この1、2年、さまざまな業界でデジタル・トランスフォーメーションという言葉を耳にするようになった。国内でもデジタル・トランスフォーメーションに取り組む企業は、次々に出てきている。
DXという略語でも表現されるこの言葉は、単純に訳すとすればデジタル化だ。
しかし実際には、この言葉の意味するところは、とても広くて大きい。さまざまな分野にデジタルを取り入れることを通じて、企業が進めている事業、会社そのもの、さらには産業構造全体の変革を目指すものだ。
大企業でなければ手の届かない分野にも見えるが、決してそうではない。東京の大企業でも地方の中小企業でも、スタートアップでも創業100年を超える老舗企業でも、それぞれのデジタル・トランスフォーメーションがある。
Sun Asterisk(サン・アスタリスク、Sun*)は、創業から7年にして日本やベトナムを中心に約1,500人の正社員を抱えるまで急成長を遂げた企業だ。この数年、同社が力を入れているのは、さまざまな分野の産業のデジタル・トランスフォーメーション支援。
同社代表取締役の小林泰平氏、取締役の梅田琢也氏、Sun*をはじめとしたスタートアップ企業のビジネス支援に取り組む日本マイクロソフトの原浩二氏(以下、敬称略)にお話をうかがった。
デジタルによる課題解決
――Sun*とはどんな会社ですか、と聞かれたらどう答えますか?
Sun* 代表取締役 小林 泰平氏
小林 テクノロジーを軸にしたよろず屋、だと考えています。
自分たちで事業を持って、一つのドメインで何かを変えていきたいというよりは、社会には解決したい課題がたくさんあるんです。クリエイティブの力とデジタルの力で、社会をアップデートしていくことのみに注力していく環境をつくり、実際に社会の課題を解決したい。
スタートアップ、あるいは大きな企業で、ゼロイチで新規事業を立ち上げる難しい仕事にチャンジしている人たちに対して、僕らはインフラとして背中を押したいですね。
このところ、ビジネスのあり方が大きく変わってきていて、最近、僕らの事業は「銀行みたいなものだね」と話しています。これまでのように資金を注ぎ込んで、大量生産ができる体制を整えれば成長できる、というビジネスモデルはもう通用しません。大企業もスタートアップも、アナログからデジタルへのトランスフォーメーションが求められています。既存の産業のメジャー・バージョンアップが求められている中で、お金を注ぎ込むだけでは解決ができません。
これまでは調達した資金を、人や技術につぎこめばよかったのですが、いまはつぎ込む先すら簡単には見つかりません。人も技術も見つからない。こうした状況に対して、人と技術をサステイナブルに安定供給できる機関がSun*だと思っています。
Sun* 取締役 梅田 琢也氏
梅田 Sun*はいままでにない会社だと思っています。個別の課題解決というよりは、全体の課題解決をしたい。困っていること、課題があることに対して解決を導く、という立ち位置で事業を進めています。
ベトナムで、自分たちで高度なIT人材を育て、開発の経験を積んでもらい、身につけた技術を表現する場を提供しています。いまは、高いお金を払わないと、なかなか採用ができない。採用できたとしても、知恵やノウハウがついてこないというケースもあります。人と知恵を社会に提供していきたいと思っています。
技術とスピード感の両立
――社外のマイクロソフトから、Sun*はどんな会社に見えていますか?
