーとフィットしない人材紹介や派遣企業もあり、大きな課題となっています。」とその思いを語った。
「この課題の要因は、適切な人材の流入を早く支援するのが難しいという一言に尽きます。人材紹介や派遣を利用すれば、確かに人材を紹介してくれます。しかし、事業所側が緊急的に人を採用しなければいけない…と言う追い込まれている状況ですと、人材系会社もやむを得ずどんどん人を送り込まなければならないこともあります。ですから、人材系会社も事業所も『カルチャーとフィットしない人』を選択せざるを得ないケースが少なくありません。」
介護と医療の架け橋を目指す
適切で素早い人材派遣という文脈においては、まだまだ課題を抱える介護業界。その中で、今後武藤氏たちはどのような存在を目指すのか。
「それこそ、職種と業務をx,y座標の二次元グラフで捉えて考えています。」
おもむろに立ち上がった武藤氏はホワイトボードに職種をx軸、事業をy軸としたグラフを描き始めた。
「介護だけでなく看護師、リハビリ、薬剤師、医師などの職種をx軸に、ワークシェアなどの事業をy軸に置きます。今、介護×ワークシェアという点ができました。まずは介護を軸にワークシェアの上に人材オファーサービス、中国へ人材を輸出するなどを重ねていけたらと思っています。
そして介護で取り組んだ事業を看護師やリハビリなど介護に近い分野から医師など医療領域に従事する人にも広げていくことで、人材交流を通して、介護と医療の連携を目指していきたいと考えます。」
高齢化率 No.1、すなわち課題先進国である日本は諸外国から、日本の介護サービスは注目されている。実際に介護サービスの質が高いことから、様々な国から日本への視察もきている。「将来は、商社マンのように1〜2ヶ月単位で出張する介護ワーカーを生み出していきたいですね。」と話してくれた。
「介護ワーカーを地域でシェア」自治体をあげて人材不足を解消
最後に「カイスケを、地域で助け合うプラットフォームにしていきたい。」と思いを語った。「今は1法人で、頑張って採用して、その中でやりくりする仕組みになっている。そうではなく、1法人で多くの介護職と繋がっていて、空いた時間をうまく噛み合わせることで、助け合いがwin-winの形で成り立つような歯車的な存在にカイスケをしていきたい。」
さらに、具体的な今後の展望についても教えてくれた。
「私たちは、地域、自治体も巻き込んだ、介護人材の運用を作り出すことを目標としています。介護ワーカーは地元など、特定の地域を中心に働きたい人が多いんです。だから地域の介護施設の人材の波をかみ合わせることで、全体の人材不足も解消を目指せる可能性はあると思っています。
さらに1人1人の介護職の方々が評価される仕組みを作っていき、「ヒーロー」を生み出していきたい。ただ、時間を消費するだけではなく、これまで評価されなかった1人1人の介護職が評価され、スキルの可視化ができれば「訪問介護のトップスキルを持つ人材」などのように一目で分かるようになります。スキルのある人が「ヒーロー」として適切に評価されるようになれば、働きがいも一層深強くなるはずです。そして、介護職に憧れる人口を増やしていけると考えています。
介護ワーカーが不足することで困っている施設を1つでも多く減らすためにも、働き方の多様性からスキルの可能性までを広く介護業界に示すようなモデルを提案していきたいです。」
取材・文:杉本愛
写真:大畑朋子