青い海の土地にできた、ニュータイプのコワーキング。宮古島市から見る地方コワーキングスペースの未来

11月のとある平日。宮古島に1週間滞在していた筆者は、原稿を書くためにパソコンを背負って作業スペースを探していた。

都内のように整った環境が溢れているワケではなく、スペース探しは難航。インターネットの海をさまよった末にたどり着いたのが、宮古島市役所下地庁舎の3階にある「宮古島ICT交流センター」である。


引用:アクティ部

足を踏み入れて驚いたのは、議会場を活用したコワーキングスペースだったこと。

そのユニークさから、宮古島ICT交流センターの山崎氏に、オープンの背景を聞いてみることに。すると、宮古島をはじめとした作業環境が整っていない地方が抱える「とある課題」が見えてきた。その課題を解決するための起爆剤として、宮古島にコワーキングスペースが誕生したのだ。

島民にICTを根付かせる。宮古島の議会場コワーキング

沖縄本島から南西に約300kmの場所にある、約55,000人が住む「宮古島」。2019年10月1日、島民にとって馴染みのないICT(情報通信技術)を島内に普及させるため、宮古島市役所下地庁舎の3階に「宮古島ICT交流センター」がオープンした。

施設には、「サテライトオフィス」「コワーキングスペース」というふたつの役割がある。


宮古島ICT交流センター HPより

サテライトオフィスは、ICT関連の企業3社が活用している(2019年12月2日時点)。

コワーキングスペースは、Web関係の仕事をするフリーランスに使われることが多い。2019年12月2日からは、法人会員の募集も開始した。

「宮古島ICT交流センター」の特徴は、本物さながらの完成度である議会場。それもそのはず、2005年の市町村合併により使われなくなった旧下地町役場(現宮古島市役所下地庁舎)の議会場を、そのまま活用しているのだ。

実際に利用し、全席電源完備、光ブロードバンドのWi-Fiが通っている環境に、文句のつけようがなかった。同センターのオープンについて、山崎氏はこう語る。

山崎「平成30年度に、総務省から『ふるさとテレワーク推進事業』による交付金を受け、宮古島市も投資をし、オープンが実現しました。SNSでは『使っていない自治体のスペースを有効活用すれば、無駄がなくなる』といった声が多くありましたね」

平成の大合併(※1)もあり、スペースを持て余している地方自治体も多い。しかし、自治体のスペースをそのまま別事業に活用するなんて、スムーズに話が進むのだろうか。

山崎「このセンターをどこに作ろうかという話になったとき、候補のひとつに挙がったのが、議会場でした。理由は単純。合併によって使わなくなり、もったいなかったから。

最初は賛否両論ありました。しかし、センター開設の予算を考えたら、壊すよりもリノベーションして使ったほうが安く済む計算になりまして。結果的に残すメリットが大きかったので、話し合いはスムーズに進みましたね」

議会スペースを再利用すると、宮古島市としては予算を抑えられる。島民としては島の歴史を残せる。利用者としてはユニークで面白い。こうして、三方よしが実現した「宮古島ICT交流センター」がオープンした。

八方ふさがりの問題を打破する起爆剤

3〜4年前に中国・台湾・韓国・日本国内からのクルーズ船の受け入れを決めた「宮古島」。大型クルーズ船が1日に2隻入ることも珍しくはなく、その際は一気に1万人の観光客が島に降り立つ。

そんな観光地に、なぜICTの拠点をオープンさせたのだろうか? 山崎氏は、その理由を「若者が希望する業種の雇用がほとんどなかったから」と話す。

山崎「宮古島には大学や専門学校がないため、若者のほとんどが進学のタイミングで島外に出ていき、そのまま島外で社会人として働く。このひと通りの経験を積んだあと、宮古島に戻りたいと思う若者がけっこういるんです。

ただ、戻ろうと思ったとき、観光関連の求人は多くありますが、若者が求めるIT職の雇用はほとんどありません。就職先の選択肢が狭いため、戻りたくても戻れないジレンマが発生しています」

デバイスやネットワークが発達した現代において、ITは人々の生活を支える基盤と言っても過言ではない。では、なぜそんな重要なIT職の雇用が宮古島で生まれていないのか。

山崎「雇用が生まれないワケは、島内のインターネット環境が十分に整っておらず、IT企業が進出しにくいからです。沖縄県が平成29年から島内に光ブロードバンドを整備しており、以前よりは不便さが解消されていますが、まだどこでもストレスなく繋がるわけではありません。観光客に人気の『伊良部島(※2)』を含めた2地区は、まだ沖縄県の光ブロードバンド整備事業での導入もされていませんね。