原 マイクロソフトはもともと、情報システム部門へのアプローチは得意なんです。多くの企業がウィンドウズサーバーを使っているし、オフィスも使ってくれています。
でも、いまはマイクロソフトも苦しい。企業がデジタルトランスフォーメーションをしようというときに、情シスが主導でやるかというとそうではありません。僕らが、これまでに付き合ってきたパートナー企業と一緒にできるかというと、そういう話でもない。
最適なパートナーはだれかと考えたとき、Sun*が浮かびました。Sun*の考え方と、僕らが探していたパートナー像はすごく一致していた。スピード感をもって、事業を立ち上げることができて、かつ技術も備わっている人たちはあまりいませんが、それができるのがSun*だと思っています。
会社の事業をちゃんと考えたうえで、どうデジタルを使って事業をつくっていくかまで、きちんと壁打ちができる。壁打ちをしながら、デジタルをどう入れ込み、形にしていくかというところに強みを感じます。
小林 デザイン、クリエイティブ、課題解決のコンサルができる企業は少なくないと思うんです。でも小規模の企業が多くて、実際にものをつくるときには、別のベンダーさんに頼むことになるケースが多い。そこをワンストップでできるのは、僕らの強みだと思っています。新規事業の立案を、これだけの規模のエンジニアを抱えてやっている企業はあまりないでしょう。
会社の規模が大きくなってくると、安定した仕事を好むようになると思うんです。大規模なシステムの運用保守のような仕事が取れれば、経営としては楽になる。でも、そこをチャレンジングにやり続けてきたことが、Sun*の価値なのかなと。
世界各国で才能の種を育てて引き上げるという取り組みは、新しい未来をつくることだと思っています。新しい未来をつくることを意識しながら仕事をしていたら、クライアントがスタートアップだらけになりました。(笑)
スタートアップは、当然撤退したり、苦しい状況が続いたりもします。一方で、大きな成功をしたスタートアップもあります。支援をさせていただいた中で、年間4社がIPO(新規株式公開)に至った年があったりもしました。成功する事業と残念ながらうまく成長出来なかった事業の両方に立ち会ったことで、事業が成功する確率を高め、課題を解決したいという思いを持って事業を拡大してきました。
スタートアップ支援の「集合知」を活かす
――どうすれば、スタートアップや新規事業が成功する確率が上がると思いますか?
小林 ファイナンス、エクイティもひとつの武器だと思うんですが、はやい段階で武器を使い果たして、苦労している企業もあります。創業から間もない時期に資金調達をして、人材紹介会社を通じてCTO(最高技術責任者)を採用したけれど、全然マッチしなくて半年で辞めてしまった、ということも少なくありません。この段階で、調達した資金がなくなってしまいましたという人もいました。
僕らは、経験豊富でマッチしそうな弊社所属のCTO’sを助っ人として送り込んでいます。CTOを採用するときも、その助っ人が面接もすれば、もっと有効なお金の使い方ができる。
梅田 勢いに乗っているときはいいのですが、しんどくなると同じような落とし穴にはまっていくケースも多い。僕らが出会った企業であれば、こんなところに穴があるよとか、わかる範囲でガイドをすることもできます。
会社の規模が、このぐらいまで成長したらこんな問題が起きがちだ、という話はいろいろあります。自分自身が創業から苦労したことを伝えることもできます。彼ら・彼女らの成功にコミットするパートナーでありたいと思って仕事をしていますね。
最近は、多くのスタートアップを支援した結果、会社に集合知がたまってきていると実感するようになりました。
日本マイクロソフト コーポレート営業統括本部 クラウド事業開発本部 デジタルネイティブ担当部長 原 浩二氏
原 日本のスタートアップ市場も、この数年で成熟してきたと感じています。フィンテックなどの分野で、大企業を飛び出して起業する人も次々に出てきました。「あいつがやったんなら、オレもできる」と考える人もいて、結果としてスタートアップの数は増えています。これはすごくいい状況だと思います。4〜5年前から考えると、マーケットは一気に成熟しましたよね。
梅田 4〜5年前は、本当になんにもありませんでした。この2年ぐらいで、大きく変化をしています。最近は、資金調達がすごく簡単になってきました。
小林 東証マザーズなどにIPOをした後で、そこで停滞しているベンチャーやスタートアップに対して、さらなる成長を支える存在が増えてくると、もっといいなと思います。そうすれば、一気に次のステージに向かっていく活力になる。
チャットツールの導入は、デジタル・トランスフォーメーションではない
――業種ごと、あるいは会社ごとにそれぞれのデジタル・トランスフォーメーションがあると思われます。デジタル・トランスフォーメーションという言葉をどのようにとらえていますか。
