なぜ、外資系エリート金融マンは瞑想ビジネスを起こしたか

TAG:

すり減る自分を感じる日々。外資系エリート金融マンとしての違和感

GoogleやIntelをはじめ、多くのグローバル企業がマインドフルネス瞑想を取り入れていることが話題になり、瞑想が一躍、世界的に注目を集め始めたのは、今から数年前のことだ。

禅に影響を受けた企業経営者としては、スティーブ・ジョブズが有名だが、なぜ、仏教に由来の瞑想がこれほどまでに多くの企業で取り入れられるようになったのか。

マインドフルネス瞑想にはさまざまな定義があるが、簡単にいえば、「いま、ここの現実をありのままに受け止める」という技術を、体験的に学ぶことだ。本来は仏教における修行のひとつとして始まったが、現在では社員の創造力や生産性を向上させることを目的に、多くの企業が社員教育として取り入れている。

日本でも、ヨガスタジオが瞑想プログラムを始めたり、体系的に瞑想技術を学ぶ講座が開催されたりしているが、そうしたなか、外資系エリート金融マンとして働きながら独力で瞑想ビジネスに乗り出した人物がいる。

今回お話を伺ったのは、早稲田大学を卒業後、外資系証券会社に就職。その後、先輩に誘われてヘッジファンドに転職という金融マンとして華やかな経歴を持つ橋本大佑氏。

彼が起業した背景には、瞑想ビジネスの可能性があるのはもちろんだが、なにより、自分自身が外資系企業で充実した日々を送りながらも、次第に消費され、すり減っていくなかで、必然的に瞑想へたどり着いたという実体験がある。

ヘッジファンドに転職してからも、お客から資金を預かり、株や債券などに投資して運用するのが主な仕事だった。周囲には優秀な人材も多く、緊張感とやりがいに溢れ、充実した日々を送っていた。

だが同時に、「日に日に、心が削り取られていく感じもしていた」と振り返る。毎日上下する株価の動きに、次第に心が疲弊してしまったのだ。しかしもちろん、仕事は目の前の山積みだ。自分だけ足を止めるわけにいかない。「ただ機械的に、日々の業務に明け暮れていました」 橋本氏はそう振り返る。

「日本の経済を動かす大企業の経営者にお会いしながら、毎日、経営戦略や経済環境について取材したり、財務分析を行ったりしていましたが、やがて、僕の心にこんな思いがよぎるようになりました。はたして、この人たちは本当に幸せなのだろうか、と」

彼らには権力も名誉もある。毎日、活力にあふれて働いている。しかし、本当に幸せと言えるのだろうか。

そもそも、自分自身も幸せと言えるのだろうか。そんな気持ちを抱えていたある日、友人のひとりが命を絶った。

「彼は、グローバルなラグジュアリーブランドのトップセールスでした。まだ30代でしたが、世界的にも名の知れた、優秀な人材だったんです。でも彼はうつ病を患っていました。僕はそれを知らず、最近は連絡も途切れたままでした。どうして自殺する前に相談してくれなかったのだろうという思いと同時に、苦しんでいた彼に何もできなかった自分を悔やみました」

以前から、健康やヘルスケアの分野には個人的に関心があり、自称“健康オタク”として、さまざまなエクササイズを試したり、体にいいと言われることは片っ端から挑戦したりしていたが、友人の自殺という経験が引き金になり、橋本氏は「心」というものに強い興味を持つようになった。

人生で何を成し遂げたいのか、MELON創業への決意

会社勤めをしながら心の研究を続けていたなかで、たまたま出会ったのがマインドフルネス瞑想だ。

瞑想を実践するうち、自分が何を求めて生きているのか、人生で何をなし得たいのか、少しずつ明確になってきた。

「もともと学生時代からビジネスを起業したいという希望がありました。父は保険会社のサラリーマン、母は小学校の先生という普通の日本家庭に育ったので、両親に『将来、起業したい』と告げたら、コンサバな父は『失敗するからやめておけ』といいました」

日本では、起業家の1/3が3年以内に事業をたたんでいる、というデータもある。最近では大企業がベンチャーやスタートアップと協業する事例が相次いでいるものの、それでも失敗する起業家は実際のところ、後を絶たない。

