新卒で入社し1社で定年まで過ごす、そんな働き方は過去のものになった。多様な働き方が選択できる現代において、それは1つの選択肢にすぎない。ポジティブな転職や退職ということも選択肢としてフラットに存在しており、特にIT業界では人材の流動性が高い。人材の流動性が高くなっていく中で、経営判断として1つ難しいのが社員教育についてだ。流動リスクと社員教育コスト、そして即戦力採用コストなど、どのようにバランスをとるかという課題がある。
そんな中で社員教育に力を入れている企業が、EC×テクノロジーで順調に成長を続けるイングリウッドだ。入社時の研修に加え、様々な人材育成プログラムを実施することで、社員は多種多様なスキルを手にすることができる。創業以来、15期連続増収増益と勢いにのるイングリウッドは、流動的なこの時代になぜ社員教育に力を入れるのか。イングリウッドCEOの黒川隆介氏に創業エピソードから現在の教育方針・経営マインドについて話を伺った。
スタートは個人事業主
社員教育に力を入れている黒川氏だが、事業のスタートは個人での戦いだった。大学卒業後、起業に至るまでにどのような考えがあったのだろうか。
黒川氏:「大学では新聞学科で学びました。漠然と政治やスポーツに興味があり、新聞記者になりたいと思っていましたね。実際、学科の同級生の多くは、メディアに就職しました。一応僕も、就職活動はしたんですが、思ったような企業には決まりませんでした。
就職には興味があったので、事業会社の内々定式にも行ったんです。先輩たちも就職をすると、「オレ、いま1億円のプロジェクトをやってるんだ」とか急に変わってまぶしくも見えました。でも、内々定式で出会った5年後、10年後の先輩社員たちの姿に、「これが未来の自分なのか」と思ってしまったんです」
内々定式に参加した際に、就職後のレールが見えてしまった黒川氏は、刺激を求めてアメリカと日本で仕事をする起業の道を進み始める。
黒川氏:「大手メーカーに勤めていた母親からは、「就職しろ」って、ものすごいプレッシャーがありました。「起業して、アメリカと日本で仕事をするんだ」と説明しても、「夢みたいなこと言って、将来どうするの!」と、まったく通じませんでした。
留年はする、お金もないのに起業をすると言い出す。いま振り返ると、親の気持ちもわからないでもありません」
英語は自身で習得、コミュニケーション力をつけることから始まる
アメリカからのエクスポート事業において必要となるスキルは英語とそれを活かしたコミュニケーション力だ。どのように習得し、現地ではどのような行動をとったのだろうか。
黒川氏:「大学を卒業した後、アメリカの内陸の地方都市にあるスケートボードショップを車で回りました。そこでスニーカーを安く仕入れ、日本で売るビジネスを始めました。最初は、いろんなバイトを掛け持ちしながら、自分の事業をやっていたというのが実態でした。
アメリカに留学経験があった母親から、「英語だけはできるようにしておきなさい」と何度も言われたこともあって、英語は得意でした。英語を身につけるうえで、学生時代に世界中を旅したことも大きかったと思います。
ビジネスに使う英語は「どの商品を送って」とか「いつ払ってくれるの」とか、そんなに難しくありません。でも、仲良くなって、趣味や個々の考え方など込み入った話をするようになると、ずっと難しくなります。とにかく単語を知らないと話にならないので、単語だけは一生懸命覚えました。
世界中どこに行っても、まずは仲良くなることが大切です。アメリカの地方のスケートショップに行って、夜も一緒に過ごして、さまざまな話をします。人と触れ合う、会話をすることに時間をかけ、少しずつネットワークを築くことができました」
ビジネスの学び先は取引先
現地でのリレーション構築のため深くコミュニケーションをとっていった黒川氏だが、ビジネスのスキルはどのように学んだのだろうか。
黒川氏:「個人事業主として事業を始めて、2005年に有限会社を設立しました。お金はずっと苦しかったんですが、事業そのものはずっと成長を続けていました。仕入れや支払いのやり方がわかっていなくて、いまで言う黒字倒産をしかけたことが何度かあります。
たとえば、ある会社から商品を仕入れて、代金を支払って、会社にキャッシュがないとします。そのとき、別の会社から支払いを求められても、キャッシュがなければ払えません。当時は、仕入れと支払いに時間的な差をつくるとか、そういったビジネスの仕組みがまったくわかっていませんでした。
自己資金でビジネスをやるうえで、お金をどう生み出すか、お金について学んでいないと、すぐに倒れてしまう。でも、20代だった僕は何一つわからなかった。ビジネスの基本を教えてくれたのは、取引先の商社の担当者の方でした」