小林 すごくシンプルに考えて、デジタル化ということに尽きると思っています。スタートアップでも大企業でも大きな違いはなくて、既存の産業をアップデートしようという理解ですね。さらに言えば、アップデートができないなら、ビジネスとして続きません。
例えば、ここに水のペットボトルがあります。水をつくる人たち、パッケージのデザインをしている人たちと、キャップの技術にこだわっている人たちは、それぞれ違う。でも、自然にコラボレーションして優れた製品をつくっています。これをデジタルにした瞬間、急に難しくなると多くの人が感じているのではないでしょうか。でも本来は、みんなで得意なところを持ち寄って、デジタル化をするということでしかない。その点は、スタートアップでもエンタープライズでも同じだと思います。
ワークフローを効率化する、業務を効率化する、昔の基幹システムをつくるということと、デジタル・トランスフォーメーションを同じように捉えられていることが多く、なかなかうまく進みません。本来はデジタルを活用して、既存の産業・事業に新たな付加価値をつけることだと思います。ビジネスモデルそのものを変えてしまうことも大いにありえますね。
紙の切符がカードになり、スマホに入り、ジュースも買えるようになりました。その結果、財布を持ち歩かなくてもよくなった。既存の事業をデジタル化してみると、思わぬ付加価値をつけることできる。電子マネーは、そのよい例だと思います。ベトナムで6年ほど暮らしてみて、日本は、すごくいい国だとわかりました。でも、アナログのサービスが最適化されているから、デジタルにすると逆に不便になることもある。
新しい決済サービスが出てきていますが、まだまだ、Suicaのほうが便利。先進国は、最適化されてしまっているため、変えることが難しい面があります。
原 既存の一番強い領域をいかにデジタル化していくか。どうやって、少しずつデジタル・トランスフォーメーションを進めていくかが本質だと思っています。自動車メーカーなら、やはり得意な車の分野で少しずつデジタル化を進めればいい。
デジタル・トランスフォーメーションの本質は、ビジネスチャットのSlackやMicrosoft Teamsを使って仕事を便利に進めよう、ということではありません。その点で日本は、産業のデジタル化で遅れていると感じます。
僕らが提供しているMicrosoft Azureの導入状況で見ても、中国の方が日本よりもはるかに多くの企業が使っていて、一気にデジタル化を推し進めています。日本マイクロソフトの一員としては、そういった状況は変えていきたいですね。
例えばヘルスケアの分野では、電子カルテの情報がクラウドに全部入っていれば、症状ごとに診察にどのくらいの時間がかかるかなどを予測ができます。そうなると患者さんに何時に病院に来てくださいってはっきり言えるんですね。病院での待ち時間を減らすことができる。処方箋を出すときも、その内容を全てクラウドで調剤薬局と連携できる。たとえば、その記録がブロックチェーンで改ざんできないようになっていれば、本人が薬を取りに行かず、宅配してもらうことも可能になるかもしれません。
既存のIT化されていないところをIT化して、顧客がベネフィットを受け取れるようなものを提供できれば、バリューとして還元されるはずなんです。そういうことができる仕組みをつくっていくということが、僕の考えるデジタル・トランスフォーメーションです。
小林 テクノロジーの進化から、音声や動画のデータなど、これまでには集められなかったデータを集められるようになってきました。いったん電子データにすれば、そのデータはアルゴリズムやプログラミングで動かすこともできるし、変更の履歴もすべて確認できる。
デジタル・トランスフォーメーションはこうした前提をもとに、デジタル化が自分たちの事業に、どんな恩恵をもたらすかを考えることだと思っています。
梅田 業務効率を上げるだけであれば、その取り組みは社内に閉じています。でも、本当にデジタル・トランスフォーメーションに取り組むのであれば、その会社を取り巻くバリューチェーン全体が変わるはずです。
原 これまで多くの日本企業にとって、ITはすべて外注するものでした。そのやり方では、社内にITに関する経験が蓄積されません。
しかし、たとえばウォルマートは小売の会社ですが、自分たちでデベロッパーを雇って、ちゃんと投資をして育てている。そうした人材を日本企業が明日つくれと言われても、絶対にできません。
梅田 総合職という概念がアメリカにはありませんし、人材を募集するときも、業務の定義がものすごく明確化されている。何をするために、どんな人が必要なのかがはっきりわかる。人材の流動性も高くて、そもそも同じ会社に一生勤めようという人があまりいないですよね。
デジタル化成功の決め手は、パッション
