第3次AIブーム、健康管理はどう変わるのか

いま、AI(人口知能)によって、多くの産業が変革している。

こうした動きは日本のみならず、欧米諸国でも見られており、仏ReportLinkerの研究結果によれば、ヘルスケア産業におけるAI開発の市場は、ここ数年の間で急激な伸びが予想される。

ヘルスケア産業におけるAIの市場規模は、2018年時点では約20億ドル(約2,200億円)だったが、わずか6年後の2025年には約361億ドル(約4兆円)にも達するとされるのだ。これが実現すれば、年成長率はなんと50.2%という驚異の数字になる。

どの年代層にとっても、健康やヘルスケアは興味関心の高い分野であり、この分野に集中してAIが投下されるのは、時代の流れからいっても当然のことだ。

これからヘルスケアマーケットへのAI活用が活発化するなかで、私たちの日常生活はどう変わるのか?

現実の動きを見ながら、その未来を考えたい。

フィットネスはAIが指導

体を動かすフィットネスの分野は、真っ先にAIが進出すると予測される。ビッグデータを分析し、一人一人に最適なトレーニングプログラムを弾き出して提案するのは、AIの得意分野であるためだ。

AIによるフィットネス指導は、すでに日本でも事例が見られる。

たとえば、アメリカ・シカゴ発、AI主導のパーソナルトレーニングジム「エクササイズコーチ」は2019年6月~7月にかけて、大阪・広島・名古屋・東京に新規5店舗をオープン。その後も急激に店舗数を拡大し、2019年11月末現在、日本全国で16店舗を運営している。

「エクササイズコーチ」は「トレーナー主導型」から「トレーニングマシン主導型」をうたっている。「従来のパーソナルトレーニングでは、トレーナーの経験値や技量に影響を受けるため、トレーニング効果が出にくい」として、「マシンが一人一人の筋力や可動域に合わせ、最適なプログラムを提供する」のだ。1回20分という短時間、そして、低価格な料金設定が特徴で、現在、着々と市場を拡大している。

また、フィットネスにAIを取り込んだ先駆けと言えるのが株式会社FiNC Technologiesだ。

同社は、予防ヘルスケア×AI(人工知能)に特化したヘルステックベンチャーであり、2012年の設立以後、まずは2014年3月に「FiNCダイエット家庭教師」をスタート。

その後もサービスにますます磨きをかけ、AIを活用したウェルネス・ヘルスケアアプリ「FiNC」を開発。毎日の食事・睡眠・運動などの記録データをもとに、各ユーザーに合った美容・健康のアドバイスを提供している。

トレーナーが1on1で指導するスタイルは、たとえばジムのスタジオなどで大勢が一緒のエクササイズを行うスタイルよりも、確かに効果があがりやすい。だがその分、トレーナーの“質”が効果に大きな影響を与えるのは間違いない。

実際、チェーン展開しているあるジムでは店舗数拡大のペースにトレーナー育成が追いつかず、結果、経験不足のトレーナーがデビューせざるを得なくなり、顧客からの評価を下げてしまった、という例もある。

そうした観点から考えれば、AIを活用したトレーニング指導は、誰に対しても(理論上では)最適なプログラムを提供することができ、また、「トレーナー育成が間に合わない」という問題も解決してくれる。

今後も、AIを活用したトレーニング指導はますます加速していくのは必然だ。

食事内容はAIによるディープラーニングで管理

「何を、どれくらい食べれば良いか」ということも、健康を維持する上では大事な観点だ。そのため、「食」というフィールドにおけるAI開発も、ますます市場競争が激化している。

アメリカ・ニューヨークのスタートアップ企業「Bite AI(バイト・エーアイ)」が開発した「Bitesnap(バイトスナップ)」は、AIを活用した食事記録アプリだ。

食事の画像をスマートフォンで撮影するだけで、AIがその内容を分析し、カロリーや栄養成分を自動的に計算してくれる。AIはディープラーニングによって1,300種類以上の飲食のカテゴリーから食べたものなどを特定。

さらに、機械学習(ML)によってユーザーごとの食習慣を学んでいき、過去の画像や、食事時間や食事の組み合わせなどから対象物の内容を類推する。

そうした経験を重ねることで、AIはユーザーの食生活をより正確に把握できるようになり、ユーザーが摂取した炭水化物や脂質、タンパク質などの栄養素の分量も、きちんと計算できるようになるという仕組みだ。

健康を管理するには、毎日食べたものを記録して管理することは、とても役立つ。とはいえ、毎食ごとに細々とメモするのは現実的ではない。その点、「Bitesnap」はAIを搭載することで、ユーザーの負担を軽減している。そうした「無理なく継続できる」というお手軽感は、AI活用での重要なキーワードだ。

また、2019年11月13日にソフトウェアメーカーの株式会社シグナルトークが発表した「Work UP」は、非常にユニークだ。

「Work Up」は、AIが食生活を分析し、仕事のパフォーマンス向上に効果的な食事を提案するサービスだ。AIに、約3,500人の食生活と年収に関するデータをディープラーニングで学習。つまり、「食べると年収がアップするメニュー」をAIが提案してくれるのだ。

