創業からわずか約2年で総額23億5,600万円の資金調達をしたベンチャー企業がある。スキマバイトアプリ『タイミー』を運営している株式会社タイミーだ。
すぐ働け、すぐ給料が手に入る、日本初のバイトアプリとして2018年8月にサービスがスタート。応募や面接の必要がなく、スキマ時間を有効活用できることから、若年層を中心に約43万人の登録者がいる。また、女優の橋本環奈氏を起用したTVCMが放映されたことでも話題に。そして、2019年10月には新サービス『タイミートラベル』をリリース。
新サービスのリリース、20億円の資金調達、TVCMの放映……今一番勢いのあるベンチャー企業と言っても過言ではない。
そんな同社、驚くべきことに平均年齢は23.95歳(2019年12月時点)。
代表取締役である小川嶺氏も22歳だ。大学2年生で会社を立ち上げた若手起業家である。同氏はなぜ、創業から間もないながら、破竹(はちく)の勢いで会社の成長に挑むのだろうか。小川氏から、タイミーの事業内容を伺うとともに、若手起業家の挑戦に迫る。
起業の失敗から変化した、“視座”の高さ
小川氏が初めて起業したのは大学2年生、20歳のときだ。試着をするだけで割引になるファッションアプリ事業を立ち上げた。しかし、現在とは打って変わり、会社を立ち上げてからの1年半、事業をグロースさせなかったという。
小川「株式会社Recolleという会社を立ち上げました。当時は、自分の好きなビジネスモデルを継承することだけにこだわっていて、事業を伸ばすことなんて全く考えてなかった。結局、1年半で事業を閉じたのですが、全力でバットを振っていない自分がすごくつまらないと思ったんです」
自身の視座の低さを感じたのには理由があった。日本を支える経営者たちの挑戦を目の当たりにしたからだ。
小川「サイバーエージェントの藤田さん、楽天の三木谷さん、Softbankの孫さんなど、日本を代表する経営者は、見てる世界が違う、戦っている土俵も違う。例えば、藤田さんはAbemaTVというサービスをグロースするために高額の先行投資をしている。“経営者”という括りでは同じだけど、目指している視座が全く違うことに気づきました。
そこから、どうせチャレンジするなら、全力でバットを振ってみようと。全力でバットを振ったとき、空振りになるかホームランになるか分からないけど、一度きりの人生をもっと良いものにできるんじゃないかと思ったんです」
起業家としての考えや視点を改め、新たなる挑戦を決意。現在の『タイミー』の形をつくり上げることとなる。
「働きたいときに働けて、すぐに給料を手に入れたい」ニーズを叶えた『タイミー』
小川氏がワークシェアサービスに着目したキッカケは、親への借金を返済するために始めたアルバイトだったそうだ。
小川「Recolleを起業するのに30万円必要で。10万円は自分で出したんですけど、残りの20万円は親から借金をしました。『絶対成功させるから貸してくれ!』って言って、結局失敗。当然親から『返せ』と言われますよね。
そのため、バイトでお金を稼ぐしかなくて。宅配業者や日雇いのバイトをしていました。倉庫で荷物の仕分けをしたり、-30度の冷蔵庫でキャベツを運んだり(笑)。このように色々バイトをしていく中で感じたんです、バイト当日を迎えるまでのフローが非常に面倒だということに」
軽作業やイベントスタッフなどの日雇いバイトの場合、バイトを始めるまでに多くのフローがある。説明会に行き、派遣元からの仕事依頼メールや電話を待ち、勤務できるかを判断する。さらに、すぐお金がほしくても、会社によっては勤務当日に報酬を受け取れないことがある。
小川「働きたいときに働けて、働いたらすぐ報酬が手に入れたいというニーズが僕の中に生まれました。なので、まずはこのニーズに合ったサービスが世の中にないかリサーチしたのですが……自分の求めているデザインやユーザー体験を得ることができませんでした。そこで、これは参入の余地があると思ったんです」
そうして生まれたのがスキマバイトアプリ『タイミー』だ。
「一人一人の時間をより豊かにする」をビジョンに掲げ、スキマ時間に働きたい案件を選択するだけ、応募・面接なし、即日給料受け取り、というように小川氏のニーズを最大限組み込んだサービスとなった。
2018年8月のリリース後、多くの若者が同じニーズを抱えていたことを知る。若い年代を中心に43
万人(2019年12月6日時点)の幅広い年齢層が『タイミー』へ登録。当初は首都圏を中心に展開していたサービスだったが、ユーザーのエリア拡大の要望を受け、現在は大阪・京都・福岡、2020年年初には名古屋もエリア内に加わるそうだ。
さらに、働き手のニーズを満たすだけでなく、雇い手のニーズを満たすサービスでもあった。
小川「採用にかかるコストの削減や、突発的な人手不足に悩む店舗の課題もタイミーで解決することが可能です」
少子高齢化が進む日本において、人材不足は深刻な課題だ。『タイミー』はそんな課題解決にも一役買っている。現在は6,000店舗以上がタイミーを導入。飲食、小売、物流、オフィスワークなどさまざまな業界が利用している。
ユーザー数、利用企業数が順調に伸びていくにつれ、小川氏の中で視座が徐々に変化していったという。