だが、マインドフルネス瞑想を実践する橋本氏は、瞑想をすればするほど、「たくさんの人に実践してほしい、日本にメディテーションカルチャーを根付かせたい」という気持ちが強くなった。

そして、メディテーションスタジオの起業を決意した。

「そもそも外資系に入社した時点で、常にクビは覚悟していました。なんといっても、アップオアアウトの世界ですから。会社勤めをしながら自分なりに瞑想スタジオのコンセプトを固めたり、アドバイザーをお願いしたい人たちにお会いしたりしていました」

起業を思い立って半年後、10年間務めた会社を退職。そして2019年4月、株式会社Melonを立ち上げ、東京の表参道と日本橋に瞑想スタジオをオープンした。橋本氏が37歳のときのことだ。

「Melonというのは、僕が作った造語です。メディテーションとサロンを掛け合わせ、このスタジオからメディテーションカルチャーを発信したいという思いを込めました」

開業して、現在、約8か月が経った。橋本氏は「想定通りの苦労と、想定以上のやりがいがある」と語る。

「大変なことは、自分の給料が出ないこと。今はインストラクター6名と業務委託契約を結んでいて、事務的な作業は学生インターン3名に手伝ってもらっています。自分の給料を出すまではいかないので、貯金残高が減っていく毎日ですが、あと半年くらいで給料を出せるようになりたいですね」

だが、その苦労を上回るほどのやりがいがあるのも事実だ。

「メディテーションカルチャーが確実に根付き、スタジオを起点にしてコミュニティができていく様子をみていると、この上なく、やりがいを感じます。共通の価値観を持ち、MELONのコンセプトに共感してくれた人たちが集まって、一緒に瞑想に励んでいる。心の通いあう温かい場所がオーガニックに生まれ始めているということがなによりうれしいですね」

道しるべにするべきは「誰のためのビジネス」なのか

退職前、瞑想スタジオを立ち上げると打ち明けたとき、反対した人もいた。それでも橋本氏が意志を貫いたのは、「自分自身、MELONのようなスタジオに通いたい」という気持ちが強かったからだそれだけ、橋本氏の頭のなかには、開業前からMELONのイメージが明確に固まっていたのである。

「マーケティングでは、『N1の分析をちゃんとやりましょう』と言われます。これは、実在する一人の顧客がどういうきっかけで心理の変化を起こし、購買行動にいたったのかを深掘りするもの。名前のわからない複数の顧客の最大公約数を探るのではなくて、名前がわかるたった一人の具体的な顧客を徹底的に理解することで有効な策を導き、拡大展開していくものです。

でも私はMELONを作り上げていく経験のなかで、このN1とは他の誰かではなく、自分自身に他ならないことを知りました。つまり、自分が本当に何を望むのか、何をしたいのか、徹底的に深堀りすることで、自分の目指すべき方向性が見えてくるとわかったのです」

橋本氏にとって「働く」とは何か、と尋ねてみると、「自分も他人も満足させること。両方がマッチしなければサスティナブルなビジネスにはならない」との回答がかえってきた。

自分が満足できずお客だけが満足している状態は続かないし、反対では、ビジネスとして成り立たない。両者が満足するビジネスを生み出してこそ成功と言えるのであり、そのためには「たった一人の自分」を心底理解することが、自分の道を見つけるのに役立つのだ。

経験こそ、想像力の原点

20代のうちから起業を志してはいたものの、具体的に何をするべきかほとんどアイデアがなかったという橋本氏。

実際に会社を作り、ビジネスを始めて思うのは、「20代のうちに興味の分野を広げ、たくさんの『点』を散りばめておいたことが、今になって役立っている」ということだ。

「スティーブ・ジョブズも話していますが、人生にはたくさんの『点』を打つことが大事。点の一つ一つはまったく関連性を持たず、それらが将来どんな役に立つのかわからなくても、多くの経験を重ねていくことが大事だということが、よくわかりました」

“健康オタク”としてたくさんのエクササイズやプログラムをみずから体験したことも、ヘッジファンドでアナリストとして多くの企業を分析したことも、トライアスロンに挑戦し、心身の限界まで挑んだことも、栄養学に興味を持って学んだことも、脳科学に関心をよせたことも、みんな、今のビジネスに役立っている。

