水位・海面上昇、世界各都市で対策本格化

インドネシアの大統領が、首都ジャカルタをボルネオ島のカリマンタン島部に移転すると発表し話題となった。


首都移転を発表したジョコ大統領(2019年8月26日) ©REUTERS

首都移転を決定したインドネシア

ジャカルタは現在人口1,000万人、人口の過密、公害、渋滞などの問題が深刻化しており政府も頭を悩ませていた。

さらに世界一の速度で沈みゆく都市としても知られており、場所によっては年間25センチずつ沈下中、すでに市の半分以上が海抜ゼロメートル以下にあるとの報告も。専門家の中には2050年までにジャカルタは完全に水没するとする見解もあるほどだ。

首都移転計画の発表にあたり大統領は、過去2年に発生している津波や噴火、地震といった自然災害の被害が最も少ない場所で確固とした首都になると自信を見せている。

しかしながら移転計画先は世界でも稀なオランウータンの生息地であり、環境問題への懸念もぬぐい切れていないのが現実。都市移転計画は早ければ2021年にスタートし、総額330億ドル(約3兆6千億円)かかると試算されている。

世界中にある水没の危険にある都市

沈みつつある都市はジャカルタだけではない。いま世界では地球温暖化の影響により水没の危険のある都市や国、島々があちらこちらにある。厳密には土地が沈んでいるのではなく、海面・水位が上昇しているのだが危機的状況に変わりはない。

アムステルダムやニューヨーク、ニューオーリンズ、ダッカ、上海、マニラ、バンコク、ヴェネチア、ヒューストンなどに並んで東京もリスクのある都市として名が挙がっているのをご存じだろうか。

東京の名が挙がっているのは、過剰な井戸水の汲み上げによる年間10センチの地盤沈下が1960年代まで発生していたためだ。その後沈下のペースは遅くなったものの、継続的な地盤沈下はいまだに東京水没の危機にさらしていると多くの専門家が指摘している。

先ほどの台風で川が氾濫し、水浸しになった街の様子を目の当たりにし、水害の恐怖と不安は増すばかりだ。

各国における対策

では水没の危機にある都市を有する各国では、どのような対策が取られているのであろうか。

シンガポールでは今年8月政府が、海面上昇への対策として今後50年から100年の間に1,000億シンガポールドル(約8兆円)以上の支出する準備があると発表した。

現在シンガポールのほとんどの地域が海抜4メートル以下にあるため、海面が上昇すればこの地域が水没の危機に面するとみられている。政府は現在様々な案を検討中で、干拓地の造成や堤防の建設などが候補に挙がっている。

なかでもユニークなのが環境に優しいテトラポットの設置案だ。約1トンのコンクリートのテトラポットに穴を開けておき、マングローブの種を植え付けるというもの。

約14か月後には成長したマングローブの枝が互いに絡みあい、土地の浸食を防ぐ計画だ。またテトラポットはそのものの重量だけでなく、成長したマングローブの根によって固定される効果もあり、新しいエコシステムが確立されるとしている。

ドイツの河川整備


ニーダーハフェンプロムナード 

今年完成したドイツ・ハンブルグのニーダーハフェン遊歩道はエルベ川の氾濫を防ぐための堤防をプロムナードとして整備したものだ。

日本でも知られる有名建築家、故・ザハ・ハディッド女史によるもので、円形劇場をモチーフにしたエリア、自転車専用レーン、眺めの良いカフェやショップが並びストリートパフォーマーや散策者にも利用しやすい広々とした作りだ。

過去エルベ川は1962年に一連の嵐の影響で氾濫し、315人が死亡、6万戸が失われた歴史があり、直後に施工された洪水防止策に今回美化工事が追加されたものだ。

当時の堤防が7.2mの高さで建築されており、これを再考した結果、最低でも8mの高さが必要だと検証結果が出たことにも関連している。50年以上前の検証を越える水の量が危機として迫っている証拠と言える。


City of New York ウェブサイトより

水に囲まれたマンハッタン

ニューヨークのマンハッタンも水没危機にある都市だ。ここは2012年のハリケーン・サンディで洪水、停電が発生し190億ドル(約2兆円)の被害が出た地区でもある。

停電によって影響を受けた人は800万人以上、15,000便のフライトが欠航、ニューヨーク株式市場が閉鎖され、海水に浸かった地下鉄は直ぐに運転再開に至らなかった。

当時このハリケーンは一生に1度の嵐(100年に1度の嵐)と呼ばれ、経済的ダメージだけではなく5,000万人もの命を脅かし、72人が命を落とした。

近年の地球環境の変動によって、今後もこうした深刻な嵐がより数多く、巨大に、そして長期にわたって滞留する可能性が増えてきている傾向にあり、100年に1度の強力なハリケーンは、10年に1度の頻度で発生すると言われている。

