ビジネスモデルの構造を表すのに現在よく使われている「ビジネスモデルキャンバス」というフレームワーク。
ビジネスアイデアを可視化し、実行に移す際に有用な手段として使われているが、企業の社会的責任が大きく問われる今、そのバージョンアップともいえるビジネスモデルキャンバスが登場している。
「Triple layered business model canvas」と呼ばれる3層化したビジネスモデルキャンバスは、従来の経済的な価値に加え、環境的、社会的な面で、企業がどの様に利害関係者に影響を与えていけるのかをビジュアル化している。今回は、この3層化した新ビジネスモデルキャンバスを紹介する。
従来のビジネスモデルキャンバスの限界と、新キャンバスの誕生
そもそも、なぜこの3層化されたビジネスモデルキャンバスが生まれたのか?
それは、利益重視に基づいて形成された従来のビジネスモデルキャンバスが、現代に十分ではないという議論があったからだ。
アレックス・オスターワルダーが2008年に考案した元のビジネスモデルキャンバスは、バリュー・プロポジションと呼ばれる価値提案の概念を中心にしているものの、収益がコストを上回るように設計してビジネスを存続させることが目的だった。
つまり、ビジネスモデルで測定される価値の次元は、経済的価値のみであることが暗示されている。
現在よく使われているビジネスモデルキャンバス
この構想は、残念ながら今の持続可能な社会作りを目指す現代に適していない。企業も個人も、持続可能性を目指し貢献していくためには、社会的、環境的、経済的に持続可能でなければならない。
そこでアレクサンドラ・ジョイス、レイモンド・パキン、イヴ・ピノールの3名が作者となり、環境面と社会面の意義や問題を考慮して、従来のビジネスモデルキャンバスに2つのキャンバスを追加した新キャンバスを作成した。
つまり1層目は従来の経済面でのビジネスモデルキャンバスであり、2層目は環境面、3層目は社会面での各9要素でビジネスの構造を図る。
以下では、その具体的な要素をネスプレッソのコーヒーマシン・カプセルの例と共に説明した。
2枚目キャンバス:企業の環境面での価値
企業の環境的側面での価値を表す9つの要素は、以下の通り。すべての要素が環境的な面での要素と捉える必要がある。
1)機能的価値:機能的価値とは、提供する製品やサービスを、定量可能な言葉で表すこと。ネスプレッソの例では、40㎖のエスプレッソとなる。
2)材料:材料とは、提供する製品やサービスを生成する時に環境に影響を及ぼす、物理的な材料を指す。コーヒーの例では、二酸化炭素排出量の25%を占めるコーヒー豆、その6%を占めるパッケージングに使用されるアルミニウムが言及されている。
3)生産:生産は、提供する製品やサービスを生成する時に環境に影響を及ぼす、生産段階の工程のこと。ネスプレッソの例では、この欄に該当するのはカーボンインパクトの17%に相当するコーヒー豆の準備および粉砕、12%相当の包装カプセルの製造を意味する。
4)供給と委託会社:供給と委託会社は、この製品/サービスの生産活動に必要な環境面での供給が必要なものとその供給源を考える欄である。ネスプレッソの例だと、製品を作る機械だけでなく、工場で不可欠な電気と水も含まれる。
5)流通:提供されている製品/サービス発送の準備段階が終わると、様々な輸送方法によって流通される。流通で考慮すべき要素は、輸送の種類、移動距離、その包装も含んだ輸送重量や輸送量だ。
ネスプレッソの場合、海上輸送とトラック輸送が主で、二酸化炭素排出量の合計は4%となる。サービスプロバイダーの場合は、顧客訪問や書類郵送などが該当する。
6)使用段階:使用段階では、その製品やサービスを使用、メンテナンス、修理する時に環境に影響を与える要素を挙げる。コーヒーマシンが家庭やオフィスで使用するエネルギーは、カーボンインパクトの27%を占める。
7)終了段階:終了段階では、その製品やサービスに使用を終了する時に環境に影響を与える要素を挙げる。これは価値提供企業がその価値の終了時においても環境的に大きな責任を負うべきであるという拡大生産者責任の考えを反映している。
ネスプレッソでは、終了時リサイクルによって全行程のカーボンインパクトの2%が節約できるとレポートされている。
