ヨーロッパ学力一位、教育電子化を大胆に進めるエストニアに見る未来の教育

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最近、広く報道された世界各国の読解、数学、科学における15歳の能力を評価する「PISAテスト」。レベルの高い公教育で知られる日本では、今年の「読解力」の15位転落が「PISAショック」として主要紙一面の見出しを飾った。

過去のランキングも、日本がゆとり教育路線を修正するきっかけになったとも言われ、何かと注目度が高いテストなのだ。

世界各国で高い関心を集めるこの学力テストのすべての分野で、教育大国として名高い隣国フィンランドをついに抜き欧州一位となったのが、エストニア。

電子国家として注目を集めてきたエストニアは、高度に電子化された行政サービスについては、各国がロールモデルとするベンチマークのような存在になっているが、そんな同国でいま一層の発展を遂げている領域が教育なのだ。

PISAのテスト数値を目標にするのではなく、教育の質を高めることに力を入れた結果がPISAにあらわれた好例とも言われているエストニア。

ソ連からの独立からまだ30年あまりでありながら、電子大国として知られるようになった同国の教育への取り組み、また教育の未来へ示すヒントとは。

公教育を電子化、ネットワーク構築と生産性向上を進めるエストニア

世界最先端の電子国家と呼ばれるエストニアだけに、エストニアの教育への取り組みで目を引くのはデジタル化の推進だ。

Eエデュケーションと呼ばれるこの取り組みの中心は、生徒、教師、親をオンラインでつなげるプラットフォームだ。

インターネット経由で24時間アクセスできるこのツールでは、親はオンラインでいつでも子どもの学習進捗を確認、教師と直接コミュニケーションを取ることができ、生徒は自分の成績を確認し、宿題や授業内容の確認、ポートフォリオの作成を行える。

教師は、情報管理や課題の評価、様々なお知らせの作成と発信に活用するほか、学区の統計レポートにアクセス、分析することもできる。

このようなツールはエストニアの学校の9割近くで導入されており、アクティブユーザー数は29万人。総人口100万人ほどのエストニアでは、子どもとその親のほとんどが利用していることがうかがえる。

その一つであるeKoolは、エストニア語でEスクールという意味だ。2002年に民間企業との協力のもと、Look@World財団によって作られたこの学習プラットフォームは、4つのテストスクールから始まり、その後エストニア全国の学校へと拡大された。

2014年からは、モバイルアプリケーションも開発され、学生や保護者は携帯電話からもアクセスできるようになった。

そして、2015年から始まった教育の電子化の新しい取り組みがEesti 2.0だ。

このプロジェクトでは、中学校で生徒のテクノロジーやビジネスに関する学習を助けるプラットフォームを提供しており、生徒は興味のある分野に応じて、オンライン学習リソースを視聴、共有したり、外部の専門家に相談したり、興味を共有できる学校外の同世代の子供たちと交流し、アドバイスを得ることができる。

エストニア発のユニコーン企業トランスファーワイズの創設者をはじめとするエストニアの起業家もサポートするこの取り組みには、学校の側からも歓迎の声が上がっている。教師はビジネスやテクノロジーの現場を知らない。ギャップを埋める機会は大歓迎だ、と。

Eesti 2.0プロジェクト責任者 Ede Tamkivi(E-ESTONIA公式チャンネル)

国づくりの最優先事項は「教育」。独立回復以来のエストニアの歩み

ソ連からの独立回復からまだそれほどたっておらず、経済的にまだ豊かとは見られていないエストニアの今回のPISAランキング躍進、教育の急進的なデジタル化には世界が注目した。

今回、大きく順位を落としたオーストラリアでは、エストニアの教育分野への歳出が、生徒一人あたり同国の半分しかないことが驚きをもって報道された。

1991年の独立回復後、当時の大統領イルヴィス氏が率先し、国策として進めたのが教育への投資だった。

天然資源もなく、インフラも整っていない中、「タイガー・リープ・プロジェクト」と名付けられたプロジェクトが発足、パソコンといったネットワークインフラを国内全土の学校に広げること、そのインフラを使いこなすことのできる教師の育成をすることが最優先事項として推進された。

イルヴィス氏のリーダーシップの元、限られたリソースを、公教育のデジタル化に徹底的に集中させたのだ。

エストニアの学校の授業風景 Information Technology Foundation for Education(HITSA)公式チャンネル

eKoolのようなコミュニケーションや情報管理のためのデジタルプラットフォームはすでに様々な分野で活用されているし、デジタル教育ツールを使用している学校は、世界をみわたせばいくらでもあるだろう。技術的にはユニークなものではないかもしれない。

しかし、エストニアがユニークなのは、これが公教育で、大多数の親、様々な年代の教師を巻き込んで、全国規模で実際に使用されていることだ。2020年までには、すべての学校でデジタル学習教材のみを使用して教育を提供できるようになるとされている。

このように隣国フィンランドをはじめとする北欧諸国を参考にしてきたというエストニアの教育への取り組みのキーワードは「公平性」だといえる。

実際、今回のPISAテストで順位が振るわなかった国の多くでは、国内の教育格差が問題となっており、優れた教育に経済的に恵まれた一部の層にしかアクセスできない状況の国が多い。

例えばヨーロッパの大国の一つであり、筋金入りの学力社会として知られるフランスは、PISAテストではOECD平均並みで23〜25位に留まり、改善する気配のない国内の教育格差に警笛を鳴らす報道が多くなされていた。

エストニアが、ソ連からの独立回復以来、困難な時代を、教育格差をさほど作り出すことなく切り抜け、国を発展させてきたのは、デジタルインフラに助けられた教育の公平な提供があったのではないだろうか。

電子大国、そしてあらたに教育大国となったエストニアの目指すもの

PISAテストでヨーロッパ1位という、ひとつの達成を成し遂げたエストニアだが、さらにより良い教育を求めて、これからも挑戦はまだこれからも続いていく。

教育現場におけるデジタルソリューションの利用がもたらす効果について、客観的なデータの蓄積はまだこれからであるし、EU諸国への若年層の人材流出に悩む同国では、教師の人材不足も大きな課題だ。

しかし、これまでエストニアで教育のデジタル化が、子供、親、教師間のコミュニケーションを活性化、教師の事務負担を軽減し、親の経済力、通う学校、住む地域にかかわらず、様々な教育リソースや外部のサポートにアクセスする機会を保証してきたのはたしかだと言える。

おそらく、未来の教育とは、最新のテクノロジーやコンピューターの知識やスキルを教える授業が始まることではない。

教師の業務の生産性の向上をはかり、結果、たとえば質の高い授業の計画や、生徒との対話、親とのコミュニケーション、といった煩雑な事務作業より重要なことに時間をさけるようになること。

学びを助けるコミュニティを創出し、子供たちの興味の芽生えを学習の機会につなげるネットワークを築くこと。

すべての子どもたちに出身地や家族の経済状況を問わず、質の高い教材や刺激を受けられるメンターにアクセスする公平な機会を保障すること。

未来の教育とは、このようないずれもこれまで「質の高い教育」という文脈で追及されてきた目標の達成を、テクノロジーによって加速させることなのかもしれない。

文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit

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