ワインを投資の対象とする「ワイン投資」。

日本ではあまり馴染みのない言葉だが、ヨーロッパでは400年以上の歴史を誇る。

投資対象となるのはファインワインと呼ばれる高級熟成ワインで、中には50年以上の長期保存を経て市場に流通するものもある。年間で最大15%の利回り、19ドル(約2000円)で買えたワインが2000ドル(約22万円)と、約100倍の価格になることもあるのだとか。

今回は、世界の投資家が注目する一流のワイナリー、ペンフォールズなどのワインブランドを有するワイン会社トレジャリー・ワイン・エステーツ・ジャパンのゼネラル・マネージャー、アレックス・ヒル氏に、その魅力を伺った。

ワイン投資は正直なところ、どれくらい儲かるのか?

オーストラリア出身のヒル氏は一度イギリスで金融業界に身を置き、ワイン好きが高じてワイン業界に転身してから20年が経つ。生産者だけでなくバイヤー側、小売は大手だけでなくブティック系(小規模店)も経験したスペシャリスト。日本人とオーストラリア人のダブルであり、日本語も堪能だ。

ヒル「お酒を飲むのが大好きなんです(笑)。オーストラリア人は、日本人の平均9倍ほどワインを飲みます。食事と一緒にお酒を常に飲む、酒文化がもともとあるんです」

ワインの生産から販売まで知り尽くしたヒル氏だが、ワイン投資のためにワインを造ってるわけではなく、また、勧めているわけでもないと予め断りを入れた。しかし、ワイン投資を理解しながらワインを作っているため、その立場から話をしてくれた。

ヒル「トップクラスのワインを持っていれば、年間で8〜15%くらいの利回りを得られる可能性が高いです。ただし、金利は悪くありませんが、売りと買いのタイミングはとても難しい投資商品です」

「売りのタイミング」とは文字通り、いつ売るべきかのこと。品質の高いワインは熟成期間を経ることで飲み頃を迎えるものがある。たとえばオーストラリアで最も有名なワイナリーのひとつ、ペンフォールズのグランジという銘柄のワインは、ピークドリンキングといって、最も美味しい飲み頃のピークが生産から15年後に来る

この時間差により価値が高まり、値段が上がる。こうしてワインが投資の対象になり得るのである。詳細は後で述べる。

「買いのタイミング」とは、年によって気候が変動し、ワインの生産量や品質が変わるのに合わせて価格も変動するため、買い時を見極める必要があることを指す。

ヒル「売り買いのタイミングの見極めは生半可な知識では困難。個人で投資を行うとなると非常にめんどくさいんです」

当然、数日で値が戻ってくることもある株ほどの流動性もない。投資してからリターンを得るのに少なくとも3〜5カ月はかかる。別の見方をすれば、経済環境の影響を受けた価格変動性が低く、比較的安定している投資商品と言える。

ヒル「ワイン投資は資産の分散やオプション、長期投資に向いていると思います」

投資したワインの値下がりリスクはどれくらいある?

長期投資を前提に保持をしていればリスクがなさそうに思えるワイン投資だが、値が下がることはあるのだろうか?

先ほど説明したように、高級な熟成ワインは飲み時が10年後単位で訪れる。基本的にモノの値段は、需要と供給のバランスで決まっているため、需要はあるのに供給量が少なければ、価格が上がるのが基本だ。

また、ワイン自体の評価が低くても、生産量が低い年のワインは値段が高いケースもある。つまり投資を行うにはその年のワインの生産量も理解する必要がある。

ヒル「ワインは販売された途端に、多くの本数が飲まれてしまいます。すると、世の中にある在庫の量が減るのにともない、需要は上がります。グランジの場合、最初の10年くらいはキレイに値上がりします」

一方、普通のワインは10〜30年も品質が長持ちすることはない。10年も経たないうちに質が落ち、それに比例して値段も下がってしまう。

ヒル「ところがグランジの場合、『15年目』くらいでやっと飲めるようになるという特徴、強みがあります。これがピークドリンキングです。15年目をベースに引き続き消費されるため、さらに価格が上がります。品質は50年目ほどでやっと下がりだします」

