終身雇用や年功序列といった制度の維持が困難となった今、ビジネスパーソンは主体的にキャリアや働き方を切り開いていく必要に迫られている。しかし日本は詰め込み教育を基本としており、考える方法を学ばず、上手く道を自分で選択できない人も多い。
近年、自らの意思で選択し、決断するまでをサポートしてくれる「コーチング」という技術が注目されてきている。
日本でも注目が集まりはじめているこのコーチングについて今回お話を聞いたのは、パーソナル・コーチングサービス「mento(メント)」を運営する、株式会社ウゴクの代表取締役のである木村憲仁氏。
キャリアや生き方に悩むビジネスパーソンは、コーチングによってどのような力を得ることができるのか。木村氏に詳しく話を聞いた。
コーチングとは、対話を通して自分で答えを出すコミュニケーション技術
コーチングとは、コーチが問いかけて聞く対話形式によって、コーチを受ける人自身が答えを出し、それによって行動が変わるコミュニケーション技術である。
自分の頭で考えて出した答えのため、納得感があり、行動する力が生まれると木村氏はいう。
木村 「同じ答えだったとしても、自分が考えて結論を出すのと、他者にアドバイスとして与えられた答えだと、まるで納得感が違います。そして納得しているからこそ答えを出した後の行動力が引き出されます。
あくまでコーチはクライアントが潜在的に考えていることを引き出す役割です。そこが普通のコミュニケーションと違い、アドバイスは基本的にしないというスタンスで接してくれます」
SNSを中心にコーチングの話題は増えてきているが、実際にコーチングを受けるにはまだハードルが高いのが実情だ。初めて受ける人はどういったコーチを選べばいいのか分からず、また適正な価格帯も把握できない。
このようなコーチングを取り巻く課題を解決するために、木村氏が運営するパーソナル・コーチングサービス「mento(メント)」は開始された。mentoを利用して、コーチングに興味のある人が手軽に受けられるようになってほしいと、木村氏はいう。
木村「mentoではコーチングをしてくれるプロのコーチと、コーチングを受けたい人とのマッチングサービスとして、個人・法人の方にサービスを提供しています。コーチになるには国家資格などが必要なわけではないので、誰でも明日からコーチを名乗ることはできます。
そのため熟練のスキルのあるコーチもいれば、情報商材を売るためなど、別の目的のためにコーチを名乗っている人もいて、玉石混合の市場となっているのが実情です。そのため我々mentoはトレーニング歴や経験値、そして実技を確認して審査し、ふるいにかけた質の高いコーチだけを集めています。
またコーチングを受けたい人たちが初めてコーチを選ぼうとする時、どう選べばいいのか分からない人がほとんどです。そのためmentoではプロフィールや話したいテーマなどをいただいて、最適なコーチをレコメンドします。
また相性などの問題もあるので、初めての場合は体験価格で1時間3,000円から手軽にコーチングを受けることができ、合わなければ何回でも他のコーチを試してもらえるようにしています」
コーチングのニーズは年長のエグゼクティブ層からミレニアル世代の会社員へ
これまで企業などでコーチングを導入する時は、経営者や経営幹部などを対象としたエグゼクティブ・コーチングが主流であった。しかしmentoでは主にミレニアル世代である、30才前後の人たちがコーチングを受けているという。
木村 「mentoでは主に平均30才前後の男女両方の方々に使われています。また利用者の多くは会社員で、キャリアや生き方などをテーマにコーチングさせていただくことが多いです。
これから先、自分の人生を長いスパンで捉えた時に、自分の生き方が正しいのか、またこの先何を目指して頑張っていくのがいいのかなど、中長期的で、抽象度の高いテーマに対して、自分なりの答えを見つけてきたいクライアントの方が多く利用しています」
また30才前後の時期は、誰でも人生の不安が高まる”クオーターライフクライシス”に陥るため、コーチングのニーズが高まっている可能性が高いと木村氏は述べた。
木村「クォーターライフクライシスという、30才前後で、今までは若さで通していた時期から20代後半に入り、人生の不安が高まる時期が存在するそうです。海外では実際に研究が進んでいます。
今までのコーチングの市場は30才前後よりも高い世代、30代後半から50代くらいの人達に主に提供されていました。しかし今はクォーターライフクライシスを迎えた人達からの需要も高まってきていると思います。
クォーターライフクライシスは日本の論文ではないので、日本の社会で本当に再現できるのはまた別の話ですが、30才近くになって多くの人が自分の人生に漠然と悩み始めるという肌感は誰しもが持っていのではないでしょうか。
mentoのクライアントさんの7割くらいが初めてコーチングを受ける人です。その人たちは受けたいと思っていたけれど受けたことがなかったり、コーチングのことを初めて知った人が多かったりします。今までコーチングを受けたことがなかった人達が動き始めています」
ビジネスパーソンがコーチングを通して得られるもの
mentoを利用する人の中には仕事の悩みを持っている人が少なくないと木村氏はいう。ミレニアル世代が持つ仕事での悩みに対して、コーチングはどのような作用があるのだろうか?
