堀江貴文氏が取り組むロケット開発、前澤友作氏が計画する月旅行ーー実業家たちから注目を集める宇宙ビジネス。ここ数年で、人工流れ星を流す事業や、人工衛星で地球にメッセージを表示させる事業など、さまざまなビジネスが生まれている。
そして2019年10月31日、宇宙を広告媒体として捉えた事業を展開する「株式会社スペース・バジル」という会社が立ち上がった。宇宙空間を活用した広告会社は、世界初だという。
一般人視点で見ると、まだあまり身近に感じられない宇宙という壮大な存在。スペース・バジルの事業は、私たちにどのような影響を与えてくれるのだろうか。サービスの詳細や宇宙ビジネスの可能性について、株式会社スペース・バジル 代表取締役社長の尼崎勝士氏に話を伺った。
宇宙空間を活用した、オーダーメイドの広告ビジネス
世界で初めて宇宙空間を活用した広告事業を展開する、株式会社スペース・バジル(以下、スペース・バジル)。1964年に創業した総合PR会社・共同ピーアール株式会社の関連会社として立ち上がった。技術顧問には、超小型衛星の研究開発を行う、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻の中須賀真一教授が就任している。
そんなスペース・バジルが展開する事業は、「宇宙空間広告事業」「宇宙空間エンターテインメント事業」の2軸だ。事業には、中須賀教授が手がける長さ30cmほどの直方体の超小型衛星を利用する。
超小型衛星 CubeSat規格衛星「3U」(縦10cmx横10cmx高さ30cm)
宇宙空間広告事業では、宇宙空間を使って、クライアントの製品PRや企業ブランディングを行う。宇宙空間エンターテインメント事業では、テレビ局や映画会社、レコード会社、ゲーム会社などと協業し、宇宙空間を使って音楽、映像やゲームなどを制作する。
こうした宇宙での映像を、スマートフォンやパソコンといったデバイスで視聴する仕組みだ。
尼崎「世界で初めての取り組みなので、事業内容をイメージできない方も多いかもしれません。具体的な取り組み内容については、クライアントの希望に合わせて作っていきたいと思っています。100企業あれば100通りのプランが出来上がる。要は、完全オーダーメイドの広告ビジネスなのです。
例えば、スマートフォンのPR。超小型衛星にスマートフォンを乗せて、宇宙での様子を映像配信すれば、「どんな空間にも強い、耐久性のある商品」というイメージ付けができます。宇宙空間そのものと、企業や製品を掛け合わせるため、誰もやったことがないブランディングやPRが可能なのです」
コストを抑えられる超小型衛星事業のポイント
未だかつて存在していなかった、地球を超えて展開される大規模なビジネスーーなぜ、実現したのだろうか。尼崎氏は、「超小型衛星を使っていること」が事業のポイントだと話す。
尼崎「中須賀教授が研究開発を行う、超小型衛星を活用します。超小型衛星を使う大きなメリットは、コストが高くないこと。クライアントが希望するオーダーの内容によって費用はピンキリですが、基本的に2、3億円から実現できるので、一般企業向けにサービスとして提供することが可能になりました。
超小型衛星ですが、性能についても心配ありません。1時間半で地球を一周し、1年半程度の間、宇宙を飛び続けます。1年半程度の期間にわたり、宇宙からPRできると考えたら、費用対効果は高いといえるのではないでしょうか」
スペース・バジルの事業は、技術顧問として中須賀教授を迎えたことにもポイントがある。
尼崎「中須賀教授は、超小型衛星の第一人者といえる人物です。2014年6月から実施された、ハローキティが宇宙からメッセージを贈ったプロジェクトにも、教授が大きく関わっていました。最先端の研究を行う教授と組むことで、常に最新技術が搭載された超小型衛星を導入できます。
今の衛星が完成形ではなく、今後も研究は進み、どんどん進化していくでしょう。そのため、宇宙空間でできる広告施策は増えていくと思われます。まずは、2020年の春を目処に、最初のプロジェクトをスタートさせる予定です」
クリーンルームで超小型衛星を制作している作業風景
広告媒体の選択肢として「宇宙空間の広告」が選ばれるように
