INDEX
英国のコンサルティング会社ポートランド・コミュニケーションズと南カリフォルニア大学がまとめた「世界ソフトパワーランキング」が発表された。
世界一旅行客が集まる国フランスがソフトパワーランキングで1位に 撮影:Y POSTH
ソフトパワーランキングの持つ意味
国際的な国の影響力をはかるとき、経済や軍事力などといったハードパワーの比較がなされるのが一般的だ。しかしながら昨今では、インターネットやソーシャルメディアの普及によってグローバル化が進み、国家間の距離が縮まる中でソフトパワーの重要性が以前に比べて重要視されてきている。
ソフトパワーランキングは、各国の企業、文化、デジタル、政府、外交と教育の6分野にわたる客観データを65%、世界25カ国でそれぞれ500人、計12,500人に実施した世論調査によるデータを35%組み合わせて集計したもの。2015年に調査が始まり、今年で5回目の報告書だ。
ランキング結果、日本がアジアトップに
ソフトパワーランキングトップ30の過去4回のランキングを見ると、トップ10の顔ぶれに変化はなく、アジアで唯一のランクインは日本だ。10カ国はランクを上げ下げしながらも全部10位圏内にとどまっている。またトップ30カ国のうちアジア勢は日本のほかに韓国、中国それとシンガポールの4か国だ。
2016年―2019年 ランキング推移©PORTLAND PR LIMITED
国内と国外でプレゼンスを高めて1位になるフランス
今回1位となったのはフランスだが、国としては必ずしも最良の年ではなかった。2018年11月に生活コストの上昇に不満を持った市民が集結したデモ「イエローベスト運動」は、パリの経済にダメージを与え2019年のはじめごろまで長期に及んだ。
しかしながら国内各地での対話を繰り返し、市民の怒りへ理解を示したマクロン大統領の政治努力が世論調査で高評価となった。
2019年初頭までを国内の問題に費やし、その後で国際舞台へと軸を移動して外交手腕を発揮したマクロン大統領。
フランスでは極右政党がじわじわと支持を集める中、経済成長の後押しも人気を高める要因であった。国内問題を親身になって解決し、国際舞台G7サミットのホストの役割を堂々と果たした若き大統領のプレゼンスは他に類を見ない。
フランスが今回1位となった要因はマクロン大統領個人の貢献だけではない。ソフトパワーにおけるフランスの強みは圧倒的な外交力、国際貢献にある。国際組織や多国間での取り組みに際してのプレゼンスは他国を寄せ付けない。
さらに世界随一の広域外交ルートを所有しているフランスは、非営利団体アリアンスフランセーズによる世界各地での文化交流ネットワークと文化的外交活動が活発なことでも知られている。
このように国際同盟への積極的な加入と多国間主義のフランスは国際舞台でのプレゼンスが強力だ。時はドイツのメルケル首相が2021年に任期満了を迎え、イギリスはEU離脱問題で国内情勢に集中せざるを得ない欧州。
前述のG7サミットでその立場を改めて確立したマクロン大統領が今後ますます、地域のリーダーシップを握っていくのは確実だと言われている。
政治力だけでないフランスのソフトパワー
ルーヴル美術館は世界最高の来館者数 撮影:Y POSTH
さらにフランスは文化的魅力にあふれる国だ。同国の芸術、映画、スポーツ、グルメは世界中の観光客を魅了してやまない。世界最多の星付きレストラン数、ユネスコの無形文化遺産でもあるフランス料理、象徴的なエッフェル塔、ルーヴルをはじめとした数多くの美術館はフランス文化そのものだ。
ルーヴル美術館は世界最大の訪問者数を記録し、世界遺産も多いフランスは観光客数が世界一なのも納得がいく。2019年4月に発生したノートルダム大聖堂の火事では、国の内外から支援が多く集まった。
この世界中からの反響は、まさにフランス文化が世界中の人たちから愛されていることを象徴している。世界規模で見たフランス文化の独特なプレゼンスは、カンヌ映画祭やツールドフランス、建国記念日に世界中の人が集まることからも見て取れるだろう。