オーストラリアではグランジが特に有名。30〜50年は保存して飲めるような商品であり、長く質を保ててリスクが少ない、投資の元を取り戻しやすい商品だと言える。

さらにペンフォールズの製品にはアフターケアサービスがあり、15年以上のものは抜栓して品質をチェックし、新しいコルクに変えるなど、抜け目がない。

ヒル「ワインの品質にはコルクの影響もあります。コルクのせいでダメになるリスクは全体の5%程度。チェックすることで、OKのものとダメなものが出てくるため、そこでOKのものはまた値段が上がります」

もちろん値下がりのリスクは付きものだが、ヨーロッパなどでは当たり前のように投資商品として流通しているのだ。

個人で始めるワイン投資の方法

個人でワイン投資に興味を持ち、始めるにはどうしたらいいのか。「やはり株や証券と同じで、知識が必要」とヒル氏は念押しする。

ヒル「証券の世界と同じく、ワイン投資も非常に広くて奥深く、複雑です。株式投資でもどのテーマに投資をするのか決めてから動くのと同様に、ワイン投資も知識を身に着けるべきです。

たとえばボルドーは400年の歴史があるので、投資の第一歩目にしやすい。あとはその銘柄だけに集中するのか、 ボルドーやブルゴーニュ、シャンパーニュ、オーストラリアも視野に入れるのかなど、さまざまな選択肢があります」

ロンドンの取引所でペンフォールズはオーストラリア生産国の中で39%のシェアを誇り、売買の流動性が圧倒的に高い。そのため、投資の選択肢のひとつに入れやすいという。

また、ペンフォールズではいつが飲み頃かを5年毎に冊子で発表している。たとえば「グランジはピークドリンキングが2022年〜2050年」などと書かれ、投資のためのさまざまな情報が入っていて便利だ。このような冊子を作っているワイナリーはほかにはほとんどない。

しかし忙しい中、何とかこうした知識を勉強せずともワイン投資を行う方法はないのだろうか……?

ヒル「ファンドなどでワイン投資の商品を買えますが、それは『全く勉強しないで株を買うのと同じ』ようなもの。投資ではなく賭けごとになってしまう。また、ブローカーを通す場合も、こちらに知識が無いとブローカーが売りたい商品を売られてしまうリスクがあります。そのため、自身がワインのエキスパートになったほうがいいでしょう」

知識を得るのに必要な要件の例は次のとおりだ。

・生産者…ワイナリーのこと。ペンフォールズなど
・銘柄…グランジ、ロマネ・コンティなど
・需要、生産量
・ビンテージ…ワインを醸造した年のこと。「真面目に作っている生産者は、ブドウの出来の悪い年は生産量を絞り、いい年は多く造る。出来の悪い年にいいワインを造るのは難しいため、価値は高くなる」とヒル氏。

また、ブティック系と呼ばれる生産量の少ない小規模ワイナリーは、投資対象としてはオススメしないそうだ。

ヒル「初めからプレミア価格が付いていて、市場に出回る前にみんな飲んでしまうので、あとから価値が上がらないんです。だから投資には向かず、私は何度か失敗しました」

グランジなど含め、今後はもっと日本にワインを広めたく、セミナーなどを行っているヒル氏。日本でのワイン消費量はほぼ横ばいで、日本人の飲酒量は世界に比べると少ない。

ヒル「日本人の中ではまだコレクターが増えている段階です。より幅広く、もっと良いワインが知られてほしい。ワインをコレクションすることがもっと日常になったら次は投資の方向に進むと考えています。

もし投資をするなら、2年毎に1本は品質管理のために飲むべき。そのために、1ダース12本入を5ダースは買って、2ダース分は自分で飲むことをオススメします(笑)」

まだまだワイン投資が根付くには時間がかかりそうな日本。しかし若い人は新しいワインに興味を示す傾向があり、希望があるという。

ワインの世界は奥深いもの。ワインそのものに魅了されてからワイン投資の世界に進むのも悪くない。しかし、ヒル氏曰くワインマニアになり過ぎてコレクターになると、大事にし過ぎて売りどきを誤るとのこと。ただのワインマニアになるのも悪くないのかもしれない。

取材・文:山岸 裕一
写真:花岡 郁