木村「クライアントの方がコーチに相談したい内容として、仕事の具体的な悩みも多くあります。ただ仕事の悩みは本質的な問題の通過点であることが多く、自分が抱えている本当の課題や成長すべきところ、逆にストロングポイントを見つけ出していくなど、自分の気付いていない面と向き合っていく形になります。
また会社で働いていても、上司に自分のキャリアなどについて、相談することができない環境が一般的です。向き合ってくれる上司がいてくれたら良い環境ですが、できたとしても、上司のアドバイスは一情報でしかなく、自分がその答えに納得できるかどうかはまた別の問題です。受けたアドバイスに納得することができなければ、自分自身を行動させるまでの力はありません。
身近な上司などに相談しても解決できない理由は、利害関係があるからです。上司や同僚など一緒に働いている狭い世界の中で感じやすいことですが、その上司の価値観の中で指し示された方向に対して自分が納得できない、という話だと思います。利害関係のない第三者であるコーチと対話し、最終的に自分が出した答えで決断をしていくから、自分の意志が生まれます。これがコーチングの支持されている要因だと思います」
またmentoでは個人のビジネスパーソンにとどまらず、企業向けのサービスも提供しており、直近では株式会社メルカリで、ミドルマネージャーを対象としたプロのコーチとの1on1セッションを研修として導入している。
マネージャー層にコーチング研修を導入する理由として、オーナーシップをいま以上に発揮してほしいという企業のニーズがあると木村氏はいう。
木村「企業の方がマネージャーにコーチングを受けてもらい、期待していることの一つは、オーナーシップを発揮してほしいということです。これは研修を導入させていただいて、やりながら分かってきたことです。
多くのマネージャーは、今までは個人で成果を残せば良かったポジションから、人を率いて成果を残すポジションに変わります。
今までとは違う戦い方で人に動いてもらえるように、人を動機づけていく存在であることがマネージャー、リーダーに求められている能力です。オーナーシップを発揮してもらうために、まずはコーチングで個人での意思を、仕事の中でどんな価値を出したいのかを明確にしてもらいます。そしてそこから能力を引き出すことが期待されています。
また、新しくマネージャーに任命された時や、転職や部署を移動した時など、環境が変わって新しいポジションに自分を適用させなければいけない状況があります。その時に経験学習をどんどん回してもらいながら、いち早くその環境でパフォーマンスが出るようになってほしいという期待をしてコーチングを導入される企業の方は多いです」
mentoはコーチングによって豊かさの再定義をしていく
最後に木村氏には、mentoでコーチングサービスを提供することによって実現したい未来について話を聞いた。
木村「我々は豊かさの再定義をしたいと思っています。どういうことかというと、これまでの幸せの定義は旧来的な価値観にもとづいていて、お金をしっかり稼いで、社会的に地位があって、家庭を持って、というようにテンプレート的な幸せであって、いかにそのレースで勝ち抜くかが重要だったと思います。
しかし今、幸福とはそういうものではないことにみんな気付き始めています。自分がどうあるのが幸せか、ちゃんと言葉にして、それを実現するように行動をしていくことが重要です。自分にとって価値の高いものは何なのかを分かっていて、そしてそれを元に自分で人生を選択している状態がとても豊かな人生だし、それを実践している人達が多い社会が豊かな社会だと思っています。
国連の関連機関の調査では、日本は先進国の中でも主観的幸福度が最下位で、ウェルビーイングではない社会だといわれています。こんなに経済的に発展していて、暮らしやすい国に住んでいるのに、人々が不幸を感じる。これこそが日本社会の抱える課題の根源だと思っています」
自分で考えて決断すること自体が幸福感に繋がることは、研究などからすでに分かっていると木村氏は述べた。
木村「人生の幸せはお金でも学歴でもなく、『自己決定』であることは、神戸大学の統計調査などでも明らかになっています。
経済的に豊かな暮らしをしていても、やらされていてる状況や、本当はやりたくないことに従事している状態は、健康を阻害し、幸福度を下げる要因になります。そのため自分自身が何を大切にしているか、何を大切にしていきたいかが明確になっていれば、それに沿っているかが判断できるようになり、行動を変えて自分を幸福な状態に近づけることができます。
誰しもが当たり前のように必要とした時にコーチングを受けて、自分だけの幸せを見つけて、豊かに暮らしている状態というのが、mentoの目指している世界観です」
コーチングの対話は、コーチからアドバイスをすることはなく、答えは必ず本人に見つけてもらうのが大きな特徴だ。自分の頭の中から出た答えだからこそ納得感があり、目標に向かって行動が促される力を持つ。
旧来の価値観や制度がスピーディに変化していく時代に、コーチングは揺らがない自分軸を持つサポートを提供してくれる。キャリアや生き方に対して不安を感じているならば、コーチという併走者を探してみてはいかがだろうか。
取材・文:片倉夏実
写真:大畑朋子