小川「最初は自分のニーズと世の中のワーカーのニーズがマッチしているだろうと考えて生まれたサービスでした。しかし、『タイミー』を伸ばしていくにつれて、ワーカー以外のニーズも満たせることに気づいた。そこから、もっと日本が抱える多くの課題を解決できるのではないかと。自然と視座が上がっていきました」
関係人口の増加を目指した『タイミートラベル』
この視座の変化から、日本が抱える社会問題の解決に取り組み始めた。それが、2019年10月にリリースした『タイミートラベル』だ。
「第二の故郷をみつけよう」をコンセプトに、ユーザーは交通費・宿泊費なしで地方へ訪れることができ、その場で仕事や生活の体験ができる。現在は日本全国にある地域のお仕事を約30件公開しており、2020年夏までには100件を目指すという。
小川「タイミーの知名度が上がったことで、導入が進んでいない地方のお問い合わせが来るようになりました。特に印象的だったのが、地方の観光地で個人経営している飲食店の方から『人手が足りないから助けてほしい』と。これには観光地の深刻な人手不足を感じました。
オリンピックなどの影響もあり、海外からの観光客は年々増加しています。定住人口は増えていないのに、交流人口は増えている。この課題を何とか解決できないかと考えました。ただ、タイミーの中で、その課題を解決するのはどうしても難しかったんです」
立ち上げから約1年のタイミーが展開エリアを全国にしていくにはどうしても時間を要することになる。さらに、定住人口が減少している地域では根本的な解決が見込めないことが分かった。
そこで、短期的な課題解決ではなく、長期的な課題解決を考えたという。“関係人口”に着目したのだ。関係人口とは、地域や地域の人と深く関わる地域外の人のことを指す。総務省が打ち出す地方創生の政策においても、関係人口の増加が今後重要だと言われている。
引用:『関係人口』ポータルサイト 総務省
小川「地域外の人が将来的に移住して、地域づくりの担い手になるためには、地域へ接点を持たせなければなりません。自分の知らない地域へいきなり移住するのはハードルが高い。そもそも地域のことを知らなければ、移住する選択肢にすら入らないかもしれません。
まずは選択肢の一つに入れられるような、移住のハードルを下げるようなサービスにしようと。試食を食べる感覚で、試しに地方へ行って生活する。『タイミートラベル』を利用して“試住”体験してほしいと考えています」
「時間を豊かにしたい」この想いが、資金調達20億円のカギ
『タイミー』『タイミートラベル』二つの事業を展開し、順調に成長を続ける株式会社タイミー。そして、さらなる成長を目指すべく、株式会社ジャフコ、株式会社ミクシィ、SBIインベストメント株式会社などを含む計15社とエンジェル投資家複数名から20億円の資金調達を実施。
人手に困る店舗・企業への認知拡大、新規ユーザー獲得のためのマーケティング費用、採用等にあてていくという。
サービスリリースから約1年半で総額23億5,600万円の資金調達、容易にはいかないだろう。資金調達を成功させた要因を伺うと、「投資家一人ひとりの目線に立って説明していった」と小川氏は語る。
小川「投資家によって興味のファクタ、投資のファクタは全く違います。事業や売上の“数字”、人手不足を解決するという“大義名分”、会社やサービスへの想いといった“感情論”…どこに刺さるかは人それぞれです。話していく中で、投資家の皆さんがどこに刺さるのかを見定めて、どう話せば興味を持ってもらえるか、投資したいと感じてくれるかを終始考えながら説明しました。
タイミーとして『一人一人の時間をより豊かにする』をビジョンに掲げている以上、投資家の皆さんの時間を豊かにしなければいけないというモットーがあります。ただ説明するだけで終わるのでなく、僕と話した時間が豊かなものになったという結果で終わるかを考えていました」
そんな彼が、資金調達する上で役に立ったと話すのが“営業”のスキルだ。大学一年生のときに経験した、旅行サービス『じゃらん』の長期インターンで培われたスキルだという。
小川「僕は経営者に一番必要なのは営業スキルだと思っています。営業はクライアントのニーズを汲み取り、ニーズに合わせたサービスの魅力を伝え、最終的に契約に結びつけることが重要ですよね。
資金調達もそれと近い。投資家がどんなニーズを持っているか汲み取って、ニーズに合わせてタイミーの魅力を伝え、成功に繋げるかを考える。会社の看板を背負って魅力を伝えていくかが経営者の役割です。その上でもインターンシップで培われた営業スキルは大きいと思っています」
若年層が多い会社だからこそ挑戦するための“視座”を
「資金調達の成功は小川氏だけの力ではない」とも話してくれた。共に事業を伸ばしていくメンバー(社員)の存在が必要不可欠だという。その考えが顕著に現れているのが、株式会社タイミー“3つのValue”だ。
● High Standard(ハイスタンダード):当たり前の目線を高く
● Super Flat(スーパーフラット):年齢・役職関係なく
● Yatteiki!(ヤッテイキ!):とりあえずやってみよう!
