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意外に多い多重国籍を認める国
日本で「国籍」というと、1つのみ持つというのが一般的な認識だろう。日本国籍法において多重国籍は認められていないからだ。
このため他の国でも同じように多重国籍は認められていないと考えがちだ。
しかし、世界を見渡してみると多重国籍を認める国は意外と多いことに気付く。ざっと調べただけで多重国籍を認める国は60カ国ほどあることが分かる。
日本で馴染みのある国だと、米国、英国、カナダ、フィンランド、フランス、デンマーク、ドイツ、アイルランド、イスラエル、イタリア、メキシコ、オーストラリア、ニュージーランド、フィリピン、韓国、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、スイス、トルコなどが挙げられる。
このほかアンゴラ、エジプト、マラウィ、パキスタンなどの中東・アフリカ諸国、チェコ、ハンガリーなどの東欧諸国、チリ、ボリビア、パナマなど中南米諸国など多重国籍を認める国は世界各地に存在している。
今世間を騒がせている日産のゴーン元会長は出生地であるブラジルの国籍に加えフランスとレバノンの国籍を有している。これら3カ国とも多重国籍を認める国だ。
レバノン・ベイルート市
一方で、多重国籍を認めない国も多数存在する。日本、中国、インド、インドネシア、マレーシア、タイ、シンガポール、ベトナム、マーシャル諸島、ミャンマー、オマーン、カタール、UAEなど。
多重国籍の可否を決める要因や理由は国によってさまざまあり、その差を生む単一の解を導くのは難しそうだが、承認国では多重国籍による経済的恩恵が主な承認理由となっているようだ。
つまり、外国籍の投資家であっても、承認国の国籍を取得し、その国で投資できるようにするための制度として機能しているということ。
これは「投資による国籍取得(citizenship-by-invetsment)」と呼ばれ、この数年世界各地の富裕層の間で人気を博しているスキームとなっている。たとえば、英国では200万ポンド(約2億8,653万円)〜からこのスキームに参加することができる。
現在、200万ポンドで同スキームに参加した場合、現地居住日数などの条件を満たせば、5年後に永住権、6年後に国籍・パスポートの取得が可能になるという。
オーストラリアやニュージーランドなどでも、数億円規模の投資スキームがあり、富裕層の人気移住先となっている。
ピーター・ティールも取得したニュージーランド国籍、米国投資家の人気移住先に?
シリコンバレーのテックビリオネアとして知られるピーター・ティール氏。ドイツ生まれの米国人と思われているが、ニュージーランド国籍を取得したことはあまり知られていない。
ティール氏がニュージーランド国籍を取得したのは2011年のことだが、2017年になるまで公にされなかった。このことを前後して米国の投資家の間ではニュージーランド人気が急騰したといわれている。
ニュージーランドの魅力は、その大自然だけでなく、ビジネス環境が整備されていることや政治的な安定性が挙げられる。
ニュージーランドのビジネス環境は、世界銀行が実施している「ビジネスのしやすさランキング」によると世界1位だ。
毎年実施されている同ランキング、2007〜2016年はシンガポールが10年連続トップとなる快挙を達成したが、2017年にはニュージーランドがシンガポールを上回り1位に返り咲いた(2006年ぶり)。
さらにその後もトップを死守し、4年連続でシンガポールを抑え1位となっているのだ。
またニュージーランドの政治的な安定性も米国人投資家にとって魅力が高いようだ。
米メディアThe New Yorker誌2017年1月22日の記事では、シリコンバレーの投資家界隈で米国における不測の事態に備えたバックアップ計画を策定する人が増加しているとし、その避難先としてニュージーランドの人気が高まっていると報じている。
こうしたバックアップ計画は同界隈では「apocalypse insurance(世界の終焉に備えた保険)」と呼ばれているという。
ニュージーランド・ウェリントン
中国人の外国籍需要カリブ海などで増大、「国籍のコモディティ化」も
英国やニュージーランドの国籍を取得するには、少なくとも数億円の投資資金が必要で、一般人には縁のない話と思うかもしれない。
しかし今この状況が大きく変化している。カリブ海や南太平洋の小国が10万(約1,100万円)〜20万ドル(約2,200万円)という価格で「投資による国籍取得スキーム」を実施しており、より多くの多重国籍者を生み出しているのだ。この国籍販売市場は世界中で活況の様相を呈している。
このところ日本でも恒例となった世界パスポート・ランキング。そのランキングを実施しているヘンリー&パートナーズの会長クリスチャン・カリン氏がBBCに語ったところによると、世界の国籍販売市場は250億ドル(約2兆7,484億円)に上るという。
国籍販売市場の拡大を支えるのは中国人による需要の増大だ。中国当局による資産没収などを恐れる中国人富裕層の多くが海外移住を計画。
JingDailyが伝えたバークレイズの調査によると、資産150万ドル(約1億6,000万円)以上の層で、今後5年以内の海外移住を計画していると解答した割合は47%に上った。
New World Welthのデータによると、2017年だけでおよそ1万人の中国人富裕層が海外に逃避したという。
英国やオーストラリアの人気が高いことはよく知られているが、カリブ海や南太平洋の小国も人気急騰中だ。
サウスチャイナ・モーニング・ポストが伝えたInvestment Migration Insiderのデータによると、カリブ海の小国アンティグア・バーブーダが発行する外国人向けパスポートのうち中国人向けに発行された割合は40%以上。
同国では10万ドル(約1,100万円)でパスポートを取得することが可能だ。またカリブ海の島国グレナダでは、その割合は80%に上るという。
カリブ海の小国アンティグア・バーブーダ
南太平洋の小国バヌアツも2015年から国籍投資スキームを開始。取得価格は15万ドル(約1,650万円)。バヌアツパスポートは欧州でビザなし渡航を可能することから中国人に人気だという。
バヌアツ地元ジャーナリストがBBCに語ったところでは、国籍販売による収入は同国外貨収入の30%を占めるに至っているという。
冒頭で紹介したように、中国は多重国籍を認めていない国。こうした国々で国籍を取得した中国人は、中国国籍を解消しなくてはならない。ただ実際のところ、当局は規制を強めているものの、中国籍を維持しつつ、外国籍を取得し、海外投資や移住を進める中国人は跡を絶たないという。
バヌアツでは中国人への国籍販売が拡大していることから、同国の経済は潤っているかのように思えるが、BBCが伝えるところでは地元民が恩恵を感じることは少ないという。また「主権を安売り」しているとの憤りを感じる国民も少なくないようだ。
コモディティ化しつつあるといっても過言ではない「国籍」。流動化しているのは間違いないだろうが、一方では世界各地では移民問題に関連して民族主義が高まるなどのカウンタームーブメントが起こっている。
そのようなせめぎあいがどのような決着を見るのか、今後目が離せないトピックといえるだろう。
[文] 細谷元(Livit)