2018年9月、積水ハウスは男性に育児参加を促す育児休業制度「イクメン休業」をスタート。対象となる社員に1カ月以上の育児休業取得を推進し、最初の1カ月は有給とする制度だ。代表取締役社長である仲井嘉浩氏自らが主導し、制度発足から1年が経過した2019年8月末時点で、対象者全員がイクメン休業の取得を完了した。

仲井氏が男性育児休業の着想を得たのは、スウェーデン視察がきっかけだった。
スウェーデンでは、男性は最長3カ月間、育休を取得できる。また、世帯単位ではなく個人単位に課税することで女性の経済的自立を促進するなど、男女間の差を埋める仕組みを整備している。

今回、男性育児休業に取り組む仲井氏(以下、敬称略)と、その着想の地、スウェーデンの大使であるペールエリック・ヘーグベリ氏(以下、敬称略)との対談が実現。ジャーナリストの治部れんげ氏(以下、敬称略)が聞き役となり、ヘーグベリ氏から見た日本の問題点や、両者が考える男性育休取得を推進するために気を付けるべきポイントについて語られた。

日本の男性育休取得率は1割未満。理想と現実のギャップを埋めるには?

積水ハウスをはじめ、男性育休を推進する企業は増加傾向にある。厚生労働省も、2010年からイクメンプロジェクトを始動し、その取り組みを続けている。
男性育休の気運は高まってきているように思えるが、実際はどれだけ浸透しているのか。

積水ハウスが小学生以下の子どもを持つ20~50代の男女9,400人を対象に実施した調査内容をまとめた「イクメン白書2019」では、衝撃的な事実が明らかにされている。

調査対象者のうち、1日以上育休を取得した男性は9.6%。1割にも満たない数字だ。
一方で、8割以上の男女が男性の育休取得に賛成すると回答しており、理想と現実が大きく乖離していることがわかる。

ただ、価値観が変化する兆しは見えている。男性に「自分はイクメンだと思うか」、女性には「夫はイクメンだと思うか」という質問に対し「YES」と答えたのは50代が約34%、対して20代は約61%と、倍近い差がついた。若い世代ほど、男性の育児参加が当たり前だと考えているようだ。

しかし、若手だけで育休取得を推進することは難しく、政府や経営者など、仕組みを創る側の働きかけが不可欠だ。では実際に、積水ハウスやスウェーデン政府はどのように男性育休制度を推進し、普及させてきたのか。

社員の家庭を幸せにしたい――その一心で男性育児休業をスタート

治部:まず、積水ハウスとして男性育休に取り組んだきっかけを教えてください。


積水ハウス 代表取締役社長 仲井嘉浩氏

仲井:昨年、スウェーデンのストックホルムを視察したのがきっかけです。ミーティング後に少し時間が空いたので、近くの公園に行ってみたんです。園内にはベビーカーを押している方がたくさんいたのですが、そのほぼ全員が男性でした。これには本当に驚きました。

その日のうちに、スウェーデン政府の関係者に疑問をぶつけたんです。なぜこれだけ男性が育児に参加できているのかと。
すると「スウェーデンでは男性が3カ月育休を取るのは当たり前。日本は遅れているね」と言われたんですね。その言葉を受けて、なるほど、制度を整えればいいのかと。

日本に帰ってから、スウェーデンと同じように3カ月間の育休を取得できる制度を作れないかと人事に相談しました。彼らが調査した結果「全員が3カ月間育休を取ると売上に影響するかもしれないが、1カ月なら問題なさそうだ」という報告があがってきました。そこからすぐ、男性育児休業制度の実施に向けて動き始めたんです。

治部:男性育休取得の推進により、日本経済にどのようなメリットが生まれると考えているのでしょうか。

仲井:経済的にメリットを得られるのが理想ではありますが、正直難しい部分もあるため、経済効果に関してはあえて言わないようにしているんです。日本経済へのメリットを意識するというよりも、積水ハウスの社員に、育児を通じた人間的な成長であるとか、家庭内での幸せを築いてもらいたいというのが一番。その一心で男性育児休業を推進したのが正直なところですね。
将来の可能性の話であれば、出生率の増加など様々あると思います。

ヘーグべリ:スウェーデンを参考に、このような素晴らしい取り組みが実施されて嬉しく思います。ただ、スウェーデン自体も最初から今のような環境を整えられていたわけではありません。制度だけでなく、文化を変える必要があるからです。今の状態に到達するために、60年ほどの歳月を費やしました。

治部:スウェーデンで男性の育休取得が当たり前だ、という文化が醸成された要因はどこにあるのでしょうか。


スウェーデン大使 ペールエリック・ヘーグベリ氏

ヘーグべリ:要因は2つあります。1つは、政府側が男性の育休は家庭内のナイーブな話題ではなく、経済の話だと認識したこと。男性が育児に参加せず、女性の労働を妨げるような状況は、経済的に見て損失が出ている状況なんです。働きたいと思っているのに、育児に追われるばかりに働けない。これは大きな機会損失だと認めなければいけない。