8)環境的ダメージ:環境的ダメージでは、この製品/サービスを使うことによりどれだけ環境に影響が及ぼされるのかを表す。
ネスプレッソでは、環境への影響は3つあり、材料、工業プロセス、流通に起因するものが約半分、コーヒーの農業と供給が4分の1以上、 約3分の1は顧客による機械の使用だった。
9)環境的恩恵:環境的恩恵では、この製品/サービスを使うことによりどれだけ環境に良い影響が及ぼされるのかを表す。ただ、人間の消費活動でここをプラスにできる活動や企業が残念ながら少ないため、ダメージに対する削減や節約を示すことにする。
コーヒーマシンの例では、スタンバイ時に消費するエネルギー量を減らすことにより、二酸化炭素排出量の9%を節約するように再設計された。
3枚目キャンバス:企業の社会面での価値
社会的な側面の要素は、利害関係者への価値を最大限に高める観点で設定されている。利害関係者とは主なもので従業員、株主、周りのコミュニティなどがあり、更に顧客、サプライヤー、ビジネスパートナー、政府や関連団体まで広がる。要素は、以下の9つだ。
1)社会的価値:社会的価値は、企業が企業として利害関係者にどのように恩恵を与えるかというものだ。ネスプレッソの例では、同社のミッションステートメントの食品や飲料を通じて世界をリードする栄養、健康、健康を提供することを社会的価値として解釈できる。
2)従業員:従業員要素は、組織で働く人の労働条件と個人の成長を表す。ネスプレッソの例では、従業員の病気の予防から仕事関連のストレス診断まで、生活の質の向上を目指す従業員健康プログラム等が該当する。
3)ガバナンス:ガバナンスとは、その組織の構造を表す。ネスプレッソの例では、株式市場に上場する大規模で多国籍な独立したビジネスユニットの一部であることや、経済的、環境的、社会的パフォーマンスを示す公開レポートが非常に透明なことが挙げられる。
4)地域社会とサプライヤー:地域社会とサプライヤーは、組織と業者さらにその地域社会との関係性を表す。ネスプレッソの例では、コーヒーの84%はレインフォレストアライアンスとのパートナーシップで開発されたAAAの持続可能な品質プログラムに参加した62,000人の農家からのものである。
5)社会文化:企業が貢献する社会文化は、多様性や説明責任などの肯定的なものから、不平等や短期的な考えの促進などの否定的な価値もあるだろう。ネスプレッソの場合は、個性の文化とサプライヤープログラムの責任文化が挙げられる。
6)到達の規模:到達の規模とは、チャネルや流通に沿ってこの組織が利害関係者と構築する関係の深さや広さを表す。時間と空間だけでなく、心理的、倫理的、文化的な観点からも考慮することができる。
対象企業は世界中の60か国以上で営業しており、店舗数は320以上、サプライチェーンの地元の農家にさまざまな教育プログラムとクレジットサービスを提供しているなどの到達範囲がみられる。
7)エンドユーザー:エンドユーザーは、価値を提供するエンドユーザーにどのように社会的価値を与え、生活の質に貢献するかを挙げる。ネスプレッソでは、コーヒーを飲む人に製品が提供する味、暖かさ、そしてカフェインによる促進効果を与える。
8)社会的ダメージ:社会的ダメージでは、企業としてどれだけ社会に影響が及ぼされるのかを表す。コーヒーでは、カフェインに中毒になる可能性や栄養価が低いことが挙げられる。
9)社会的恩恵:環境的恩恵では、企業としてどれだけ社会に良い影響を及ぼしているのかを表す。ネスプレッソの例では、主にコーヒー豆の農家に金融コースを与え、教育と個人の成長を提供している。
以上の2枚のキャンバスが追加し3層のキャンバスを網羅することによって、複数の形態の価値を生成し提供できるビジネスを表現している。要素の指標が各企業で均一にならないなどまだ課題はあるが、この2枚のキャンバスを作成し企業の環境的・社会的意義を考えるにはとても有効だろう。
資本主義が当たり前とされてきた20世紀の経済的成功を体現する従来のビジネスモデル。しかしそれが持続可能な社会を追求する21世紀に、必ずしも適応する保証もなければ必要もない。
時代の変化に沿ったビジネスの変化が肝心であり、それを体系化するビジネスモデルキャンバスも変化していくのは必然だといえる。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)