年々増大する台風・ハリケーンの脅威

2018年9月日本に上陸し猛威を振るった台風21号、2019年9月観測史上最強クラスとして関東地方に上陸し千葉県に甚大な被害をもたらした台風15号。このところ台風の脅威が増大しているように感じるのは気のせいではないかもしれない。

海水温度の上昇にともない世界中で台風・ハリケーン・サイクロンの強度が増し、被害の規模や経済損失額が増大している。

特にインフラが整っていない開発途上国や新興国は脆弱性が高く、台風が起こる度に大きな被害を被っているのだ。

南国の楽園カリブ海。そこには多くの島国が点在しているが、近年脅威を増すハリケーンで毎年甚大な被害が発生。

ハリケーンとは大西洋と東太平洋で発生した熱帯暴風雨の総称。インド洋と南太平洋で発生したものはサイクロン、西大西洋で発生したものは台風と呼ばれ区別されている。

ハリケーンはその強度によってカテゴリ1〜5に分類される。カテゴリ3以上のものを大型ハリケーンと呼び、さらに風速39mph(約63キロ毎時)以上の場合、アルファベット順の名前がつけられる。

2017年9月にカリブ海で発生したカテゴリ5のハリケーン・マリア。プエルトリコ政府の公式発表では2,975人が死亡。一方、ハーバード大の試算ではその数は4,600人に上ると報告された。

ハリケーンの脅威が増大していることは、2つの指標から確認することができる。1つはハリケーンの数、もう1つはハリケーンの強度だ。

まずハリケーンの数に関して、ナショナル・ハリケーン・センターのデータによると、1900〜1909年のハリケーン発生回数は84回で、年間平均は8.4回。一方、2010〜2019年では136回となり、年間平均は15.1回。100年前に比べハリケーンの発生回数は2倍近く増加したことが分かる。


米フロリダ、ハリケーン・マイケルの爪痕(2018年10月)

一方、ガーディアン紙が伝えたEarth System Research Laboratoryのデータからは、ハリケーンの強度が100年前に比べて強くなっていることが示されている。

1900〜2018年まで毎年のハリケーンシーズンの強度を算出し比較したところ、1900〜1920年までの20年間でシーズンの強度が平均以上となった回数はわずか4回であったのに対し、1990〜2018年ではすでに16回に達しているのだ。

ドミニカ国、ハリケーン・マリアでGDPの224%の経済損失

2017年のハリケーン・マリアでプエルトリコとともに甚大な被害を被ったのがドミニカ国。実に国内の建物の95%が破壊され、または被害を受けたといわれている。

世界銀行の推計では、ハリケーン・マリアによる経済損失額は13億ドル(約1,400億円)と同国GDPの224%に達したという。


ドミニカ国、ハリケーン・マリアの爪跡

ドミニカ国は2015年に襲来したハリケーン・エリカでGDPの90%に相当する経済損失を被り、そこから再起しかけていた最中だった。

ハリケーンによる被害が年々増大し、国が存亡の危機に直面していることを実感したドミニカ国政府は、新たな国家戦略を策定し、同国を世界初の「ハリケーン耐久国家」として生まれ変わらせる取り組みを開始したのだ。

「ハリケーン耐久国家」とはどのような構想なのか。その詳細を紹介する前に、ドミニカ国の基本情報に触れておきたい。

ドミニカと聞くと野球が強い国というイメージがあるが、そのドミニカとドミニカ国とは別の国であることには留意が必要だ。野球が強いドミニカは「ドミニカ共和国」であり、英語ではDominican Republicと表記される国。

一方、今回フォーカスするドミニカ国はDominica、または正式にCommonwealth of Dominicaと表記される。両国ともカリブ海に位置しているが、その面積、人口、経済規模、また文化などはかなり異なっている。

ドミニカ共和国の面積は4万8,671平方キロメートルでエストニア(4万5,000平方キロ)やデンマーク(4万3,000平方キロ)と同等の大きさ。一方ドミニカ国の面積は751平方キロで、バーレーン(778平方キロ)やシンガポール(716平方キロ)と同じ規模だ。

人口規模もかなり異なっている。ドミニカ共和国の人口は約1,070万人。それに対しドミニカ国の人口は約7万1,000人。一番人気のスポーツでも、ドミニカ共和国では野球、ドミニカ国ではクリケットと、2国の違いがあらわれている。

経済構造では、ドミニカ共和国がアパレル・繊維、タバコ、医療器具、貴金属など比較的多様な産業が育っている一方、ドミニカ国はバナナ産業に多くを依存している点で相違がある。

ハリケーンに耐える国づくり、

このカリブの小国ドミニカ国はどのようにして「ハリケーン耐久国家」を目指すのか。


ドミニカ国首都ロゾー

この構想を担うのがハリケーン・マリアの襲来後に設立された政府機関「Climate Resilience Execution Agency of Dominica(CREAD)」だ。

建築基準の見直しから、農産品の多様化、地熱発電所の設立、医療機関の強化、交通インフラの強化など、年々強度を増すハリケーンの襲来を想定し、それに対応するための計画と実行を管轄。

2018年にドミニカ国国会で可決され、2019年に発効した「Climate Resilience Act(自然災害回復法)」にCREADの役割が明記されている。

建築に関しては、国際機関の支援を受け、強風に耐えられるよう屋根の傾斜をつけたり、釘ではなくスクリューを利用するなどのガイドラインが策定された。また、建築基準はカナダや英国の国際援助機関の助けを得て改定。

このほか電柱を地中に埋めたり、高潮にも耐えられるよう橋などの交通インラフの高さを上げたりといったプロジェクトが実施されている。CREADは、これらすべてのプロジェクトに関わり、完了までの責任を追うことになる。

またCREADは、ハリケーン耐久国家に向けた取り組みの1つとして、プラスチック利用の禁止を実施。

ドミニカ国では現在、収集されたごみは埋立地に埋められているがすでにキャパシティオーバーの状態になっている。

これ以上ごみが増えた場合、リサイクル場を建設する必要があるが、ハリケーンの襲来で機能しなくったり、破壊されるリスクが非常に高い。このことを考慮し、ごみを減らすことを促進しようとしているのだ。

農産物に関しては、里芋、山芋、じゃがいも、パッションフルーツなどの種が地元農家に配布され、バナナのみに依存しない農業の構築が進められている。

このほか民間でも「Resilient Dominica」などの取り組みが独自に進められており、トップダウンとボトムアップの両方向から「ハリケーン耐久国家」に向けた動きが進展している。

増大する自然災害の脅威に直面するのはドミニカ国だけではない。今後こうした動きは世界中で加速していくことになるはずだ。

文:細谷元(Livit