日本でも「ワークライフバランス」という言葉が聞かれるようになって久しい。ワークライフバランス施策を打ち出す企業は増えている印象がある。ただし、日本全体で見ると、ワークライフバランスを意識し、本格的に働き方を変える企業はまだ一部にとどまっているように見える。
こうした状況下、日本のワークライフバランスを取り巻く状況は、他の国と比較するとどのようになっているのかが気になる人も多いはず。
ワークライフバランスの国別比較分析に関して、米セキュリティ企業KisiやOECDの分析レポートが興味深い視点と議論のとっかかりを与えてくれる。
ワークライフバランスの都市別・国際比較、トップは安定の北欧諸国
オフィス向けセキュリティドア・クラウドシステムなどを開発するニューヨークの企業Kisiは2019年8月に「ワークライフバランス・都市別ランキング」を公開。20個の要素を総合評価し、世界主要40都市のワークライフバランス状況をランク付けしたものだ。
同ランキングでワークライフバランス指数が最大となったのは、フィンランド・ヘルシンキ。労働環境が世界でもっとも柔軟といわれるフィンランド、その評価を裏付ける結果といえるだろう。
フィンランド・ヘルシンキ
2〜10位は以下の都市がランクイン。2位ドイツ・ミュンヘン、3位ノルウェー・オスロ、4位ドイツ・ハンブルク、5位スウェーデン・ストックホルム、6位ドイツ・ベルリン、7位スイス・チューリッヒ、8位スペイン・バルセロナ、9位フランス・パリ、10位カナダ・バンクーバー。
一般的に生産性が高く、労働時間が少ないとされる国の都市がランクインしており、違和感はそれほどない。
下位にどのような都市がランクインしたのかも気になるところだろう。ワースト10は以下の都市がランクイン。
31位米・フィラデルフィア、32位シンガポール、33位米・マイアミ、34位米・クリーブランド、35位香港、36位米ヒューストン、37位米アトランタ、38位アルゼンチン・ブエノスアイレス、39位東京、40位マレーシア・クアラルンプールとなった。
東京のワークライフバランス状況が悪いことは周知の事実であり、ランキングで下位になることは想定範囲内だろう。この結果にもあまり驚かないかもしれない。
アジア都市のワークライフバランス・ランクが低い理由
Kisiのランキングで得られる興味深い点は、アジア主要都市の順位が一律低いことではないだろうか。特にマレーシアのワークライフバランス指数が東京より低いというのは驚く結果といえる。
マレーシアは日本でも移住したい国No.1に選ばれるなど「ゆったり」したイメージがあり、ワークライフバランスも取れているという印象がある。しかし、同ランキングが示すのは、それとは反対の状況だ。
マレーシア・クアラルンプール
なぜこのような結果となったのか、Kisiのランキングを構成する各要素を見てみたい。
前述したように、同ランキングは計20個の要素から構成され、各要素は大きく「労働負荷」「社会・制度」「住みやすさ」の3カテゴリに分類されている。
クアラルンプールの総合指数を下げている要因の1つが「労働負荷」カテゴリ内の労働時間に関する要素だ。
まず「1週間あたりの労働時間」では、クアラルンプールは46時間と評価対象となった40都市中最大。この要素だけで見ると、2位は44.6時間のシンガポール。東京は42.1時間で22番目だった。
一方、もっとも労働時間が少ないのはノルウェー・オスロで38.9時間だった。クアラルンプールの人はオスロの人に比べ、1週間で7時間ほど多く働いていることが示唆されている。
また「1週間あたり48時間以上働いている人の割合」で40都市中2番目となったこともワークライフバランス総合指数を押し下げる要因になっている。クアラルンプールの割合は22%。5人に1人以上が1週間あたり48時間以上労働している計算になる。
この要素で最大となったのはシンガポールで、その割合は23%だった。また、3位は香港と東京がそれぞれ20%と、アジアの都市がトップを独占する格好となった。ちなみにオスロやストックホルムでは、この割合は4%と非常に少ない値となっている。
クアラルンプール、香港、シンガポール、東京に共通するのは、まず欧米企業がアジア拠点を構え、そこで働くローカル人材の労働時間が長くなる傾向があること。
シンガポールの欧米系コンサルティング会社や金融会社では、夜中まで作業する社員は珍しくない。クアラルンプールも同じ状況になっているのかもしれない。
また最近では、これらの都市に進出する中国企業で働くローカル人材の労働時間も影響している可能性がある。「996問題」が取り沙汰されたように、中国企業には長時間労働の慣行があるためだ。
OECD諸国のワークライフバランス比較で分かるトルコや中南米の労働環境
Kisiのワークライフバランス・ランキングは、おもしろい視点を与えてくれるが、それのみを持ってして、ワークライフバランスが一番の都市はフィンランド・ヘルシンキで、最下位はクアラルンプールだとう結論には至れない。
対象都市が40都市に限られていること、またその計算方法やデータの正確性への疑問が残るからだ。
ランキングはあくまでも、あるトピックに関して、特定の視点を得て、新たな議論や仮説を導き出すものでしかない。それ自体が真実を示しているわけではないという点は留意が必要だ。
そういう意味で、ワークライフバランスの国際比較を行うのであれば、他の調査やランキングも参照すべきである。
OECDの「Better Life Index」では、Kisiのランキングにはないデータは示されており、別の視点を得ることができる。
Better Life IndexはOECD諸国のワークライフバランスを測る指標。分析対象は40カ国。それによると、現在の1位はオランダ。同国では1週間あたり50時間以上働く人の割合は0.4%と非常に低い。
オランダの都市はKisiのランキングで分析対象となっていなかったが、もし同ランキングの分析対象になっていた場合、北欧諸国を上回る順位になっていたかもしれない。
オランダのほかBetter Life Indexが高いのは、イタリア(2位)、デンマーク(3位)、スペイン(4位)、フランス(5位)、リトアニア(6位)、ノルウェー(7位)、ベルギー(8位)、ドイツ(9位)、スウェーデン(10位)など。
一方、Better Life Indexが低かったのは、オーストラリア(31位)、南アフリカ(32位)、アイスランド(33位)、チリ(34位)、イスラエル(35位)、日本(36位)、韓国(37位)、トルコ(38位)、メキシコ(39位)、コロンビア(40位)など。
週50時間以上働く長時間労働者比率は、OECD諸国のなかではトルコが最大。実に33%もの労働者が週50時間以上労働しているという。このほかメキシコが29%、コロンビアが27%と高い値を示している。オランダの0.4%とは雲泥の差となっている。
トルコ・イスタンブール
世界的にワークライフバランスを推奨する動きが強まっているが、これらのランキングからは労働の実態は国・都市ごとに大きく異なっていることが分かる。
制度や文化・価値観、さらには労働に対する考えが異なるため、アジアや中南米諸国が北欧諸国やオランダのやり方をそのまま真似してもうまくいくとは限らない。
しかし、これらの国々のワークライフバランスの評価がなぜ高いのかを熟考・分析することは、新しいワークライフバランス施策を考える上で大いに役立つはずだ。
文:細谷元(Livit)