小林 デジタルを得意とする人間が、最近のトレンドはこうだからこうしましょうと押し付ける形ではなくて、相手の企業に共感をすることが重要です。
相手の企業に共感し、時間をかけて観察をしてからはじめてコンセプトを立てていく。フラットな立場で話し合っていくことを大事にしたいと思っています。
梅田 助っ人CTOを送り込んだり、内製化の支援をしたり、人材の紹介もしています。プロジェクトを円滑に回すのは結局、人がやることです。社内の人やステークホルダーをうまく巻き込めるかどうか、きちんと優先順位をつけられるかなども大事です。
成功の決め手は、強いパッションがあるかどうかだと思っています。反対に、予算はあるけどパッションはなくて、「どうにかしてくれるんでしょ」という立ち位置だと、なかなかうまくいきません。
小林 最終的に動くのは、「事」を始めた人たちなんです。だから、僕らも大きなご相談をいただいたとき、まずは小さいところから、一緒に何かやってみませんかと話をしています。
小さくて身近な問題から取り組んで、一緒に課題を解決する成功体験を共有することで、はじめて大きな課題にも一緒に取り組めるパートナーになれるんだと思います。
東南アジアで高度IT人材を育成
――ベトナムをはじめとした東南アジアで高度IT人材の育成に取り組まれています。現状を教えて下さい。
小林 現地のトップの大学と連携をして、学部のようなものを運営しています。3週間寄付講座をやりましたということではなく、5年間かけて日本語を学んでもらい、実践的なITのスキルも身につけてもらっています。先生やメンターを含めて50人ほどが動きますから、それなりに大きなコストのかかる事業です。
ベトナムで育った人材を日本企業に紹介する代わりに、その企業にスポンサーになっていただく方法で運営してきました。いま学生の数は、大学3校合計で1,500人ほどになりました。毎年100人から200人が卒業しますが、7割ほどの人が日本で日本企業に就職します。日本語が話せる高度IT人材が、日本にやってきて活躍をしている。これはもっともっと拡大していきたいと思っています。
この事業のため、初めて外部からの資金調達に取り組みました。先行投資が必要なところで、いましかチャンスがない。ベトナムの学生が、日本で就職したいと思ってくれているのも、ありがたいことです。先人が築いてきてくれたものの最後の残りだと思っています。数年したら、日本で就職しようという学生は、もういないかもしれない。
学生たちが日本に向いてくれている今が、最後のチャンスだと思っています。
デジタル・トランスフォーメーションで、社会を変えるインパクト生む
――マイクロソフトとの協業を決めた要因はなんですか?
小林 先ほど原さんが言ってくれたように、マイクロソフトさんは僕らの新しいものをゼロから生み出せるところを期待してくれていると思います。反対に、大きい企業のインフラや環境を支える難しさは、僕らはそんなに知りません。経験値も浅いです。そこで、マイクロソフトと協業ができたらいいね、という考えに至りました。
マイクロソフトのプログラムは、そのようなところの知見を身につけようと考えるときに、僕らの強みを活かしながら、弱みを補っていただく形でサポートを頂いています。
まず、思想がめちゃくちゃ合うんです。とくにサティア・ナデラ氏がCEOに就任してからのマイクロソフトには注目していて、原さんとも、よくその話をしています。エンジニアのコミュニティ、技術者にとっていい環境を、僕らが新たにつくっていきたいという気持ちが強くありますが、僕らの動きと比べて、1歩2歩先行する形で理想的な開発環境をつくり上げています。
サティア氏が就任してから、マイクロソフトはかなり変わりました。すごく尊敬する経営者の一人です。このように、考え方を共有できる企業と、一緒に仕事をしたいなと、いつも思っています。
原 社内にいても、マイクロソフトが変わってきていると感じます。上辺だけではなく、技術に投資をして、サティアがこうやるんだということが、社内だけでなく、社外にも伝わっている。そこを見て、一緒にやりたいと思っていただけるのであれば、ありがたいことだなと思います。
スタートアップとの協業を通じて、デジタル・トランスフォーメーションを起こしていきたい。これから、社会を変えるようなインパクトがどんどん出てくると思っています。僕の勝手な願いではありますが、その中から、海外に出ていけるスタートアップが出てくればいいなと思っています。
――Sun*のこれからをどのように描いていますか?
小林 僕らは、デジタルクリエイティブスタジオを名乗っています。
映画のスタジオのように、なにかアイデアを持っている人がそこに行って「こういうことをやりたいと思います」と言ったら、いろんなプロフェッショナルが集まってくる。そんな場でありたいと思っています。
そして、なにか新しい「こと」を始めたい人にとって、一番最初に相談される存在でありたいと思います。
取材・文:AMP編集部
撮影:西村 克也