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「紅白」という年末風物詩の裏で行われる視聴率合戦
年末年始のテレビでは多くの特別番組が放送されている。その中で最も有名なのは、大晦日の夜に放送される「NHK紅白歌合戦」である。
年末の風物詩としてすっかり定着しているこの番組は、全盛期には視聴率80%を超えたこともある怪物番組だった。テレビ全体の視聴率が下がっていると言われる今でも、視聴率は30%を超えている。
紅白・視聴率の変遷 社会実情データ図録 より
そんな「紅白」という絶対王者の裏では、民放各局が毎年工夫を凝らしてさまざまな番組をぶつけてきた。だが、紅白の牙城を崩すには至っていない。
そんな中で唯一、紅白と並んで年末の風物詩としての地位を確立しているのが、日本テレビで放送されている「笑ってはいけない」シリーズである。「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」の特番として大晦日の夜に放送されるこの番組は、多くの視聴者に長年にわたって支持されている。
今回放送された「絶対に笑ってはいけない青春ハイスクール24時!」は第1部(後6:30~9:00)が16.2%、第2部(後9:00~深0:30)が14.6%。10年連続で同時間帯の民放1位を獲得することができた。
近年、テレビの影響力が落ちている中でなぜこの「笑ってはいけない」シリーズはなぜここまで人気を獲得できているのだろうか。
シンプルだからこそ“笑える”、番組の企画
2019年12月31日に放送されたのは「絶対に笑ってはいけない青春ハイスクール24時!」である。ダウンタウン、月亭方正、ココリコというレギュラー陣が、高校を舞台にさまざまな仕掛けに巻き込まれることになる。
例年通り、次々に襲いかかる「笑いの刺客」を前に、レギュラー陣は笑いを必死でこらえようとする。もし笑ってしまったら、尻を棒で叩かれるという罰を受けることになる。
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで 公式Twitterより
たったこれだけの単純な企画が、なぜこれほど長年にわたって多くの人に支持されてきたのだろうか。
その最大の理由は、シンプルにして奥深い「笑ってはいけない」というルール設定にある。笑ったら尻を叩かれるというこの企画は、ダウンタウンの松本人志の発案によるものだった。プロデューサーの菅賢治はこの企画を聞いた瞬間、「この人は天才なんだな」と確信したという。
また、笑ってしまったら罰を受けなくてはいけないというのは実に単純で分かりやすい。すっかり大御所芸人の立場になったダウンタウンが、尻を叩かれて悶絶しているところを想像するだけでも、そこには痛快な面白さがあることが分かる。
しかも、それだけではない。実は「笑ってはいけない」というルール設定には笑いを増幅させる効果がある。真面目な会議が行われているときや葬式に参列しているときなど、絶対に笑ってはいけない状況で、ふとしたことで笑いが抑えられなくなってしまった経験はないだろうか。
パロディやブラックジョーク、計算された笑いの仕掛け
人は、やってはいけないと言われたことほどやってしまいたくなる性質を持っている。笑いはその最たるものだ。この番組で、絶対に笑ってはいけない状況に置かれているレギュラー陣は、誰よりも笑いたい状態にある。そこに「笑いの刺客」が襲いかかってくることで、彼らはついつい笑ってしまうことになるのだ。
さらに、笑いとは伝染力があるものだ。必死で笑いを我慢しているレギュラー陣の姿を見ていると、視聴者の方も思わず笑いそうになってしまう。「笑ってはいけない」というルールによって、出演者の笑いが増幅されると同時に、そのことで視聴者の笑いも増幅されるようになっているのだ。
もちろん、そこで笑いが起こるのは、「笑いの刺客」が繰り出すひとつひとつの仕掛けが面白いからだ。この番組では、笑いの刺客として芸人だけではなく俳優も登場する。普段ならバラエティ番組に出ないような大物俳優がキャスティングされることも多く、姿を現すだけで出演者と視聴者は驚かされることになる。
今回は、元SMAPの草なぎ剛、香取慎吾、稲垣吾郎の出演も話題になった。草なぎは、ブリーフ1枚の半裸状態で肩にカメラを担いで『全裸監督』の村西とおるのパロディネタを演じた。それ以外の2人も体を張ったパフォーマンスでレギュラー陣を翻弄した。また、加藤浩次や近藤春菜が『スッキリ!』のパロディ企画を行い、闇営業騒動をネタにする一幕もあった。
近年、放送内容の規制が進む中でこのような挑戦的な企画を行っているというのも、視聴者から信頼される一つの要因なのだろう。
年末感を感じさせない。バラエティを追求した姿勢
また、この番組のコンセプトを象徴しているのが、年越しの瞬間の演出だ。年をまたいで放送される番組では普通、年越しの瞬間にカウントダウンが行われる。だが、「笑ってはいけない」シリーズではそれが一度もない。視聴者の立場からすると、笑いながら番組を見ているうちにいつのまにか年を越していた、ということになる。
ここには「年を越すことよりも目の前の笑いの方が大事」という番組側のこだわりが感じられる。今の時代、バラエティ番組でも「役に立つ」とか「感動する」というような、笑い以外の要素が求められることが多いものだが、「笑ってはいけない」シリーズではひたすら笑いだけを追求している。そのストイックな番組作りの姿勢こそが、視聴者から熱烈に信頼されている理由だろう。
近年の「笑ってはいけない」シリーズでは、VTRの最後に番組全体をダイジェスト映像で振り返りながら、本物の歌手が自らのヒット曲の替え歌を歌う、という演出がある。笑いしかない番組なのだが、このパートだけは音楽の力でどこか感動的なものになっている。
膨大な時間と手間と知恵がかかっている「笑ってはいけない」シリーズは、1年の締めくくりにふさわしいスケールの大きいお笑い番組である。
文:ラリー遠田