島内にはWi-Fiと電源がある環境自体少ないので、内地から来た企業や人が、内地と同じように働ける環境ではないのです。以前、出張で宮古島に訪れたIT企業の方は、パソコンを使える場所がないからと、1日中ホテルの部屋にこもっていたと聞きました」

IT企業が進出しにくく、雇用が生まれない。そのため、教育する側の人間もほとんど育っておらず、島民のITに関する知識は浅い。仮に学んだところで、結局仕事がない。このように、宮古島の課題は八方ふさがりだった。

この状況を打破する起爆剤としてオープンしたのが「宮古島ICT交流センター」だったのだ。

山崎「サテライトオフィスができれば、IT企業を誘致でき、雇用が生まれる。この目的から、サテライトオフィスがメインの、コワーキングスペースも含めた施設を作りました。

ただ、実際にオープンしてみると、コワーキングスペースを活用する個人の方も多くて。今は働き方改革でワークスタイルが変わりつつあるので、今後もコワーキングスペースの需要は高まっていくのではないかと思います」

“箱にWi-Fiをつけただけ”にならないよう、地方ならではの価値を創出する

宮古島にIT職の雇用を作るためにオープンした「宮古島ICT交流センター」には、もうひとつの目的がある。それは、企業×個人×島民の交流を促進し、地域住民にICTを根付かせていくこと。

山崎「島民は、ICTについての情報が少なく興味や関心が薄いように感じます。なぜかというと、それを利用しなくても、島内なら生活に大きく影響しないで生きていけるから。しかし、宮古島が次のステージに発展していくためには、島民の意識から変える必要があるのです。

意識を変えるには、島外から来た人の些細な言葉がきっかけになることもあります。例えば『これ便利だから使ってみて』のひと言が、島民をICTにグッと近づけてくれるかもしれません。一人二人の意識が変われば、波紋のように広がり、島全体の意識改革に繋がると信じています。

地方に来れば来るほど外から情報が入りにくくなるため、0の知識を1にする機会がなかなかありません。だからこそ、島外の企業や人のチカラを借りて、島民と交流しながら、ICTを根付かせていきたいのです」

島外から企業や人を呼んで、雇用を増やすこと。そして、島民にICTを根付かせること。これを実現するには、まず集客しなくてはいけない。山崎氏は「人をどう集めていくかについて悩む地方のコワーキングスペース担当者は多い」と言う。

山崎「人は自然発生するものではないので、集まる仕掛けを作らなければなりません。そのためには、その地方がどんな場所にあるのかをしっかり理解する必要があります。

例えば、富士山のふもとにコワーキングスペースを構える自治体の方にお会いしたとき、集客がなかなかうまくいかないと悩んでいました。窓ガラスの外には壮大な景色が広がっていて、環境はかなり魅力的です。しかし、東京から日帰りで行ける場所にあるため、コワーキングスペースを利用せずに帰ってしまいます。

そこで、東京都と大阪府のあいだにあることを活かして、関東と関西にオフィスがある企業の会議場所として訴求したらどうだろう、と。合宿で利用してもらうのもアリなのでは、という意見も出ました。

場所を理解し、プラスアルファの工夫をすること。これができれば、ただ箱にWi-Fiをつけただけではない、地方ならではの価値を創出できるのだと思います」

地方が抱える雇用やITリテラシーといった問題を解決するには、地方自治体に新しい風を吹かせなければならない。そのための“送風機”となるのが、コワーキングスペースやサテライトオフィスだ。

何気なく訪れた「宮古島ICT交流センター」だったが、地方のコワーキングスペースの未来を見た気がした。

(※1)平成の大合併:1995年に合併特例法が定まったことにより、2005〜2006年頃に増えた市町村合併の動き
(※2)伊良部島:宮古島から伊良部大橋にて繋がる離島

【「宮古島ICT交流センター」概要】
〒906−0304 沖縄県宮古島市下地字上地472番39 下地庁舎3階
TEL:0980−73−1067/営業時間:平日10時~17時(土日・祝祭日・年末年始はお休み)
宮古島市が運営するサテライトオフィス・コワーキングスペース。宮古島市役所下地庁舎3階の一部分をリノベーションし、2019年10月1日にオープンした。議会場はそのまま残してあり、コワーキングスペースとして利用可能。

取材・文:柏木まなみ

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