フランスが過去数世紀に渡り築き上げてきたソフトパワーは強力だ。加えて2019年は、国際世論調査のスコアが5位から3位へと躍進した。これはあくまでも推測にすぎない、と断ったうえで報告書は「国に対するイメージ形成は、その国の政策に大きく左右されるから」ではないかとしている。
世論調査を左右するもの
アメリカのイメージを大きく変えたとされるトランプ大統領
国内政策や外交政策が偽善的であったり、傲慢であったり、または国益に基づいた狭い視野による概念を持っているとソフトパワーを弱体化させるとしている。
これは現在のトランプ政権下のアメリカを指しているのであるが、過去にイラク侵攻をした2003年の調査で、アメリカの魅力度が急降下したことにも表れている。
またベトナム戦争をしていたアメリカに対する1970年代、世界中からの批判的な目がアメリカの国際的人気を降下させた。ということは、現在のトランプ政権のメキシコ政策がアメリカの評判を大きく落としていることは確実だろう。
先にも述べた通り、ソフトパワーは国政だけの指針ではない。幸運なことに、政策の評判が悪いアメリカは、ハリウッド映画や科学、大学、企業、財団の人気が世界的に高いことが救いとなっている。
具体的には、アメリカの大学における国際留学生の数はイギリスの約2倍であること、Amazon、グーグル、Facebookやネットフリックスなどの有名企業はアメリカが拠点であることがスコアを伸ばしている。
また大統領の権力に立ち向かえるアメリカの独立した司法制度と報道の自由は、世界の民主政治にとって憧れでもある。
ソフトパワーランキングの指標となる項目 ©PORTLAND PR LIMITED
アジア勢のランキング
アジアでトップの日本は、全体のランキングで昨年の5位から8位へとダウンした。下落の原因は国際世論調査のスコアが振るわなかったためだ。
日本は、国際貢献、デジタル、企業といった指針で高いスコアをマークし、今回は文化的指標が躍進したことで近隣の中国と韓国に差をつけた。
指標の伸びはラグビーワールドカップの開催や2020年の東京オリンピックへの期待によるものが大きいとしているが、世界で広まる日本観光ブームも後押ししていることであろう。文化指標は順位にして14位から6位への大きな躍進を遂げた。
一方で、出口の見えない日韓関係の悪化や日本の商業捕鯨に対する海外の厳しい批判は確実に足かせとなっている。日本は今回の8位転落によって、客観的データと世論調査の両スコアを伸ばしたスウェーデンにトップ5内の座を明け渡した。
ちなみに他のアジア勢は韓国が19位、シンガポール21位、中国27位となっているが、日本は決して安心できない。というのも項目によっては他国のスコアが日本を上回っているからだ。
例えばデジタル分野で韓国は5位(日本7位)、企業部門ではシンガポールが世界一(日本7位)、外交力では一路一帯政策を大体的に展開している中国が10位で現在5位の日本に迫っている。
ランキングの変異
今年のトップ5カ国における順位の変化を見ると、現在の世界情勢はより不安定な傾向にあり、その情報がテクノロジーによって瞬時に世界に配信されるということが判る。
このテクノロジーの発展が人々の世界観や情勢の見方に大きく影響を与えているということは、フランスに1位の座を明け渡したイギリスの国際世論調査の結果が大きく低迷していることからも読み取れる。
直接EU離脱問題にかかわらない国の人たちも、イギリスに対してネガティブなイメージを抱いてしまっているのだ。
今回の報告書では、フランスのマクロン大統領の効果に代表されるような「国の首脳とその政策」がソフトパワーの源になっていることが判ったとしている。
また報告書では統計を開始した2015年に、パワーシフトの趨勢が西側から東側へ―欧米からアジアへ―シフトしていると指摘していた。その傾向がますます強まる中、アジアで第1位の座を占める日本の国際的な役割が、今後どのように変化しどう評価されていくのか注目されている。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)