ビジネスの基本を教えてくれたのは取引先の担当者と語る黒川氏。それは自らが積極的に質問をし、学ぶ姿勢を見せたことで想いが伝わったという。
黒川氏:「何度も電話をかけて、質問を繰り返していたら、「お前ほんとにしつこいな」って。土日に自宅に招いてくれて、さまざまなことを教えてくれました。取引先の銀行の方には金融について、教えていただきました。
事業別のポートフォリオの作り方、ファイナンス観点で見た月次の管理の仕方など零細企業にとって命取りになることをこと細かくレクチャー頂きました」
自身が成長し、組織拡大に伴い社員教育のフェーズへ
そしてイングリウッドは事業の成長に合わせ拡大し、連結で社員数が100人を超える規模になった。その過程で大事にしてきたのが社員教育だ。
黒川氏:「さまざまな人たちからいただいた助言を、自分なりにかみくだいて、教育プログラムに落とし込む作業を繰り返してきました。自分自身の経験もあって、会社では社員のテクニカルな教育に力を入れています」
黒川氏は若手時代をとにかく行動し学ぶことに専念し、かかさずメモをとって体系化していった。そして自身の経験によって得られた膨大なノウハウを教育プログラムに詰め込んだ。そうして出来たイングリウッドの教育プログラムで得られるスキルは多岐にわたる。
ファイナンスでいえばPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)、マーケティングでいえばマーケティングスキルからリスティング広告やディスプレイ広告等のデジタル広告やコンテンツマーケティングなど、そしてデザインやコーディングスキルについてもPhotoshop・Illustrator、HTML・CSS・JavaScriptと幅広く学び、サイト制作ディレクションなどは実践ケースで、Microsoft Officeはもちろん、SlackやZoomといった実際の業務利用するツールの使い方も含めて学ぶことができる。
黒川氏:「とくに財務会計の知識は必須です。損益計算書を自分で書けるのは当然として、貸借対照表を読み解いたり、キャッシュフローのシミュレーションもできるべきです。イングリウッドが成長できたのは地に足のついた経営を実践できたからです。この経営目線を全社員が持つことが非常に重要です。事業作りにおいてファイナンスを理解していることが重要成功要因だと感じています」
さらに、教育プログラムはマネージャー陣で新たなノウハウを言語化・体系化し、定期的に更新されることで、より高いレベルへ鮮麗されていく。教育プログラムを作成し実行していくフローを整備することで、社員教育への意識をより強くしている。
社員教育に込められた想い
黒川氏:「多くの企業は、会社を学ぶ場所ではないと考えていると思いますが自分はそうは思いません。せっかく会社に入ったのなら、会社のお金でどんどん学べばいいと思います。できる人間といっしょに働くと、最高に成長できます。その人の助言を100%吸収したら、その次へ進む。
とにかく、しつこく聴く。その人に乗り移ったぐらいの気持ちでやっていれば、あっという間に吸収できます。メンバーには、もっとその部分は積極的にチャレンジしてもらいたい。40代に入ってつくづく思いますが、本当に人生は1回しかありません。できることは、それほど多くはありません。
僕は日々、今日も学んで、成長し、それを成果につなげようと思って会社に来ています。毎日、出勤したときに、「今日もがんばろう」と思えるのか、「今日も仕事がはじまるのか」と暗い気持ちになるのか。全然違う生き方になるし、全然違う人間になると思います。
そう思ってもらえる環境が作り出せていないとすれば、それはイングリウッドではない、と思っています。教育に力を入れていますが、退職してもいいんです。この業界で1社に留まることのほうが珍しいですし、留まるべきとも思っていません。逆にイングリウッドで良い経験をしたメンバーはその後も良いパートナーになります。小さいことは言わずに、純粋に良い人生を歩んでほしいという想いが強いです」
せっかくイングリウッドと出会い働くのであれば、その時間を充実したものにして人生を豊かにしてほしいという社員への強い想いを語る黒川氏。それに応える社員がいるからこそ、イングリウッドは成長を続けられる強いチームであり続けると黒川氏は目を輝かせる。
黒川氏:「経営者として大事にしているのは機会平等です。最初は全員に機会を与えたいと思っています。教育プログラムを通じて力をつけたメンバーに挑戦できる環境をしっかりと提供することで強い組織になります」
取材・文 小島寛明
編集 AMP編集部
写真 西村克也