「パスポートなし海外旅行」2020年に実現か? 年間20億人が旅行する時代、空港負担を軽減する一手

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最近、国内・国外に関係なく旅行先で必ずといっていいほど見るのが「人混み」だ。

新興諸国の所得水準の高まり、格安航空便の増加、オンライン予約サービスの普及などによって、旅行がこれまでにないほど手軽になっているためだ。またインターネットやスマホ、ソーシャルメディアの普及も大きな要因といえるだろう。

ここ10〜20年を振り返ってみると、旅行をとりまく環境は大きく様変わりした。これほど大きく変化した旅行産業であるが、変わらないものもいくつかある。その1つが海外旅行の際に必須となる「パスポート」だ。

いまのように複数回使用できる形態のパスポートは1900年代中頃から使われ始めたといわれている。チップを埋め込むなどのマイナーチェンジがあったものの、その制度や使われ方は半世紀以上変わらないものだ。

しかし2020年を目前に「パスポートなしの海外旅行」が実現する可能性が浮上し、旅行産業がさらに大きく様変わりする見込みが大きくなっている。

カナダとオランダで実施される「パスポートなし海外旅行」実験

「パスポートなし海外旅行」プロジェクトを実施しているのは、世界経済フォーラム。正式には「Known Traveller Digital Indentity(KTDI)」と呼ばれている。現在、同プロジェクトにはカナダとオランダが参加し、両国間でパスポートなしの出入国実験が行われている。

一般的にパスポートとは、国籍保有国の政府がパスポート所持者の渡航を認め、国籍を有することを証明し、渡航先の国家に対し人身保護を要請する書類であるといわれている。また所持者の身元を明らかにするものとしても重要な役割を果たしている。

ではパスポートなしの海外渡航とはどのようにして実現するのだろうか。

KTDIの実験では、パスポートでなく「スマートフォン」が活用されている。スマホに記録された所持者の個人データ、これを当該空港間でやり取りすることで、渡航者の身元を明らかにし、出入国手続きを行っているという。

現在、多くのスマホでは顔認証や指紋認証などの機能が付いているが、これらの機能で得られる個人データを暗号化し、航空会社や入国管理局に送付。送付の際には、データ送信者に同意の確認が逐次行われる。

この仕組みにより、ペーパーレス化や入国審査の効率化につながり、空港や航空会社の負担が減ることが期待されている。

世界経済フォーラムがKTDIプロジェクトを実施する理由はここにある。

2016年世界の海外旅行者数は12億人だった。この数は年々増加することが見込まれており、2030年には2016年比50%増となる18億人になると予想されているのだ。


観光公害が深刻化するイタリア・ローマ(2018年5月)

もしこの予想通り海外旅行者が6億人も増えた場合、どのようなことが起こるのか。ホテルなどの宿泊施設は満員御礼で言うことはないかもしれないが、交通インフラや地元文化・居住者への負担が増大することが見込まれており、いまから何らかの対策を講じる必要性が叫ばれている。

KTDIプロジェクトが目指すのは、空港の負担を軽減させること。現在、人気ある渡航先の空港はフル稼働に近い稼働率で運営されている。もしこの先、数百万人単位で年間空港利用者が増えた場合、入国審査やセキュリティチェクなどで対応しきれなくなることが予想される。

対策として、空港の拡張や人員の拡充が考えられるが、どれも簡単なことではない。空港の拡張では、周辺住民の立ち退きをともなうこともあり、反対運動に発展する場合も少なくない。また、さまざまな産業で人員不足が叫ばれており、空港の人材探しも困難になることが予想される。

空港の拡張や人員の拡充をせず、海外渡航者の増加に対応するには、空港における入国審査やセキュリティチェックなどにかかる時間を短縮し、人の流れをスムーズにすることが必須となるのだ。

KTDIの試験運用は2019年末まで実施され、2020年からの本格運用を目指すという。

観光産業の活況と不可分の問題「観光公害」の現状

今後見込まれる海外旅行者の急増によってもたらされるのは、交通インフラへの負担増だけではない。

すでに世界中で深刻な問題になっている「観光公害」がさらにひどくなることも予想される。スペイン・バルセロナ、イタリア・ローマ、パルマ、クロアチア、タイ、インドネシア、京都などでは観光客の急激な流入によって、地元住民の生活や文化が脅かされ「反観光感情」が高まっている。

タイ・ピピレイ島のマヤベイが観光客の過剰流入によってサンゴ礁の生態系が脅かされるようになり閉鎖に追い込まれたのは記憶に新しい。

インドネシア・コモド島も観光公害への批判が起こり、一時は閉鎖するという決定にまで至った。一方、インドネシア政府は2019年10月、コモド島の閉鎖を取りやめるとの声明を発表している。


観光客であふれるマヤベイのビーチ

数年前にはインドネシアで有名なサンゴ礁地帯「ラジャアンパット」に巨大クルーズ船が乗り上げ、サンゴ礁を死滅させたとして厳しい避難が浴びせられたばかりだ。バリでも観光公害問題が深刻化し、観光税の導入などが検討されている。


インドネシア・ラジャアンパット

マスターカードが毎年発表している「世界旅行先都市ランキング」、4年連続でトップに輝いたタイ・バンコク。年間2278万人もの人々が訪れる観光大都市だ。バンコクから入りプーケットやクラビなど人気のビーチを訪れる観光客も少なくない。

これだけ多くの観光客が流入するタイ。観光公害の事例はマヤベイにとどまらず、国内のさまざまな場所で引き起こされている。

バンコク市内の寺院ワット・パクナムは、その特殊な壁画から「インスタ映え」すると有名になり観光客が大量に押し寄せるようになったしまった。

観光するだけならまだしも、そこが地元の人々にとって神聖な場所ということもわきまえず、過剰な自撮りや会話で参拝する地元民を悩ませている。


ワット・パクナム

観光公害に注目が集まり始めて、その要因に切り込むジャーナリストや研究者は増えている。これまで観光客やAirbnbに非難が向けられことが多かったが、それ以外にも問題を悪化させている要因はある。

格安航空や巨大クルーズ船、さらには地元政府の無策なども観光公害の悪化要因である。また、マスメディアやソーシャルメディアでの無責任な情報発信も考えられるだろう。

こうした事実は少しずつ認知され始めており、観光の持続可能性を意識した「責任ある観光(responsible tourism)」というコンセプトが広がりを見せている。また、観光への依存度を下げる取り組みを進める都市・国も出てきている。

年間20億人近い人々が海外旅行する「大観光時代」の到来を目前に、各国・都市、観光関連企業、地元民、観光客の意識は少しずつ変化し始めている。持続可能な観光はどのようにして実現するのか。世界各国の動きから目が離せない。

文:細谷元(Livit

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