スイーツ業界でひときわ存在感のある企業と言えば、焼きたてカスタードアップルパイ専門店「RINGO」や焼きたてチーズタルト専門店「BAKE CHEESE TART」などを運営する株式会社BAKEがあげられるだろう。
2013年に創業したBAKEは、1ブランド1種類のみを取り扱う「お菓子の専門店」として注目を集め、「お菓子を、進化させる。」をミッションに、スイーツ業界の改革を行ってきた。
BAKEが人々に広く知られるようになった背景には、オウンドメディア「THE BAKE MAGAZINE」の存在がある。お菓子屋さんであるBAKE自らが牧場へ取材に行く、競合他社を紹介するなどのユニークな記事は話題となり、立ち上げ当初より話題となったメディアだ。
そんな「THE BAKE MAGAZINE」が、今年10月にリニューアル・再出発したという。そこでなぜリニューアルしたのかや、オウンドメディアを運営する難しさ、ものづくりに対する思いなどをBAKE 広報室 室長 北村萌 氏に伺い、BAKEが考えるブランド発信・情報発信の極意をひも解いて行きたい。
オウンドメディア衰退期。再出発に踏み切るのはなぜか
オウンドメディア衰退期といわれる現在、「THE BAKE MAGAZINE」はリニューアル・再出発することを発表した。なぜこのタイミングなのか、その背景とは。
───なぜ、リニューアルすることになったのでしょうか。
北村:オウンドメディアを始めた頃は、専属の編集チームがBAKEの情報を発信していました。お菓子屋さんなのに牧場に取材に行ったり、競合のお菓子屋さんに取材に行ったり、いろんな記事を掲載していたんです。
しかし会社が成長しフェーズが変わるに連れて、自社の情報ばかり掲載するようになり、KPIをどこに置くのかという問題も出てきました。
エディターとしては、お菓子のことを伝える良い記事を作りたい。けど、経営陣としてはそれだけじゃダメで、どんな人が見ていてどんな効果があるのかという視点も必要。だから、社内で意見が衝突する時もあって。
そういった事もあり、オウンドメディアの運営方針を見直して、再出発しようという話になりました。
リニューアルしたTHE BAKE MAGAZINE
───一時は閉鎖の話も出ていたとか
北村:はい。実は担当者が他業務と兼任していたこともあり、オウンドメディアにリソースを割くことが難しくて、更新が滞っていた時期もありましたし、辞めてしまおうという話もありました。
「THE BAKE MAGAZINE」を始めた当初は、オウンドメディア最盛期と言われるほど次々とメディアが誕生していました。しかし今はオウンドメディア衰退期。色々なメディアが閉鎖をする中で、私達BAKEはどうすべきなのか悩みましたね。
───それでもリニューアルして続けようと思った理由は?
北村:「THE BAKE MAGAZINE」が採用にすごく影響していたんです。
───採用とは?
北村:オウンドメディアを始めてから、「THE BAKE MAGAZINE」を見てBAKEに入りたいと考えてくれる方がたくさんいて。
オウンドメディアは、弊社がどんな企業なのか知っていただく良い機会になっていました。だから採用広報的な意味も含め、メディアの運営は続けたほうが良いと判断しました。
それに社員も「THE BAKE MAGAZINE」を見て入社を決めた人がたくさんいますし、更新を楽しみにしている人がたくさんいます。だから、社員の心の支えとなる意味でも、無くしてはいけないと思ったんです。
ブランドのビハインドストーリーを伝えたい
───リニューアルで、どのようなオウンドメディアにしていきたいですか?
