米中覇権戦争に翻弄される「南国の楽園」でいま何が起こっているのか?

フィジー、パラオ、ツバル、マーシャル諸島などと聞くとまず思い浮かべるのは、きれいな海とビーチではないだろうか。「南国の楽園」と呼ばれるオセアニア諸国は、日本人にも人気の旅行先だ。

ゆったりした時間が流れる南国の島々、争いとは無縁の場所のように思える。しかし、いまこの南国の楽園が米中貿易戦争、さらには米中覇権戦争において影響力がぶつかり合う最前線になっている。

いま南国の楽園で何が起こっているのか。米中の動き、さらには島諸国で起こる大きな変化について、その最新動向をお伝えしたい。

米中の火花散る「南国の楽園」

中国が推し進める「一帯一路」構想。その影響は、東南アジアや南米、アフリカなどで顕著なっている。

たとえば、カンボジアの港湾都市シアヌークビルでは、中国企業が大量に押し寄せ、カジノやリゾート施設を建設、これにともない多くの中国人観光客がやってくるようになり、街の様子は大きく変化している。

一般的には観光客の増加は地元経済を潤すため、好意を持ってに受け止められることが多いが、シアヌークビルの地元民の心境は複雑なようだ。

地元メディアが取り上げるトピックもネガティブなものが多い。中国企業がホテル経営ライセンスを取得せずに宿泊施設を運営し、排水をそのまま海に流していたことや中国企業が安全性を無視した建設を行いビル倒壊を招いたことなどが取り沙汰されている。

また、シアヌークビルを軍港に改造するのではないかとの懸念も浮上している。


中国語が並ぶシアヌークビル(2019年4月)

スリランカのハンバントタ港やパキスタンのグワダル港などと同様の動きと見て取れるかもしれない。

こうした動きに加え、米中貿易戦争の激化によって、世界中では分断の動きが加速している。中国は資金援助をテコにアジア、アフリカ、南米の国々を懐柔し、一帯一路構想に引き入れることに躍起になっている。

一方、中国の世界展開に危機感を募らせる欧米各国は対抗措置を強化し、中国の動きを阻止しようとしている格好だ。

中国が資金援助を行うとき、ある条件が付けられているようだ。それは台湾と断交すること。2016年5月、台湾で蔡英文政権が発足。それ以降、すでに6カ国が台湾との断交を表明しているのだ。

2016年12月には、アフリカのサントメ・プリンシペ、2017年6月には中米パナマ、2018年5月にはカリブ海のドミニカ共和国とアフリカのブルキナファソ、同年8月には中米エルサルバドルが台湾と断交した。

そして2019年に入り、この流れは太平洋諸国で顕著になり始めた。2019年9月にはソロモン諸島とキリバスがそろって台湾との断交を発表。これまで米国の影響力が強かった地域だが、それが切り崩される形となり、世界各国の目が向けられるようになっている。

ソロモン諸島とキリバスは「オセアニア」と呼ばれる地域に属する独立国。このオセアニアとは、オーストラリアとニュージーランド、また太平洋の小さな島しょ諸国・各国領によって構成されている。フィジー、ツバル、バヌアツ、パラオなども含まれており、一般的に「南国の楽園」として知られる場所だ。


オセアニア地域

ソロモン諸島と中国の関係

オセアニア諸国のなかでいち早く台湾と断交し、中国との国交を結んだソロモン諸島。オーストラリアの北東に位置する人口54万人ほどの小さな国。

台湾との断交を発表したのは2019年9月16日と最近のことだが、ソロモン諸島ではすでに中国の影響力が出始めている。もともとオーストラリア企業による投資が盛んだった国であるが、中国企業へのシフトが進行中だ。


ソロモン諸島

オーストラリアメディアによると、2019年11月にはソロモン諸島のニッケル鉱山で操業していたオーストラリアの資源会社アクシオム・マイニングに対し、同国当局から投資ライセンスの取り消しが通達され、国外退去を求められるという事案が発生。

