フリーランスのフォトグラファーであるクロカワリュート氏をご存じだろうか。名前は知らなくても、SNSでシェアされてきた色鮮やかな写真を見たことがある、という人もいるかもしれない。


自身のTwitterやInstagramに挙げられたポップでカラフルな数々の写真

#SugarMePop というハッシュタグが付けられたポップでカラフルな写真のシリーズは、彼のアイコンとしてSNSの枠をこえて広告業界でも認知され始めている。

“好き”を仕事にしたいという思いは誰しも持っているものだが、クロカワ氏はいかにして自分の“好き”を強みへと変え、仕事へとつなげたのだろうか。そこには、感性重視と思われているクリエイティブな仕事からは想像のつかないような細かな市場分析があった。

SNSを活用しながら、副業フォトグラファーを経て独立

——現在はフォトグラファーとして活動をされていますが、独立されたのは2019年6月ですよね。それまでのキャリアを教えていただけますか?

独立前の直近の職業はWebコンテンツなどをつくるディレクターで、その前はプログラマーでした。写真はもともと趣味の範囲で楽しんでいましたが、前職で「俺にも撮れるかも」と可能性を感じ、副業フォトグラファーとして活動をしていました。

そこである程度「写真を撮って対価をいただく」という経験ができたことは、独立の助けになりましたね。

——クロカワさんはSNS発で写真が知られるようになりましたが、SNSはいつごろから利用していましたか?

プログラマー時代からTwitterを使っていました。その頃はITにまつわる新情報やイベント情報をキャッチするのに活用していました。僕はTwitterについては情報を絞るようにしていて。

プログラマー時代には仕事に関連した情報に絞って発信していました。

その後、オウンドメディアのディレクターにシフトしていったタイミングで「もうプログラミングの情報を発信することはないな」と、趣味でコレクションしているスニーカーのことだけをツイートするようになったんです(笑)。

——思いきったシフトチェンジですね。フォロワーとの関係も変わったのでは?

そうですね。プログラマー界隈にいる一定数の人は離れていき、新たにスニーカーが好きな人がフォローをしてくれるようになり、微増していったようなイメージです。

写真を撮るようになってからは「スニーカーアカウント」から「写真アカウント」になり、またフォロワーの入れ替わりがありました。

——SNS運用で意識していることはありますか?

僕の場合、趣味でやっていることでも、常に仕事のスイッチが入ってしまいます。だから「このアカウントで認知を広げて、〇〇社と一緒に仕事できたらいいな」というように目標を立てていました。

ツイートする内容もブランディングの一環なので「クロカワっぽい写真」をより積極的に発信するようにはしています。

好き×シェア×ニーズ、を意識して生まれた「#SugarMePop」

——クロカワさんといえばポップで可愛い色合いの写真「#SugarMePop」が印象的ですが、このテイストを作った狙いは何でしたか?

自分の感情的な好き・嫌いに正直になって、好きな写真を撮って仕事にしていきたいなと考えました。「嫌いだけどお金になるから」という仕事のやり方をしなくていいように、最初から絞り込んだ作風づくりをしたんです。

具体的に考えたのは「自分の好きな写真」と「市場で求められる写真」、そして「市場に足りていないポジション」をとることです。

企業で何か事業を始めるときには、必ず市場や競合調査をして、差別化をしますよね。それと同じことを「フォトグラファー」に置き換えて考えました。

——とても戦略的に考えられたのですね。具体的にはどのように考えていったのですか?

好きな写真を考えたときにはモノクロ写真、フィルムで撮ったようなエモい写真、料理も好きだな、広告写真はもちろん好きで、物撮りも好きだしな……というようにたくさん浮かんできましたね(笑)。そこに今の「#SugarMePop」のような、シンプルでカラフルな写真、というのも含まれていて。

次に考えたのが市場である社会の動きです。僕は修業や経験を重ねてきたスタジオ出身のフォトグラファーではないので、SNSでブランディングをする必要があると考えました。

そこで「SNSではどんな写真がシェアされやすいか」を徹底的に分析したんです。フィルムカメラのような雰囲気のある写真が伸びやすいことがわかり、さらに人物を入れるなら、女性が写っている写真も反応がよいことがわかりました。