そのほかにも昔から旅行が好きで、バッグパックを担いでの旅からリゾート地への旅行まで幅広く出かけていたことも、いろいろな国のカルチャーや風習を理解することに役立ち、それがMELONの雰囲気づくりに大きく貢献している。

そうやって経験している間は、それらにどんな価値があるのかわからなくても、やがて、点と点がつながり、線になる。そして線は面をつくり、もっと多面性を増して立体になる。

「経験こそ、想像力の原点。そして、その想像を実現できるかどうかは、どれだけクリアにイメージできるかにかかっていると思います」

想像力こそ、一人ひとりの価値になる。そして、それがブランドになり、市場での競争力を強めていくのだ。

「考えてみれば、瞑想も同じこと。瞑想は決して哲学的な理論ではなく、自分で体験し、体を通して理解していくものです。『読んで知っている』ことと『実践する』ことではまったく違う。MELONを通し、そうした体験を提供したいと思います」

現在、MELONを運営するうえでも橋本氏は「リアルの場」を大事にしている。

「クラスではインストラクターがガイドしています。他のスタジオでは音声ガイダンスを使うところもありますが、MELONではクラスのインタラクティブ性を大事にしていて、その場の雰囲気やレベル感に合わせながら、一人一人に合った瞑想スタイルを指導しています」

そもそも、橋本氏がこのビジネスに挑戦したのも、多くの人が「瞑想はいいよね」「マインドフルネスはいいよね」といいながらも、それが生活に根付いていないという現状が根源にあった。

「10年後か20年後に、瞑想やマインドフルネスがカルチャーとして根付いている状態にするためには、いま、一体何が足りないのだろうと考えたとき、『みんなが集まる場所がない』ということに行き着いたんです。

たとえばヨガスタジオやスポーツジムのように、みんながその場所に出かけて瞑想するという習慣化の仕組みがあれば、その問題を解決できるのではないか。また人のコミュニケーションがSNSなどのバーチャルな方法に偏ってしまっている現状から、よりリアルな人の温もりを感じられる場を作りたい。MELONを起業した背景にはそんな思いがありました」

ヘルステック領域で注目される「心」の研究

「健康」はさまざまな側面から関わることができる許容性の広いジャンルで、脳科学的な取り組みからテクノロジーによるアプローチまで、柔軟性に富んでいる。

「今後、健康やヘルステックの領域はますます重要性を増していくはず。特に、心の研究が進むでしょう」と、橋本氏は予測する。

「アメリカでは、瞑想はすでに文化の一端を担っています。ニューヨークやロスへ行って現地の瞑想スタジオを視察したり、向こうにいる知人に話を聞いたりしても、ティッピングポイントを超えてきたな、という感じがします。

2001年9月11日に起きた同時多発テロがきっかけで、アメリカでは癒しを目的にしたヨガや呼吸法が大ブームになったように、いま、多くの人が自分の目で世界を見ることの大事さに気づき始めている。そして、それをきっかけに瞑想を始める人が増えているのだと思います」

現在は、これまで常識だと思っていたことが、あっという間に覆る時代だ。民主主義はほころびを見せ始め、メディアで流された情報は信頼性が揺らいでいる。

そうした時代にあっては、「絶対的な正しさ」をむやみに信奉するのではなく、世の中に流行っているものはすべて暫定的であることを理解し、自分自身で客観的に物事を観察して、検証し続けることが必要だ。そしてそれは、瞑想そのものが持つ本質的な価値であり、意義である。

今後のMELONについて、橋本氏はこんな言葉でしめくくった。

「アメリカで見られつつある瞑想へのムーブメントは、確実に日本にもやってくるでしょう。そのとき、自分に何ができるか。もしかしたら瞑想本来の目的を遂行するには、テクノロジーを使ったVR瞑想などが役立つかもしれないし、もっと違ったアプローチが登場しているかもしれない。

いずれにしても、既存のやり方に固執せず、その時の信念にあったものを選んでいきたいと思います。

そして、MELONから日本にメディテーションカルチャーを発信したい。悩みや不安を抱えている人はもちろん、かつての僕と同じように、心のどこかに空虚さを感じている人や、心を麻痺させることでなんとか毎日を生き抜いている人にこそ、マインドフルネス瞑想を通して、一歩、立ち止まるゆとりを持っていただきたいですね」

取材・文:鈴木博子
写真:西村克也

モバイルバージョンを終了