アナログへと回帰する音楽業界ーー今カセットやレコードが再評価される理由

時代の変遷によってカセット、CD、そしてデジタルへと、音楽を聴く媒体は変化を遂げた。特に近年はSpotifyなどの普及もあり、ストリーミングで音楽を視聴することが一般的となった。

音楽会社やアーティストも、時代の潮流に合わせて楽曲の販売をデジタル配信のみに絞ったり、CDにノベルティーを付けたりと、ファンを取り込むべくさまざまな工夫を凝らしているが、最近媒体別の売れ行きに「変わった傾向」が見られるという。

全米レコード協会の報告によると、今年、CDの売り上げがレコードの3倍にも及ぶ勢いで急落している一方で、フィジカルでの楽曲リリースの3分の1以上を「レコード」が占めているという。アナログコンテンツへの支持が年々高まっているのだ。

さらに、音源だけに留まらずマーケティングまでもがアナログな手法に回帰している事例が見られる。今回は、今年話題になったアナログマーケティングの事例とアナログコンテンツのリバイバルヒットを深掘りし、さらにこのムーブメントの背景にある消費者の心理について考察する。

地下鉄に突如現れた「謎の広告」

今年6月、イギリス出身の人気ロックバンド「レディオヘッド」のボーカルでソロ活動も行う歌手のトム・ヨークがアルバム「Anima」を発売した際に展開したユニークなプロモーションが話題となった。

「アニマ・テクノロジーズ」と名乗る謎のスタートアップの広告が突如ロンドンの地下鉄の駅やイギリスの新聞「The Dallas Observer」や、ミラノの電話ボックス、東京の渋谷駅などに出現した。

ファンがツイッターに投稿したアニマ・テクノロジーの広告

その広告は「ドリームカメラ」という名の商品に関するもので、「あなたは見た夢を覚えていますか? 夢とは何にでもなれ、どこで何でもできる非現実世界ですが、朝目が覚めるとそれは霧のようにあっけなく消えてしまいます。しかしアニマはドリームカメラを発明しました。詳細は以下の番号に電話、もしくはテキストを。あなたの夢を取り戻します」というもの。

しかし、実際に記載されている電話番号に発信すると流れてくるのは、「アニマ・テクノロジーは業務停止を命じられました」という機会音声によるガイダンスと、トム・ヨークが昨年からコンサートで演奏している未発売曲「Not The News」のBGM。アニマ・テクノロジーのWebサイトは今でこそ通常運営されておりそこからアルバムも購入できるが、広告が表れた当時は「調査当局により押収されました」というメッセージが表示されるのみだったという。

アニマ・テクノロジーが発した謎めいたメッセージ、トム・ヨークの「Not The News」に関する議論はツイッターを始めインターネット上を席捲、ほどなくしてファンたちはトム・ヨークの新アルバム発売の告知に違いないという結論に行きついた。複数都市をまたいで行われたこのティザー広告は大きな話題を呼んだ。

新聞広告にファンへの手紙

同じくイギリス出身のバンド「コールドプレイ」も2019年11月に発売したアルバム「Everyday Life」のプロモーション施策として、いくつかの新聞の広告欄に小さな告知を出し、2枚組のCD「Sunrise」と「Sunset」になぞらえて月と太陽が描かれたポストカードをファン宛に送った。

クラシックなタイプライターで書かれたような手紙は「親愛なる友人たちへ。タイピングが上手じゃなくてごめんね」という出だしで始まり、愛嬌のある多くの誤字脱字とともにアルバムの発売を告げる内容だった。こちらも手紙を受け取ったファンの間でたちまち話題となり、新聞の広告欄やポストカードの写真がインターネット上を飛び交った。

ファンに届いたポストカード(コールドプレイの公式インスタグラムアカウントより)

ファンが手紙を受けとったタイミングで、コールドプレイはインスタグラムにクラシック音楽を演奏する様子のアニメーションを投稿。白黒の動画は古ぼけた写真風に加工されており、BGMとともにアルバムの発売日である「November 22 2019」の文字のみが表れるという内容だった。アナログとデジタルを横断した楽しい演出にファンたちは盛り上がった。