北村:ブランドができるまでには、たくさんの方々の協力があります。例えば1次産業の方ですとか、工場で商品を作っているメンバーとか。いろいろな方の協力があってお客様のもとに届くんです。
そういったブランドのビハインドストーリーを伝えられるオウンドメディアでありたいと考えています。
───オープンイノベーションをテーマにしたのはなぜでしょう。
北村:私たちは「お菓子を、進化させる。」というミッションがあります。しかしそれを達成するには、私たちだけでは難しいんです。原材料や作り方、届け方全てにおいて進化させることが、お菓子を進化させることにつながると思うんです。だから、ミッションを広義にとらえ多角的に伝えていけるメディアになりたいと思い「オープンイノベーション」としました。
どういう志を持ってお菓子や食に取り組んでいらっしゃるのかとか。お菓子屋さんにこだわらず伺っていきたいですね。
ものづくりにかける思いや熱意は私たちも大切にしていることなので、いろいろな思いや取り組みを伺って、業界全体がどんどん活性化できるようなメディアを目指していきたいなと思っています。
発信にこだわる根幹は「BAKEのものづくり」
───やはりメディアを使ったプロモーションは重要なのでしょうか。商品を作る上で、どのような取り組みをされていますか。
北村:お菓子屋さんというと、ショーケースの中に色とりどりのケーキが並んでいて、華やかなイメージがありますよね。選ぶ楽しさもあります。しかしBAKEの場合、1ブランド1商品の専門店業態を取っています。だから、ビジネスモデル自体が一般的なお菓子屋さんと異なるんです。
私たちの商品って、チーズタルトやアップルパイみたいな、茶色くて、写真映えしない地味な商品ばかりですし……(笑)。
ただ、専門店業態をとって商品を絞ることで、原材料にこだわれますし、製造工程にもひと手間加えられて、よりおいしくできます。いろいろな種類のケーキを作ると、そのぶん工程も必要ですし、人手も必要になると思います。しかし、一つに絞ることによってリソースも集中でき、お菓子自体にもうひと手間かけられるんです。
───先ほど、写真映えしない商品ばかりとおっしゃっていましたが、BAKEさんってすごくカラフルで洗練されたブランドイメージがあります。
北村:弊社はブランドカラーを重要視しています。例えば、BAKE CHEESE TARTだったら黄色ですし、クロッカンシュー ザクザクというシュークリームのブランドはお菓子では使わないと言われている水色と白をベースにしています。PRESS BUTTER SANDは蛍光でビビットなオレンジをアクセントに使っていますね。
お菓子ではあまり使われない水色と白をキーカラーにした「クロッカンシュー ザクザク」
そういった視覚的に絶対ぶれないクリエイティブの制作と発信が自社の強みだと考えています。
───確かに。お菓子自体はカラフルではありませんが、BAKEは黄色、ザクザクは水色など鮮やかな印象です。
北村:商品が一つなのでブランドカラーを前面に押し出しやすいんです。記憶に残りやすいし、「何屋さんだっけ?」と思われない強さもありますね。
私たちは、まだ誰もやったことがないような部分に挑戦していきたい。そして、それをさらに進化させるとどうなるのか、ということに取り組んでいきたいなと思っています。
───1つの商品だけだと、いくらおいしくても飽きられてしまいませんか?
北村:やっぱり、飽きられることはあります。
商品がひとつしかないからこそ、おいしさにこだわった製造をしていますので、味には自信があります。しかし、飽きさせない仕掛けは必要です。
だから、「お店に行って商品を選ぶ瞬間」「お客様が買う瞬間」「買って誰かに渡す瞬間」その全ての瞬間に、ワクワクするような体験をご提供したい。そういった、多角的な視点からのアプローチは常に考えています。
それが、お菓子を進化させることにも繋がっていくと思うんです。
「商品開発」「クリエイティブ」2つの要素の相互理解が必要
───「BAKE」というブランドを発信する上で心がけていることはありますか。
北村:ブランドづくりに関しては多面的に情報を発信したいと考えています。多面的にというのは、「この商品はいくらです。おいしいですよ」だけではなくて、原材料の部分や、デザイナーがどういう思いでこのブランドをデザインしたのかなどですね。それを、プレスリリースにも細かく入れています。
また弊社では、ブランドについてインタビューさせてくださいというお話があった場合、デザイナーに依頼する事が圧倒的に多いですね。
───それはなぜでしょうか?
