このほど、英国ビジネス経済誌エコノミストの調査部門であるエコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)は世界113カ国を対象にした「食糧安全保障ランキング」を公開した。
世界が直面する人口増や気候変動、環境破壊など様々な課題を背景として、注目されているのが、この必要な食料を安定的に入手できる権利「食糧安全保障」だ。
飽食の国と言われる日本でも、食料の多くを輸入に頼る国として、その供給が揺らいだ時、私たちの食がどのように打撃を受けるのかは問題となっている。
同ランキングで1位となったのはシンガポール。
2〜10位の顔ぶれは、2位アイルランド、3位米国、4位スイス、5位フィンランド、同5位ノルウェー、7位スウェーデン、8位カナダ、9位オランダ、10位オーストリア、日本は21位とアラブ首長国連邦と同じ順位にランクインし、最下位はハイパーインフレに直面するベネズエラという結果だった。
近年、注目が高まるこの食糧安全保障ランキングはどのように分析されているのか、また上位国のアイルランドやシンガポール、そして最下位となったベネズエラの食糧安全保障はどうなっているのだろうか。
食糧安全保障を価格、入手の容易さ、品質でランキング化
食糧安全保障ランキング Global food secury index ウェブサイトより
EIUがこの調査を始めたのは、2012年のことだ。
世界保健機関、食糧農業機関といった国際機関からのデータにより作成されるこのランキングは、食糧安全保障への対応を迫られている各国政府や公的機関だけでなく、各国の食糧に関するニーズを明らかにすることで、企業にとってもビジネスの可能性を探ることができる有益な情報として活用されている。
ランキングの算出にあたっては、「価格の手ごろさ」、「物理的な入手のしやすさ」、「品質と安全性」の3項目のスコアに基づいて、総合点が100点満点で計算される。
「価格の手ごろさ」は、家計支出に占める食糧の割合、国際貧困ライン以下の人口の割合、一人あたりの国内総生産、農業輸入関税、農家の資金調達へのアクセス、「物理的な入手のしやすさ」では、食糧供給量、農業研究開発への公的支出額、農業インフラの整備、農業生産の不安定性、政治の安定性、政治腐敗の程度、フードロスなどが評価項目となっており、「品質・安全性」では、食材の多様性、ビタミンや鉄分などの栄養素の摂取状態、タンパク質の品質、食品の安全性が評価の対象だ。
ただし、このランキングはあくまで、価格の手ごろさなどを比較したもので、気候変動などの食料供給に影響を与えうるリスクファクターは考慮されていない。EIUはこのことを念頭に、リスクの程度と、それに対する対応力があるのかという視点を盛り込んだバージョンも作成している。
こちらのバージョンで1位となったのはアイルランド。2位フィンランド、3位スイスと続き、国土が狭く、低地で、食料自給率が低いシンガポールは12位に後退している。
2年連続一位、多様な食材が手ごろな価格で手に入るシンガポール
テクノロジーと政策で食糧問題に挑む都市国家シンガポール
総合ランキングで昨年に続いて、2年連続一位となった高所得国シンガポールは、国民の経済的格差が問題視されてはいるものの、輸入農産物関税が低いため、豊富で多様な輸入品が比較的手軽に購入できることが評価された。
しかし食糧自給率が非常に低いため、気候変動や災害で、輸入が途絶えるというリスクを抱えている。穀物はほぼ全てを輸入、肉や魚も9割近くが輸入であり、これまでも、干ばつや原油価格の高騰によって、輸入品の価格が高騰するといった事態は起きており、国内で危機感が高まっている。
その対策としてシンガポール政府は、輸入先の分散といった食料安全保障対策プログラムの策定や農業研究開発や農業ビジネスへの支援を進めており、この点も今回のランキングでは評価された。
国土が狭く、熱帯という気候ゆえ、生産に適さない農作物も多いのだが、テクノロジーを活用したハイテク農業スタートアップがこのところ生まれており、垂直に空間を活用する立体式野菜栽培システム「スカイグリーンズ」といった都市国家ならではの取り組みは、他の先進国にもモデルを示している。
安全で質の高い食料、リスク対応が評価されたアイルランド
レジリエンスに取り組む乳製品生産国アイルランド
2017年に初めてアメリカを抜いて1位となった国であるアイルランドは昨年よりシンガポールに首位を譲ったものの、2017年から追加された新しい分析項目「天然資源とレジリエンス」による修正をかけたランキングでは1位となっている。
「レジリエンス」とは聞き慣れない言葉だが、不利な状況に対応する能力と定義され、この分析項目においては、各国が気候変動、干ばつ、洪水、海面上昇、土地の劣化、海洋の富栄養化、自然災害、天然資源の枯渇といったリスクにどの程度さらされているかと同時に、リスクにどの程度の対応力を備えているのかが分析される。
この要素を加味した結果、12位へと大きく順位を下げたシンガポールに代わって、首位となったアイルランドだが、決してこの国が脆弱性をもたないというわけではない。
大規模な牧場を有し、ヨーロッパ屈指の乳製品生産国であるのだが、逆に牛肉と乳製品以外の多くの食料品は輸入に依存しており、輸入元の気象異常によりブロッコリーやレタスといったがスーパーマーケットから消えたこともあったという。
しかし、近年レジリエンスの向上を目指した取り組みが行われるようになりつつあり、コミュニティファームや、家畜飼育と作物栽培を組み合わせる混合農業の普及といった取り組みがクラウドファンディングの活用などにより進められている。
経済の破綻、内戦、政治の混乱による深刻な食糧不足に苦しむ国々
ベネズエラでは貧困と飢餓が深刻化している
逆にこの調査で食糧安全保障が危機的な状況にあると評価された国々では、政治の混乱と紛争により、人の生活の根源をなすといえる食糧の供給そのものが脅かされている状態だ。
内戦とサウジアラビア、UAEによる空爆でインフラが破壊された中東最貧国イエメン、内戦と経済制裁により世界最貧国の一つとなっているアフリカのブルンジに続き、最下位となったのはベネズエラ。
ハイパーインフレが続き、人口の9割が十分な食糧を購入できるだけの収入がないなかで、国外から寄せられる支援も、政権の混乱により困窮している人々の元までなかなか届いていないという。
かつて「南米一豊かな国」と呼ばれたことは、最近の報道で伝えられる数々のストーリーからはもはや想像できない。
パンを手に入れるために何時間も並ぶ人々、国民の多くは一年で10kg近く体重が減っているといい、子供達は慢性的な栄養不足や清潔な水の不足により伝染病で亡くなっている。かなりの数の国民が、食料や医療を求めて難民となり、国外へと逃れている状況だ。
本ランキングでは21位と比較的上位にランクインした日本だが、政策の失敗、食料生産地の天災や異常気象、輸送のトラブルなどで簡単に私たちの食卓は揺らぐ。
東日本大震災時の空になったスーパーマーケットの棚は記憶に新しいし、さらに記憶を辿れば、記録的な冷夏によって食卓から主食たる米が消えた「平成の米騒動」、そして日本においても戦後には孤児を中心に餓死者が多く出ていたのだ。
政府、研究機関、企業、農家が一体となった、国内生産、輸入、備蓄の総合的な食糧安全保障への取り組みが平時より強く求められているといえる。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)