2つ目は、女性・男性・子どもと、家族全員を尊重すること。父親も母親も、ジェンダーロールに縛られず、自分の好きな役割を担うべきです。子どもには、両親と良好な関係を築けるような環境を用意するべきです。

男性の育休取得は、決して男性だけが関わる話ではありません。家族全員が楽しく生きることを前提に制度を構築したからこそ、成功したのだと考えています。

育休取得=出世コースから離脱は論外

ヘーグべリ:仲井さんに1つ質問があります。このようなプログラムを提供した時、社員の皆さんはどのような反応をしたのでしょうか。育児休業を取りたいと殺到したのか、それとも会社側から説得したのか、どちらだったのでしょう。

仲井:始めの半年は、会社が育休を支援するシートを作成するなどして、かなり労力をかけましたね。でも、それ以降は社員の意識が変わり、積極的に取ろうとしている。会社へのロイヤリティも上がっているし、予想通り生産性も下がっていません。


積水ハウスでは夫婦で育休について話し合い、計画を立てるための「家族ミーティングシート」を作成。対象社員に配布している。こちらからDLも可能。

治部:イクメン休業制度を開始して1年が経ちましたが、運用するなかで困難だったことはどんなものでしょう?

仲井男性上司、特に年齢の高い上司からの理解が得られにくい点ですね。私が指示を出しているので、半強制的に育休を取得してもらうことはできる。ただ、実際どのように育休を取るのか、他の社員はどうフォローすればいいのか、上司とチームメンバーの理解を得ながら、話し合ってもらう必要があります。

ヘーグべリ:育休を取得してもらうということは、本人だけでなく企業としても大きなメリットがあることを認識するべきだと思います。多くの会社が、最良の人材を確保したいし、できるだけ長く働いてほしいと思っているはず。育休制度を推進することで、社員の企業に対するエンゲージメントが高まって、結果的に長く働いてくれる可能性が高いのです。

積水ハウスの場合はどうでしょうか。男性育児休業制度を実施して以降、離職率は改善されましたか。

仲井:イクメン休業が離職率に影響しているかどうか、まだ明確なデータは取れていません。ただ、当社は10年以上前から女性のキャリアアップ支援を実施したり、育児・介護と仕事を両立しやすい環境を整備したりするなど、働き方改革を推進してきました。その結果、離職率はかなり改善されています。

日本の新卒社員は、入社後3年で大体3割が退職する傾向にあります。当社も10年前まではそうだったのですが、直近は1割ほどまでに改善しています。特に、建設業界は離職率が高いので、そのなかではかなり良い結果を出せていると思います。イクメン休業も働き方改革の1つなので、今後さらに改善されると期待しています。

働き方改革が進み、場所に囚われずに仕事ができるようになれば、働きながら育児にも参加できるようになる。そうなると、仕事と育児を両立できるような住環境が求められるはずなので、住宅のあり方そのものも変わってくるはずです。

治部:その他に、企業や上司が気をつけるべきポイントはあるのでしょうか。

ヘーグべリ:2つあります。まずは育休から戻ってきたとき、待遇を差別しないことですね。例えば、給料の見直しをするとき、育休を取得したかしていないかは完全に除外して考えるべきです。育休を取ったからといって差別してはいけない。

もう1つは、時短勤務を容認することです。育児をしていると、勤務時間中に帰らなければいけない状況もある。そうなっても周りは受け入れるべきです。私自身も、育児中は16時に帰っていましたよ。

治部:男性育児休業を推進したことで、社員の意識に変化はありましたか?

仲井:育休の推進を行うことで、つられるように有給の取得も増えています。社員のなかに「休んでいいんだ」という感覚が醸成されてきたのだと思います。育児のために休暇を取るのも、ハワイに行くから有給を取るのも、本質的には同じ。本来、休むのに理由はいらないはずですしね。

ヘーグべリ:有給取得が増えたのは興味深いですね。休暇を取得するのに理由はいらない、というのは私も同意です。そもそも、育休は休暇ではないですしね。私自身、過去に2度育休を取得した際、大使としての仕事の方が楽だったかもしれないと感じました。

ただ、育児に関わることは、子どもとの関係性を築くうえで非常に重要です。すごく大変でしたが、育児に参加して良かったと感じています。

治部:大使は共働きで子育てをされていたのでしょうか?