代わりに中国企業に対し、資源開発と港の利用を承認したという。

ソロモン諸島ではアルミニウムの原料となるボーキサイトが豊富に眠っている。世界最大のアルミニウム生産国である中国は、ソロモン諸島との国交樹立によってボーキサイト発掘を加速させたい考えなのかもしれない。

実際、中国は2014年すでにソロモン諸島南部のレンネル島でボーキサイトの大規模発掘を開始している。

この点に関しては、地元政府の汚職や住民の不当な立ち退き、さらには熱帯雨林の破壊などが進行しているとしてニューヨーク・タイムズが2019年4月の記事でさまざまな問題が起こっていることを伝えている。

また最近では、ボーキサイトを運搬する中国行きの運搬船がソロモン諸島領域で座礁し、燃料流出によってこの海域や近隣の島々を汚染するという事故が発生。環境破壊や地元住民の生活を脅かしたとして非難を浴びたばかりだ。

鉱山開発のほか、ソロモン諸島と中国は観光でも協力していく構えだ。2019年10月、ソロモン諸島のソガバレ首相は中国を訪問し、習主席と会談。このとき中国側からは、この先ソロモン諸島は中国人の海外旅行先になるだろうとの発言があったと報じられている。

中国が影響力を強める地域で欧米諸国が目を光らせているのが、スリランカのハンバントタ港とおなじようなことが起こらないかどうか。港をすべて借り上げ軍港にするのではないかという疑念があるためだ。

この問題はソロモン諸島でも持ち上がった。同国セントラル州政府が中国企業に対し2平方キロメートルのツラギ島を貸し出すとする契約が結ばれていたことが発覚。ツラギ島には大型船舶が出入りできる港があり、米国やオーストラリアからは軍事利用の懸念が噴出した。

この問題に対し、ソガバレ首相は2019年10月末、契約したセントラル州政府と中国企業にはそもそも契約当事者になる権限がなかったとし、契約は無効であるとする声明を発表、事態の収束を図った。この決定に対し、米国のエスパー国防長官からは「称賛する」との声明が出されている。

ツバルやパラオは台湾との関係維持、中国からの団体旅行は違法に

ソロモン諸島、キリバスと立て続けに台湾との断交を発表したことで、他のオセアニア諸国もこの流れに乗るかと思われたが、現在のところオセアニアではこの2カ国のみにとどまっている状況だ。

ツバルは2019年9月23日、同国ナタノ新首相が台湾との外交関係を維持する考えを表明。また親日国として知られるパラオも同様の姿勢を示している。

パラオについては、このところ中国政府による制裁とも見れる動きが加速しており、中国離れが進んでいる。2017年11月ごろ、中国政府はパラオと台湾の外交関係を理由に、中国国民に対しパラオへの渡航停止を指示。これを受けて中国からの観光客は激減し、パラオ航空は2018年末に中国路線を停止。

さらに中国メディアGobal Timesが2019年4月に伝えたところによると、中国政府は国内大手の旅行サイトMafengwoに対し、台湾との外交関係を維持するパラオを含む国々の情報を削除するように指示。

いまではパラオ、パラグアイ、グアテマラ、ハイチ、バチカンなどの情報が削除されているという。中国ではこれらの国々へのグループツアーは違法となり、違反した場合は罰金が科されることになる。


自然資産を維持・保護する方針を強めるパラオ

オセアニアで増大する中国の影響力を抑え込むために、オーストラリアやニュージーランドは島しょ諸国との連携や支援を強化する考えだ。オーストラリアは20億豪ドル(約1,500億円)の基金を創設する計画を発表。

ニュージーランドも1,000万NZドル(約7億円)の基金を創設する計画という。さらに在外公館の新設なども検討されている。

第二次大戦中は日米戦の前線となり、その後は米国やフランスの核兵器の実験場になるなど大国に翻弄され続けているオセアニアの島々。これらの国々の事情は既存メディアで報じられることが少なく、国際社会の注目を浴びることはあまりなかったが、ソーシャルメディアやウェブメディアの登場によって状況は変わりつつある。

パラオでは中国に依存しない経済を模索するなど、他国のロールモデルになるであろう取り組みが進行中だ。今後も世界の目はオセアニアに向けられることになるだろう。

文:細谷元(Livit

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