そのマンハッタンをこうした嵐と海面の上昇から守るためのプロジェクトが「Big U」だ。マンハッタン島の下(南)のエリア(Lower Manhattan)の海岸線をぐるりと囲む形でUの字に保護建築を設置する計画。

プロジェクトそのものは5億1千万ドル(約553億円)で、洪水や嵐の水害からエリアを守るだけでなくビジネスにも娯楽にも利用できる多目的コミュニティ空間を提供するとしている。

ニューヨークでは、廃墟の都市開発計画により2016年に開園した空中庭園ハイラインが観光地として大成功を収めており、このBig U計画もこれにならう都市開発になるとしている。

また本来の機能である「都市防御施設」としての役割を訪問者には感じさせない、街の風景と調和のとれた施設になる計画だ。

すでに年に数日間水没しているヴェネチア


水の都ヴェネチア

世界で最も美しい都市の1つ、水の都として観光客を魅了しているヴェネチアの状況も深刻だ。ヴェネチアは町そのものが沈んでいると言われて久しいが、これに近年の急速な海面上昇が加わりその脅威が増している。

毎年秋から冬にかけての異常な高潮の季節には街が水没、観光客は臨時の足場を利用して歩くか、膝のあたりまで水に浸かりながら歩行。これがヴェネチアの風物詩でもあったが、事態は楽観できない。

過去1000年、100年ごとに7センチのペースで沈んでいた都市はこの100年だけで24センチ沈下した。これは地球温暖化による海面上昇だけでなく、もとから沼地であった土地そのものが原因であることが判明している。

行政は洪水をせき止めるための鉄鋼ブロックの建設を検討、20~30億ユーロ(約2兆4千万~3兆6千万円)との費用試算もしているが、果たしてこれが有効な対策であるかどうかさえ不透明なままだ。

多くの専門家はこの対策はせいぜいこの先20~30年の洪水を防止するに過ぎないと指摘。長期的対策はいまだに模索中で、地球温暖化対策にも早急に取り組まなければ、ヴェネチアは水没した都市として歴史上に名を残す日が来てしまうかもしれない。 

常夏のリゾートハワイへの影響も

日本人にもなじみの深い、ハワイのワイキキビーチにも地球温暖化と海面上昇の影響が表れている。

キングタイド、と呼ばれる季節の高波の高さがどんどんと高くなり、2017年には112年の記録を更新する高波となった。

有名な週末の花火をキャンセルする大型リゾートホテルや、ビーチでの活動が制限されるなど観光業界へのダメージも大きいが、迫りくる海面上昇の事実には地元住民も恐怖を感じている。

元より人工的に造られたワイキキビーチは、浸食が起きるため定期的にメンテナンスをする必要があったが、高波や海面上昇の影響によってその速度が増していること、それにかかわる費用も問題になっている。

日本の現状と対策

海に四方を囲まれた日本は、これからますます地球温暖化と海面上昇への早急な対策が迫られてくるだろう。特に東京都は2018年に荒川と江戸川が氾濫した際のシミュレーションを発表、流域の5区に甚大な被害が及ぶとみられその現実的なCG画像に驚いた人たちが多かった。

しかし現実はもっと厳しいということは近年頻繁に起こる台風による甚大な被害や、川の氾濫、異常気象による熱波で増える死亡者を通じて身近に感じざるを得ない。

日本には、埋め立て地に造られた関西国際空港を地盤沈下対策のため定期的に持ち上げる作業を行うなどといった、世界に誇る高度な建築技術がある。現実的に、水没への対策は十分に可能だ。

しかしながら問題は、将来の問題に対して民間・行政共に重い腰が上がらないということ。

これは世界共通の問題ではあるが、差し迫った問題や危機的状況に対して人々は慌てふためくものの、将来的な被害を防ぐために投資をしようという気持ちが起きにくいという事実がある。

より暑い夏、数多くの台風や豪雨といった自然災害、近年つとに肌で感じる気候変動。

地球の前回の温暖な時代は約12万5000年前、海面は今より6~9メートルほど高かったとみられている。研究や考察は進むもののそれに対する対策や人々の危機感が希薄であるという指摘も間違っていない。

政府や人類がようやくその危機的状況に気付いたとき、すでに破壊しつくされた地球環境は取り返しがつく状況にあるのだろうか。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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