海洋プラスチックに海水温度の上昇、SDGs14番目の目標達成拒む大問題
SDGs14番目の目標は「海の豊かさを守ろう」というもの。しかし、海洋プラスチック問題や海水温度の上昇に起因する問題は深刻化する一方で、解決の目処は立っていない。
海洋プラスチック問題の深刻さを象徴するのが「Great Pacific Garbage Patch(太平洋ゴミベルト)」だろう。ハワイとカリフォルニアの間に位置する海域で、潮の流れにのってさまざま場所からプラスチックごみが集積している場所だ。
およそ1兆6,000億個といわれるプラスチックごみが集積、その重さは推定8万トン、面積は160平方キロメートルに上るといわれている。東京都八王子市の面積186平方キロに迫る広さとなる。
クジラやウミガメなどの海洋生物がプラスチックを飲み込み命を落としたというニュースは海外メディアでは頻繁に取り上げられているが、海洋へのプラスチック流出量が縮小したとの報告はいまだ聞かれない。
これまで世界のごみの大半を輸入していた中国が2017年にごみ輸入を規制。それ以降、欧米や日本などごみを輸出していた国々では、中国の代わりにインドネシアやベトナム、マレーシアに輸出するようになった。これらの国々では自国のごみ処理ですでに手一杯の状態。
輸入されたごみは焼却される場合もあるが、ほとんどは埋め立てられており、ごみ山をつくっている状態だ。埋め立て地からごみが河川に流出し、海に流れ込むケースも少なくない。
インドネシアのサンゴ礁地帯ラジャ・アンパットの近くに流れ着いた海洋ごみ
中国がごみ輸入を禁止して以来、東南アジアがその受け入れ先になるケースが増えているのだ。
東南アジアではごみが増えたことによる海洋汚染、さらには海水温度の上昇によって多くの場所でサンゴ礁の「白化」が進んでいる。もしこの問題が解決されなければ「海の豊かさを守ろう」というSDGs14番目の目標は達成が困難になるだろう。
サンゴ礁は海洋生態系の多様性を生み出す基盤になっているからだ。もし、サンゴ礁が死滅してしまった場合、魚類やタコ・イカなどの海洋生物が集まる基盤が失われ、漁業は大打撃を受けることになる。
しかし、サンゴ礁が有する価値や機能は人々が考える以上に大きなもので、その影響は漁業だけにとどまるものではない。
特に東南アジアは「コーラル・トライアングル」と呼ばれる広大なサンゴ礁地帯を有する地域。サンゴ礁の死滅は、多大な経済損失につながる可能性があるのだ。
サンゴ礁の白化
海洋生態系、世界一の多様性を誇る「コーラル・トライアングル」
「海のアマゾン」と呼ばれるコーラル・トライアングル。インドネシア、マレーシア、パプアニューギニア、フィリピン、ソロモン諸島、東ティモールにまたがる広大なサンゴ礁の三角地帯。
世界中で発見されているもののうち実に76%もの種類のサンゴが生息、またリーフフィッシュに関しては世界全種類のうち37%が生息しているという地球一多様な海洋生態系を有する海域だ。同海域の自然資源から漁業などで直接恩恵を受けている人々は1億3,000万人に上る。
インドネシア「ラジャ・アンパット」
このコーラル・トライアングル、海水温度の上昇によって死滅の危機に直面している。世界自然保護基金(WWF)は2009年に発表したレポートで、海水温度や酸性度の上昇によって同海域のサンゴ礁が破壊される可能性があると警告。
もし、この海域のサンゴ礁が死滅した場合、域内の食物生産は80%も減少するという試算を公開した。またサンゴ礁が失われた場合、コーラル・トライアングルを回遊するマグロやそこで産卵するウミガメにも負の影響が出るだろうとも指摘。
こうした危機感のもと開始されたのが域内6カ国よる「コーラル・トライアングル・イニシアチブ(CTI)」だ。当時のインドネシア・ユドヨノ大統領の呼びかけで、マレーシア、フィリピン、ソロモン諸島、パプアニューギニア、東ティモールが参加。
食糧安全保障、気候変動、海洋生態系の多様性問題に関するアクションプランの策定、プロジェクト実行や投資に従事。たとえば、ある地帯を保護区に指定し、そこでサンゴ礁再生の取り組みを実施するなどしている。
東南アジアのサンゴ礁地帯「コーラル・トライアングル」(CTIウェブサイトより)
しかし、政府機関のみが投資に携わる仕組みは非効率だとの指摘がなされ、より効果的にサンゴ礁の保全・再生を行うには民間投資も活用すべきとの声があがっている。これを指摘しているのが国連環境計画や国際サンゴ礁イニシアチブなどの国際機関だ。
サンゴ礁が生み出す膨大な経済価値、医療分野でも注目
国連環境計画と国際サンゴ礁イニシアチブなどは2018年10月に共同で「The Coral Reef Economy」レポートを発表。
同レポートは、コーラル・トライアングルとカリブ海のサンゴ礁地帯の経済価値を算出し、投資することでこの先どれほどの価値に変換されるのかを分析している。
分析対象となってるのは「漁業」「観光」「沿岸開発」の3分野。現在、創薬など医療分野でもサンゴ礁の価値が見直されているが、このレポートには含まれていない。
コーラル・トライアングルにおいてサンゴ礁の再生・保全に投資を行い、サンゴ礁が健全な状態を維持できる場合、そこから生まれる経済価値は2017〜2030年の14年間で、2,250億ドル(約24兆5,000億円)に達するという。年間換算では161億ドル(約1兆7,500億円)だ。
しかし対策が不十分でサンゴ礁の状態が回復しない場合、その額は1,880億ドル(約20兆円)にとどまるという。
同レポートのシナリオ比較では、サンゴ礁の健康状態を回復させ維持することで、およそ370億ドル(約4兆5,000億円)の差が生まれることが示されている。
カリブ海でも同様の分析結果が得られた。サンゴ礁の健康状態を回復させ良好に保てる場合、2017~2030年の14年間で1,080億ドル(約11兆7,000億円)の経済価値を創出する可能性がある。
一方、サンゴ礁の健康状態が回復しない場合、その額は730億ドル(約7兆9,500億円)となり、350億ドル(約3兆8,000億円)の差が生まれる。
カリブ海のサンゴ礁
カリブ海では海水温度の上昇によってハリケーンの強度が増し、域内の国々では被害損失が拡大傾向にある。損失を抑えるために建物の強度やデザインを改善するなどさまざまな対策が実施されている。そのなかでもサンゴ礁の再生を最優先に掲げる団体がある。
米国の環境保護団体ネイチャー・コンサーヴァンシー・カリブ支部代表のルイス・ソロザノ氏はブルームバーグの取材で、サンゴ礁とマングローブが暴風時の波を98%吸収できる可能性があると指摘した上で、ハリケーン対策においてサンゴ礁の再生が最優先に実施されるべきだと強調している。
サンゴ礁再生・保全の取り組みは、東南アジアやカリブ海だけでなく、ケニアで実施されるなど世界的な広がりを見せている。今後さらにこのモメンタムを強め、効果を高めていくには、民間企業や大学・研究機関・メディアなど多くのプレーヤーの関わりが必要になってくるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)