ヘーグべリ:はい。妻が出産後、仕事に戻りたいと言ったので、私が育児を担当しました。父親が育児に携わる際、母親が介入しすぎないのは意外と重要なポイントです。母親がつきっきりだと、父親のやりかたにいろいろと口をはさみたくなる。そうなると、夫婦の関係性が破綻しやすい。父親が育児しているとき、母親は距離を置くべきです。

治部:イクメン白書では、案外、女性の方が男性育休に消極的な考えを持つ傾向にあるという調査結果が出ています。なぜ、女性は家庭での主導権を握りたがるのでしょう。

ヘーグべリ:これは推測ですが、キャリアにおける可能性は男性に比べると女性はどうしても低くなってしまうため、せめて家庭内では主導権を握りたいと考える女性が多いのかもしれません。すべての女性が男性と同程度のキャリアチャンスを得られるようになれば、改善できる可能性があります。

スウェーデンでは、既に男女平等にキャリアチャンスを得られるよう法律を整備しています。たとえば課税制度。1971 年に、所得税の課税方式を夫婦合算から個人単位に切り替えました。女性の労働市場への進出、経済的自立を大きく後押しするきっかけになったと思います。

治部:積水ハウスの取り組みに刺激された他企業が男性育休制度を取り入れようとした場合に、注意するべき点はあるでしょうか。

仲井:「1カ月の育休制度を導入する」ということを目的にしない方が良いと思いますね。企業によって適している条件は異なるはず。当社が、売上への影響を試算したうえで1カ月間の育休制度を構築したように、まずは自社に適した条件を議論するべきだと思います。

治部:日本で男性育休がより認知されるためには何が必要なのでしょう。

ヘーグべリ:ロールモデルですね。企業だけでなく、影響力のある男性が、育休取得の重要性を発信するべきです。

仲井:そうですね。まずは、国内で影響力を持つ経営者に、自分の子どもたちが育児している姿を見て欲しいですね。彼らが育児の重要性を認知し、公に発信していけば、世間の価値観も変わっていくはずです。

日本人は、もっと自己中心的になったほうがいい

治部:積水ハウスとして、直近はどんなことに取り組んでいく予定でしょうか。

仲井:向こう1年は、引き続き男性育児休業にしっかり取り組みたいですね。また、男性育児休業を取得して、どのような変化や効果があったのかをデータ化し、世間に公開していく予定です。

当社は、経営ビジョンとしてESG(環境・社会・ガバナンス)を重視する方針を掲げています。E、S、Gそれぞれに働きかける取り組みに注力し、持続可能な社会の形成に挑んでいる最中です。

イクメン休業制度は、S(社会)のカテゴリに当てはまります。働き方改革やダイバーシティの推進など、様々な要素を包含した重要なプロジェクトなので、真摯に向き合っていきたいと思っています。

治部:最後に、日本の男性をエンパワーメントするメッセージをお願いします。

ヘーグべリ:伝えたいのは、「まず、自分のことを考えなさい」ということ。
人生は短い。あっという間に過ぎていく。だから、人はもっと自己中心的になるべきです。会社や他人のために生きているわけではない。短い自分の人生で、自分は何をしたいのかを考えてみてほしい。

考えた結果、子どもと過ごしたいという人、仕事を頑張りたいという人、それぞれの答えが見えてくると思います。自分の願望を把握した上で、仕事の上司や、パートナー、子どもに対して、何ができるのかを考えてみましょう。自分がやりたいことをやるためには、周囲の協力が欠かせません。協力を得るには、まずはあなたから周囲を助けるべきです。

自分は何をやりたいのか。どのような価値を提供できるのか。答えを見つけるのは簡単ではありませんが、考え抜いてみてください。

仲井:男女ともに自分の人生を生きられるような環境をつくることは大事ですね。積水ハウスでは持続的に成長するビジョンとして「イノベーション&コミュニケーション」を合言葉に取り組みを推進しています。コミュニケーションを活性化させる、日常のふれあい、自由な対話の中にこそ、イノベーションを生み出す多くのアイデアがあふれていると信じています。

男性の育児休業も単に休むのではなく、夫婦・家族間、地域コミュニティ、社内外でのコミュニケーションが深まってこそ、最大の価値と効果が生まれます。さらには、そうした時間の中での出会いや発見が、イノベーションにつながっていくと考えています。



日本における男性育休の現状は、冒頭でも紹介したとおり決して良くはない。ジェンダーロールに対する古い価値観が根強く残っていたり、長期休暇を取りにくい慣習に囚われていたりと、男性育休の普及を阻む要因は様々ある。

しかし、イクメン白書にもあるとおり「男性育休はあった方がいい」のが本音のはずだ。誰もが望む制度であるにも関わらず、企業や上司から理解を得られず、諦めているのだろう。
その意味では、積水ハウスの取り組みに励まされた人は多いはずだ。このような企業で働きたいと感じた人も、少なくないかもしれない。

近年、Employee Satisfaction(社員満足度)に注目が集まっている。社員満足度を高めることで、貢献度の向上、離職率の低下、業績向上など様々なベネフィットを享受できるからだ。
積水ハウスは、従業員満足度向上にいち早く取り組み、成果を挙げた。男性育休という先進的な制度をスピーディに取り入れられたのも、もとから社員の働きやすさを第一に考えていたからだろう。

スウェーデンの公園で見た光景に触発され、強烈なモチベーションをもって男性育休制度を推進した仲井氏。根本にあったのは、社会変革などという壮大な理念ではなく、自社の社員を幸せにしたいという、1人の経営者としての想いだった。

同じような想いをもつ経営者が増え、行動に移せば、多くの人の働き方が変わる。徐々に、働き方の多様性が容認される社会に変わっていくだろう。

文:水落 絵理香
写真:西村 克也