北村:ブランド発信やブランド作りをするうえで、商品開発とクリエイティブはお互いを理解する必要があるんです。
例えば、ガトーショコラ専門店の「Chocolaphil(ショコラフィル)」というブランドが今年の2月にオープンしました。その際には、デザイナーがカカオの原材料の産地まで掘り下げ、「海を超えてやってくるカカオ」をイメージソースに、ブランドのキーカラーをウルトラマリンブルーに決めました。
ウルトラマリンブルーがキーカラーの「Chocolaphil」
そのほか、デザイナーがチョコレートの原材料を供給してくださるブランドに行き、どのようなもの作りをしているのかをヒヤリングしたり、店舗デザインの際は、視覚的にお店に来た時にどういう体験を提供するのかも一緒に詰めたりもしました。
それぐらい、デザイナーはブランドとしての事業全体を引っ張ってくれる位置にいます。
そして私たち広報は、デザイナーの思いや商品に込めた思いをどう世の中に伝えていくか、ブランドのトンマナを意識しつつ、余すことなく伝えたいと思っています。それが、弊社の情報発信です。
───熱量が強い企業だけに、情報発信にも力が入りますね。
北村:情報発信をする側は、最後にバトンを渡されるんです。みんなの思いを背負って情報発信をする必要がある。だから、熱量や思いをどうオウンドメディアに落とし込めば良いのかは、常々考えています。
プレスリリースにも詳しく書きますが、それだけじゃ伝えきれないんですよね。もっと深い話とか、商品ができるまでの失敗談とかも伝えたいんです。そういう情報を発信することで、製菓業界に良い刺激となり、BAKEってこんなものづくりをしているんだなと思ってもらえたら良いなと思います。
───ターゲットは絞っていらっしゃいますか?
北村:ターゲットは決めていません。お客様に見て頂きたいというのもありますが、業界は違えどイノベーションを起こそうと思っている会社さんや、お菓子とかあまり興味ないけどBAKEは面白そうだなと思ってくださる方々にも見てもらえたらうれしいです。
それに今、弊社は、何のためにこんな活動をしているのかとか、私たちの価値とか、自社の存在意義とか、そういうものを考える時期にあると思うんです。子どもが成長して、ちょっと深く物事を考えるようになった……みたいな。
しかし、それを社内会議で伝えていくって難しいんですよね。だから、社員もアルバイトも見られるオウンドメディアでそういったことも発信できたら良いなと思います。
だからターゲットって全く絞れないんです。社内、B2C、B2B含め、情報発信を考えています。
人間性を出すことが共感へつながる
───情報発信の際に考えていること、重視していることはありますか?
北村:BAKEってそれぞれのブランドが尖っているので、普通のお菓子屋さんのようにほっこりした部分がないように思われがちなんです。だから、オウンドメディアで人間らしさや人間味を出したいですね。
バズる記事にしたいとかは、全く思っていません。私たちが本当に伝えたいことを伝える。そこにきちんと私たちの人格を乗せる。それが一番大切なのかなと思います。
───BAKEさんは、オウンドメディアとしてファンが付くメディアになりました。なぜそこまで成長できたのでしょうか。
北村:BAKEらしさを発信してきたからだと思います。独りよがりな宣伝だったら多分誰も読まなくなってしまうし、私たちも辞めてしまったと思うんです。
私たちが大事にしているものやそれに共感してくれる企業さん、一緒にものづくりをしていただける企業さんとか、一緒に作り上げている人々にフォーカスしてそれをフィーチャーする。そんな、普通のお菓子屋さんでは難しい部分が発信してこれたのかなと思います。
それに今は産地が知りたいとか、どういう風に作られているかを知りたいというニーズが高まっていますし、それを購入基準にしている方が増えています。「THE BAKE MAGAZINE」では、その部分をしっかりと掘り下げて伝えられるんです。
原材料にもストーリーがあって、コラボレーションさせていただく企業さんにもストーリーがある。それをうまく発信できたからこそ、読者の方にも共感してもらえたのかなとは思っています。
そしてそれが、BAKEが持つブランド力なのかなと思います。
───今後、オウンドメディアとしてはどう進化していきたいですか?
北村:「食」という意味で、もう少し広く考えていきたいですね。例えばアメリカでは人工肉とか、完全食を作っていらっしゃる会社さんが沢山あります。あと宇宙食ってどういう風に作られているのかとか。食ってどんどん進化しているので、それを追いつつ企業としての人格をきちんと出していけるようなオウンドメディアにしたいですね。
そして、私たちに力を貸してくださっている方々と共に成長していけるメディアでありたいと思っています。
世の中と共に、お菓子業界も進化していく必要があると思うんです。お菓子業界って、割と保守的な業界だと思っているので、私たちも世の中の流れとかイノベーションというところにしっかりと目を向けていくことが、「お菓子を、進化させる」ところにも繋がるのではないかと思います。
取材・文:成田千草
写真:西村克也