21歳の人気歌手もアナログムーブメントを後押し

冒頭では近年レコードの売り上げが伸びていると触れたが、カセットテープの人気も拡大している。2019年11月、イギリスのガーディアンは同国でカセットの年間売り上げ数が2018年の倍に相当する10万個を上回り、2004年以降、最高に達する見込みだと報じた。この流れはアメリカでも同様に見られ、カセットテープの売り上げは前年比23%アップ、約22万個売れたという。

2019年はアメリカのポップ歌手マドンナ、イギリス出身のバンド「the 1975」や「キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメン」など、さまざまなジャンルのアーティストが自身の曲をカセットテープで発売した。

中でも最も世間にインパクトを与えたのは、本年のアップルミュージックアワードも受賞し、今Z世代を中心に熱狂的な人気を誇る歌手ビリー・アイリッシュがデビューアルバム「When We All Fall Asleep,Where Do We Go?」発売の際、彼女のテーマカラーであるネオングリーン色のカセットをリリースしたことだった。その作品は、イギリス国内で2019年6月に売れたカセットテープ約36,000個のうち、最も売れたものだと言われている。

ちなみにビリーは2001年生まれの現在17歳、リアルタイムでカセットテープを経験していない世代である。だからこそ、ビリーの音楽を好む層にとってカセットテープとは音楽を聴くツール以上の価値を持つのかもしれない。


アルバムのLP版(左)と限定発売のカセット(右)。カセットは暗闇で光るギミックも(Billie eilish公式Webサイトより)

ファッションアイコン、そしてノスタルジアの対象としてのカセットテープ

より良い音質や視聴の手軽さを考えれば、デジタルに勝るものはない。レコードやカセットテープの何が今、若者たちを強く惹きつけるのか。

「今はカセットテープは音楽を聴くためというより、収集やSNS上でより映えるための媒体という側面が強い。アーティストやレコード会社は、売り上げを伸ばすためにCDやレコードに加えて、Tシャツなどのグッズと同じ感覚でカセットも発売する」と語るのは、HMVのジョン・ハースト氏。

音楽のストリーミングサービスは、セットリストをSNSでシェアできるような機能も備えているが、確かに”インスタ映え”を選ぶなら、カセットに軍配が上がるだろう。また、再生時にスマホ上の数タップで完結する動作と異なり、A面とB面をひっくり返したり、テープの穴に指を入れて巻き取ったりと、ひと手間かかるところも魅力として楽しまれているようである。

北米を中心に展開するファッションメーカー「アーバンアウトフィッターズ」が取り扱うレコード・カセット関連アイテム。テイラースイフトが2019年8月に発売した「Lover」のカセット版は同ブランド限定だ(アーバンアウトフィッターズ公式Webサイトより)

また、同氏によると、このブームが魅了するのは若年層だけに留まらないという。「カセットテープの購買層は25歳~60歳くらいまでと幅広い。人はみなノスタルジックに思いを馳せるのが好き。昔を懐かしむことのできるカセットテープが支持される理由はここにもある」とガーディアンに対して語る。

イギリスで2013年に始まった音楽イベント「カセット・ストア・デイ」も同ムーブメントの盛り上がりを象徴している。カセットテープで音楽業界を盛り上げることを目的としたこのイベントは、今や中国やインドネシア、アメリカにカナダ、そして日本と世界各国で毎年開催され、Z世代からX世代まで幅広い年齢層が参加する人気イベントへと成長している。

カセット・ストア・デイ・ジャパンの様子(公式Webサイトより)

ノスタルジックとファッション性やその味のある独特のクオリティが再評価されているという点では、「写ルンです」などのフィルムカメラやポラロイドカメラ、そしてプレイステーション、Xボックスなどのレトロゲーム機の世界的リバイバルヒット類似する部分があるだろう。

多くのサービスがデジタル化で便利になる一方で、我々はいつでも懐かしさや手仕事感に対する憧れも捨てきれずにいるのだ。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit

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