最後に、それをどう仕事にするか……と考えたときには、やはり予算が大きいところにアプローチする必要がありますよね。写真を扱う業界は広告、アパレル、飲食などたくさんありますが、広告業界の予算が圧倒的です。

では、SNSで伸びやすく、かつ広告写真として使ってもらいやすい写真ってどんなものだろう? そう考えた結果に生まれたのが「#SugarMePop」のカラフルな写真です。

SNSではスタジオで撮られた作り込みの強い写真が少なく、技術面のアピールもできます。また、広告は男性向けよりも女性向けに作られるものが多いので「かわいい!」と思える写真であることも必須。最後に一番意識したのが「モデルがかわいいだけの写真にならないこと」です。

広告の主役はモデルではなく商材のはず。モデルの魅力に頼りきりの写真では広告としてレベルが高いとは言えませんからね。

——確かに「#SugarMePop」はモデルにフォーカスせず、写真全体の雰囲気や小道具に目が引かれるものが多いですね。それも計算のうちだったとは……!

いくら好きでも、仕事につながりにくい作品ばかり撮ったり、他の人と同じフィールドにいても満足のいく仕事を獲得するのは難しいと思ったので、クライアントの目線に立って「使いたい・使いやすい」と想像してもらえるようなテイストづくりはとても意識しましたね。

前職のディレクターとしての目線が役に立ったかもしれません。

失敗したらやめればOK。とにかくやってみること

——クロカワさんのこうした戦略的な考え方は、応用できるものでしょうか?

ロジックとしては応用できると思います。僕自身、今のような作風以外にチャレンジするときにはまたこの考え方で戦略を練るでしょう。

ただ、このロジックに対してどんな人がやるのか、どんなモノが乗るかによってアウトプットは変わるはずですから、結局はやってみるしかないんですよね(笑)。

——失敗が怖くて動けないという人もいるのでは。

失敗が怖いというのはとてもよくある悩みだと思います。でも僕が思っているのは「失敗しても死なない」ってことで(笑)。

SNSを見ていると、みんなすごく自意識過剰になってしまっているなと思います。世界中から見られているかのように感じて、失敗したら恥ずかしい、二度と立ち直れない……と不安になってしまうのかもしれません。

でも、考えてもみてください。1年前にあなたが会社でしでかした失敗を誰かが覚えていますか? それを今でも責めてくる人はいますか? よほど迷惑をかけたなら覚えられているかもしれませんが、ほとんどの人は忘れてしまっているか、笑い話になっているのではないでしょうか。

SNSでも同じで、誰かがした失敗をいつまでも覚えていて笑う人はいませんし、そもそも気づいてもいないんですよ。僕自身、「#SugarMePop」を考える前にいろいろな試行錯誤をしていましたが、失敗したパターンはそっと消してます(笑)。

——クロカワさんも、初手からバズったというわけではないんですね。

もちろんです(笑)。何かにトライして、失敗しても誰も責めません。会社で何か失敗しても、よほどのことでなければクビにはなりません。やってみたいことがあるなら、どんどん挑戦してほしい。

新しい可能性を見出してくれる人が増えていく

——「#SugarMePop」で認知が広まりましたが、これからチャレンジしてみたいことは?

クロカワ:たくさんあります。独立してからはまだ半年しか経っていませんから、自分にどんなことができるかも探しているところなんです。

企業の方からお声がけいただいても、カラフルでも人物でもない撮影案件だったりして、「それは僕じゃなくてもいいのでは?」と思うことや「僕がやって何か価値を生み出せるだろうか?」とためらうことはあります。

でもチャレンジしてみると「こんなに面白くできるんだ!」と可能性がどんどん広がっていくのを感じることが多くて。

例えば、先日とあるスイーツビュッフェの商品撮影を担当させていただきましたが、「#SugarMePop」とスイーツはとっても相性がいいことがわかったんですよ。とにかくかわいくて(笑)。そういう気づきが面白いですね。

自分のテイストを絞り込むのは、それ以外の可能性を排除してしまうリスクでもあります。でも、その期間を越えると「ふっ」と可能性が広がっていくんです。僕はその面白さに気づいたところ。違う作風も模索しながら、どんどん新しい世界を見て行きたいですね。

取材・文:藤堂真衣
写真:大畑朋子