メンバーと共に会社・事業を成長させていく上で、小川氏は特に「Super Flat」を意識していると語った。
小川「役職・年齢関係なく、インターン生でも意見が言える文化をつくっています。というのも、社長がワンマンになるより、メンバーと一緒に会社や事業を築き上げた方が、会社は成長すると思っているから。僕自身、経営者としてはまだまだ未熟です。シリアルアントレプレナーならまだしも、そこまで成功を積んでいるわけではない。であれば、エゴに走らず、適材適所で動いてくれてるメンバーに意見を聞いた方がいい。そして、その意見を聞くだけでなく、受け入れて反映させることが大切です。
その上で、プライドを捨てて許容範囲を広げています。経営者としてのプライドがあると、自分の譲れない価値観をメンバーに押し付けてしまう可能性があるからです」
メンバー一人ひとりの持つ知識や技術、ユーザーや顧客と一番近い現場の意見を常に聞き、サービスの成長を促進させている。メンバーの意見を採用して新機能の実装をしたり、カスタマーサクセスで顧客から上がってきた意見をもとにサービスへ反映させたりしたこともあるそうだ。タイミーのアプリにあるメッセージ機能もその一つ。
このように、経営者では見切れない部分、補えない部分をメンバーに任せている。
ところが、同社は平均年齢23.95歳と非常に若い。社会人経験のないインターン生も多く在籍している。若いメンバーが自走して動くのは難しいように感じるが、そこで重要になってくるのがValueの「High Standard」「Yatteiki!」だ。
小川「創業して2年なこともあり、教育制度はありません。でも、やらなければいけない仕事は山ほどある。なので、失敗しても良いからまずは任せてみます。任せて自分で考えて行動してもらう。
そして、失敗した部分をフィードバックしているんです。その中で『当たり前の目線を高く』することを意識してもらっています。
僕自身、一度目の起業は上手くいきませんでした。でも、失敗して何がダメだったのか考えた。結果、視座が高くなって、二度目の今、会社を伸ばすことができています。考えて行動することで、必要な選択の精度が高くなると思うんです」
最初からすべて完璧にできる人はゼロに等しいだろう。スキルを身につけていくためには、とにかく実践あるのみだ。そして、挑戦しやすい環境というのが、言動や行動に制限をかけないことかもしれない。自身の経験からメンバーにとって何が最適なのか、小川氏自身も“目線を高く”して考えていることが垣間見えた。
世界が直面する課題へ貢献できる企業を目指して
成長著しいタイミー。現在の目標は、上場、そして『“日本発”のグローバル企業』だという。事業が伸び、メンバーが増えていく中で、さらに視座が高くなっていったそうだ。
小川「自分がこれからどんな会社を築き上げていきたいか考えたとき、数兆円規模の会社をつくって、日本の経済にコミットしていきたいと思いました。世界有数のグローバル企業は数兆円規模なのに対し、日本は1,000億円規模の会社というだけですごいと言われる。それでは、日本経済の成長が一向に進んでいかないのではないかと。そうではなく、タイミーは数兆円規模の会社を築き上げていきたいんです」
小川「日本が今後直面するであろう課題をタイミーが解決できるかもしれないと感じました。そして、遠くない未来、この課題は世界でも直面する課題だと思っています。タイミーやタイミートラベルを日本の課題解決に貢献できるサービスにしっかり伸ばしていくことで、世界の課題も解決できるのではないかと。日本の課題を解決するのはチャンスだと思うんです。日本の課題に向き合って、ビジネスをつくれれば、グローバルを見据えた展開ができるはず。日本発の武器を持って、グローバルでも活躍できる会社にしていきたいですね。
タイミーは約1年半、タイミートラベルは約2ヵ月、どちらもかなりニーズのあるサービスだと実感しています。タイミーでは引き続き店舗数を増やしていきつつ、タイミートラベルでは日本全国で体験ができる環境を進めていきます。日本で戦える武器をつくって、グローバルに持っていく。多くの人の人生が豊かになるようなサービスを目指していきます」
取材・文:阿部裕華
写真:西村克也