大手IT業者も参入し、ますます激化

個人の遺伝子を解析し、最適化した病気予防策を提案する「遺伝子検査サービス」。世界ではすでに1兆円を超える市場規模となり、日本国内でも数百社以上の事業者が参入している。

一般的な消費者向けの遺伝子検査は、人体の細胞に含まれるDNAを調べるものだ。

検査方法は、検査キットに唾液を出して郵送するだけ。ヒトの細胞内に含まれるDNAは主にアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基で構成されている。もし、何らかの疾患を発症するリスクが高ければ、その配列に普通と異なる点が見られるというわけだ。

通常、遺伝子検査を受けることで、がん、糖尿病、高血圧、ぜんそく、花粉症など病気の発症リスクがわかるだけでなく、「太りやすいか」「はげやすいか」「アルツハイマー症を発症しやすいか」などの体質も判明する。判明する項目は事業者によって異なるが、だいたい数百項目にも及ぶ。

個人の持つDNAは誕生後、ほとんど変化しないため、DNAの配列を読み解くことで、自分自身の生まれ持った“運命”が手に取るように示されるのだ。

検査の価格はおよそ1〜5万円。なかには1万円を切るほど安価なものもあり、低価格化が進んでいる。インターネット、バラエティショップ、スポーツ施設などの身近なところで購入でき、また、検体を郵送して約1か月後にメールで通知されるという手軽さも加わって、その人気はますます拡大中だ。

日本における遺伝子検査サービスの黎明期は、2008年だ。化粧品会社のディーエイチシー(DHC)が遺伝子検査サービスを開始。のち、2014年には大手IT企業のDeNAとYahoo!が検査をスタートした。

なぜ、多くの企業が遺伝子検査サービスに参入するかといえば、検査後の消費者行動を促すためだ。

たとえばDHCは検査結果をもとに、自社のサプリなどを提供しており、また、DeNAは検査結果を元に対面もしくはテレビ電話で助言が受けられる生活改善プログラムを提供している。

Yahoo!は、遺伝子情報をスマートフォンなどで計測した脈拍や血圧などの情報と組み合わせ、運動量や食生活をアドバイスする健康管理サービスを提供。さらに、集めた個人データをビッグデータとして蓄積し、新薬や新たな治療法の開発につなげるという狙いもある。

アメリカ人はルーツを探り、日本人はダイエットや疾病予防に活用する

遺伝子検査の先進国アメリカでは、現在、価格競争がますます激化している。

次のグラフは、アメリカ国内において展開している、一般消費者向けの遺伝子検査サービスの主要業者5社のユーザー数を表したものだ。

この分野の先駆けともいえる「23andMe」をはじめ、5社のユーザー数は2017年から急増し、全体で2,750万人以上に達した。つまり、総人口が約3億2千万人のアメリカでは、既に12人に一人が遺伝子検査サービスを利用していることになるのだ。


アメリカの遺伝子検査サービス5社のユーザー数推移(出典:http://thednageek.com/dna-tests/)

アメリカでは、なぜ、これだけ遺伝子検査が注目を集めているのか?

それは、アメリカが移民の国であることに関係している。自分の祖先はどこからきたのか? 自分のルーツは、一体どこにあるのか?そうした素朴な疑問を解決するために、遺伝子検査を受けるアメリカ人が急増しているのだ。

それを示すユニークなエピソードが、ドナルド・トランプ大統領とエリザベス・ウォーレン米上院議員の間での口論が、遺伝子検査で決着をつけたという一件だ。

ウォーレン議員は、かねてから先住民の祖先を持つと語っていたが、これに対し、トランプ大統領は同議員を「偽のポカホンタス」(ポカホンタスとは、17世紀の先住民族女性の名前)と呼ぶなどからかい、DNA鑑定を受けるよう挑発していた。そしてついにウォーレン議員は遺伝子検査を受け、2018年10月15日、DNA鑑定結果とともに家系に先住民が含まれていることを強く主張。