ユーザーはまず、生年月日、身長、体重、現在の年収、食品のアレルギーなどを入力する。その後、「週に1回以上、生野菜サラダを食べていますか」「人よりも集中力が続かないほうですか」など130個の質問に回答。その答えをもとに、生涯年収、健康労働年数、余命などを算出する。

この結果に応じて、AIが仕事のパフォーマンスをあげるために最適なメニューを提案してくれるのだ。

たとえば、物忘れが激しい人には、脳機能を向上させるDHAやEPAを多く含むカツオをだしに使ったみそ汁をレコメンドする、といった具合だ。メニューの提案とあわせ、材料や作り方、必要な調理器器具なども紹介。日々の食生活に採り入れやすいように工夫している。

同社によれば、現在はテスト段階だが、2020年から月額9800円(税別)の有料サービスを始める予定だという。単に健康を管理するだけでなく、AIによる食事管理を仕事のパフォーマンスや年収アップにつなげるという観点は新しい。

今後、注目のサービスになるだろう。

睡眠中もAIが熟睡具合をしっかり把握

睡眠は、健康を維持する上で土台となる、重要なものだ。睡眠中、人間は体や脳を休め、細胞の修復を図るからだ。

だが、睡眠時間は足りているのに熟睡感がないという場合はいびきが原因かもしれない。そんな時に便利なのが、Reviva Softwork社が提供する「いびきラボ」のアプリだ。

「いびきラボ」の基本的な機能はいびきを記録、測定、追跡だ。ベッドや布団のそばにスマホを置いて寝るだけで、睡眠中のいびきを記録し、時系列でいびきの大きさをグラフ化してくれる。

さらに、いびきの原因の追求と改善にも役立つ。たとえば「アルコール」や「極度の疲労」など、いびきの原因となりやすい要因に心当たりがある場合、睡眠前にチェックしておくことで、自分がいびきをかきやすいのはどんなシチュエーションか、その因果関係をみつけることができるのだ。

これまでも、いびきを直接的に録音して解析するアプリは長い間、研究されてきた。
だが、記録装置が大掛かりだったり、複雑な解析ソフトが必要だったりして、なかなか一般の人が気軽に使うまでには至らなかった。

しかし、この「いびきラボ」は、アプリをダウンロードするだけで誰でも使うことができる。記録できる日数に制限があるとはいえ、無料での使用も可能だ。

さらに、男性に多い睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害を調査するなど、医療に関する相談にも活用することができ、実際、いびきアプリを患者に推奨している耳鼻咽喉科も少なくない。

「AI VS人間」ではなくて「AI &人間」

このように私たちの日常には、AIを導入することでもっと便利に、快適に、そして、より健康的に変わるシーンがたくさんある。もちろん、病気や怪我など「いざ」というときにも、AIは役立つ。

MRT株式会社が運営する「ポケットドクター」は、スマートフォンやタブレットを使い、オンライン上で医師から診療を受けることができる遠隔診療サービスだ。医療機関への診療予約から診療、薬や処方箋の受け取り、決済までの一連の流れをアプリで実現できる。

確かにAIを健康管理に活用すれば、生活のクオリティが向上し、効率化が進むことは明らかだ。サービスが広く普及すれば、いまよりもっと価格が下がり、気軽に利用できるようになるだろう。

現在、世界的に問題となっている「健康格差」も解消され、世界中どこにいても、誰もが安心して健康管理のサービスを享受できるようになるはずだ。

だが一方では、課題も残されている。その筆頭が、「過失責任は誰が負うのか」という点だ。

仮にAIが暴走したり、ミスを犯したりして、誰かを傷つけることになった場合、それを作った企業が責任を負うのか、あるいは、それを所有している企業(または人)が責任を負うのか。

そして、具体的にどのような法律の責任を負うのか、そもそもAIに人権や責任は発生するのかなどの議論においては、まだ、世界的に結論が出ていない。また、プライバシー保護の問題や、データの安全性についても多くの課題が残されている。

これからクリアしなければならない点は確かに多いが、AIが確実に日常生活へ浸透しているのは事実である。

だが、「過失責任」や「安全性」といった課題からAIの活躍を俯瞰すると、どうしても「AI VS 人間」という対立構造が見えてくる。まして、「今後、AIやロボティックスがますます社会へ普及すれば、人間の雇用が奪われ、失業者が増える」といった悲観的な予測が加われば、なおさら対立は大きくなる。

しかし、もはやAIの進化を止められない限り、悲観的な未来を一方的に語っていても意味がないのは明らかだ。

そうなれば、「AI VS 人間」ではなく、「AI & 人間」という共存の視点に立つことが、まず、必要になってくる。AIと共に生きるには、どうすれば人間にとって好ましい未来になるのか。

もっといえば、「みずからの意思で物事を決定しているといる」という充足感をAIによって奪われることなく、人間が自主的に、かつ主体的に生きるためには、どうやってAIと生活をシェアすれば良いのか。

そのために、AIと人間の棲み分けを最適化することが、今後必要になってくることは間違いない。

文:鈴木博子