尼崎氏は、アーティストとして音楽活動をしたあと、エンターテインメントプロデューサーとしてキャリアを積んでいる。『You are the only』(小野正利)や『夏の日の1993』(class)など、いくつものヒット曲を生んできた。
音楽業界で名を馳せた尼崎氏が、なぜ宇宙を扱う会社を立ち上げることになったのだろうか。その理由を伺った。
尼崎「ひょんなことから中須賀教授と出会い、宇宙に関する話を聞かせてもらったとき、宇宙の面白さと可能性を感じてワクワクしたからです。エンターテインメントと一緒で、夢があるビジネスだなと思いました。
そうして頭のなかに浮かんできたのが『宇宙とエンターテインメントを融合したサービスを作りたい』という考え。そこで、中須賀教授が開発する超小型衛星を使ってビジネスを実現しようという話になり、スペース・バジルが誕生しました」
広告事業を展開している理由に関しては、「新しい広告媒体を作りたいから」だと言う。
尼崎「世の中には、テレビや雑誌など、さまざまな広告媒体があります。メジャーな広告媒体でのプロモーションは似たり寄ったりの場合も多く、億単位の予算を割いても大きなインパクトを残すことは難しいでしょう。
でも、宇宙であれば同じ規模の予算で、世界からも注目されるような広告が作れます。だからこそ、広告媒体を選ぶときの選択肢として、『宇宙空間の広告』が当たり前に入る世界を作りたいのです」
夢もインパクトも可能性もある宇宙ビジネス。ただ、必ずしも成功するとは言えないのが現状だ。スケールが大きいゆえ、うまくいかなかったときのリスクも大きい。
尼崎「宇宙ビジネスの支払いは、全て前払い制です。費用の一部を最初に収めて、残りをプロジェクト後に……といったシステムでもなく、見積もり書に記載されている全額を事前にお支払いいただかなければなりません。
しかも、いざプロジェクトをスタートさせてみて、思い描いていた通りに進むとは限らない。宇宙は、地球上のビジネスと比較すれば、まだまだリスクが大きいビジネスなのです。
ただ私は、そのリスクを抱えても、宇宙でのプロモーションは魅力的だと思います。だって、宇宙は人々の心を惹きつけるし、話題になるから。『多少のリスクを背負っても、宇宙のロマンにかけたい』と考える企業様と一緒にお取り組みができたらうれしいですね」
今は、宇宙ビジネスに取り組むだけで、メディアに取り上げられる可能性が高い。そう考えると、万が一、失敗しても十分なPR効果が得られるはずだ。リスクはあるが、取り組むこと自体に意味があるのではないだろうか。
広告枠ではなく夢を売る。宇宙を身近に感じる未来
宇宙について語る尼崎氏は、終始“ワクワク”というキーワードを発していた。そこで、尼崎氏が感じる「宇宙の魅力」について聞いてみた。
尼崎「宇宙が秘めている可能性は無限大です。ほぼ未開拓だから、何が待ち受けているか分からない。
もしかしたら、動画を配信している途中にUFOに遭遇して、宇宙人と出会えるかもしれません。ただ映像を撮影するだけならCGでもいいと思いますが、私たちのサービスは、リアルタイムで“本物の宇宙空間”が見れるからこそ面白い。クライアントの超小型衛星が、世紀の大発見をするかもしれないのです。そう考えると、宇宙ってロマンがありませんか?」
最後に、スペース・バジルが事業を通して実現させたい未来について伺った。
尼崎「広告やエンターテインメントは、人々に夢を与え、時に熱くさせる力をもっています。そんな広告やエンターテインメントと『宇宙』を結びつけることによって、人々にさらなる夢やパワーを与えられると思うのです。
ただ、普通に生活していると、宇宙が遠い存在に感じるかもしれません。そこで私たちが、宇宙からリアルな映像を届けることで、宇宙を身近に感じてワクワクしてもらう。そのためにも、ただの広告枠を売るのではなく、夢を売っていくという意識でいたいと思います」
宇宙に面白さと可能性を感じ、宇宙空間を活用した広告ビジネスを実現させた尼崎氏。「本物の宇宙をリアルタイムに視聴する。それを広告やエンタテインメントを通して、当たり前にしていく」という話を伺い、宇宙という存在が一般人の生活に馴染む日も近いと感じた。
スペース・バジルが、まだ誰も知らない宇宙へと連れて行ってくれるのを心待ちにしたい。
取材・文:柏木まなみ
写真:西村克也