トランプ大統領はこの結果を「インチキだ!」と非難したが、議員と大統領の口論が一応、遺伝子検査で決着をみたことは、アメリカ国民に強いインパクトを与えた。

一方、日本では、遺伝子検査を用いる目的として代表的なものがダイエットや疾病予防だ。

日本における遺伝子検査のパイオニアであるジェネシスヘルスケア株式会社は、病気のリスクや身体的特徴など約360項目を一度に検査できる「Genesis2.0」のほか、肥満や肌老化など調べたい項目だけを検査する「肥満遺伝子検査」「肌老化関連遺伝子検査」などを発売。

特に人気なのが「Genesis2.0」で、Amazonと楽天市場それぞれでランキング1位を獲得した(2017年12月27日時点)。自分のために活用するほか、両親や健康志向の高い友人へのプレゼントなどに活用する人も多いという。

また、ダイエットを目的にした痩身エステでも、遺伝子検査を組み込んだコースが増えている。入会者にまず遺伝子検査を受けてもらい、それに基づいた痩身プログラムを提供するというもので、一人一人の体質を考慮した、オーダーメイド感覚の贅沢さも、人気を集める理由となっている。

遺伝子検査は今後、どう進化していくか

それでは、遺伝子検査は今後、どう変わっていくのか。

アメリカでは市場競争が激化しており、今後も価格の低下が続くと見られている。一方、日本では、「まだ遺伝子検査に興味はあるものの、二の足を踏んでいる」という人も少なくない。

なぜ、二の足を踏むのか。

その理由は、CPIGI(個人遺伝情報取扱協議会)が2017年8月末に公表した、「DTC遺伝子検査に対する生活者の関心事と事業者調査から見えた今後の課題」と題する調査レポートから見えてくる。

CPIGIは2017年3月、ヤフーの「Yahoo!クラウドソーシング」を利用して、消費者1,072人を対象に遺伝子検査サービスへの関心や懸念点を聞いた。遺伝子検査サービスの利用経験について、最も多かった回答は「興味はあるが利用したことはない」で、全体の63%。「利用経験がある」と回答したのは全体の4%であり、「存在は知っていたが興味がない」が24%、「存在を知らなかった」が10%だった。

さらに、「興味はあるが利用したことはない」と回答した672人に、遺伝子検査を受けるに当たってどのような点を懸念するかも尋ねたところ、次のような結果になった(複数回答)。


CPIGIによる消費者意識調査の結果(出所:CPIGI)

調査が行われたのは今から2年半前であるため、「利用経験がある」の回答者は現在、間違いなく増加している。

だが、「興味はあるが利用したことはない」と答えた人が述べた「遺伝子検査の懸念点」は、おそらく、現在でもほとんど変わっていない。

その理由は、遺伝子検査を提供する側と、受ける側の心理的なギャップが、今もなお、埋められていないからだ。一般的な消費者向け遺伝子検査は、体質や健康上のリスクを指摘するヘルスケアサービスであり、検査を行うのは医療従事者ではなく、民間の非医療関係者である。

あくまでも「医療」ではないため、一般的な遺伝子検査で示されるものは、生活習慣などが深く関与する多因子疾患が対象であり、その発症リスクを統計学的に(しかも、事業者ごとの基準で)示したにすぎない。

だが、こうしたことを理解せず、単なる好奇心で遺伝子検査を受けてしまうと、結果を重く受け止めることになるかもしれない。そのため、「知りたくないリスクを知ってしまう」という恐れを感じる人も多いのだ。

反対に、「遺伝子検査は単なる統計だ」とみなし、検査結果の信ぴょう性を信じきれない人は、「どこまで信じたらいいのかわからない」「受ける価値がない」と考えてしまう。

一般に、「日本のヘルスサービスはアメリカから数年遅れている」と語られることが多いが、遺伝子検査についても今後、日本ではアメリカを追うようにして、ますます伸びるだろうと予測される。

大手企業が次々と参入し、独自のチャネルで消費者を囲い込み、検査後のサービスを拡充し、ビッグデータを蓄積していくことは間違いない。

同時に、「ダイエット」「がんリスク」「生活習慣病予防」など、検査用途の細分化も進むだろう。

そうなれば、「数百項目もの検査結果がわかる高額な遺伝子検査」ではなく、「目的に応じてカスタマイズできる低額の遺伝子検査」が一般化していくだろう。

さらに、従来、スマホなどのアプリとして提供されてきたヘルスケアサービスも遺伝子検査を取り込むことで、個人の健康維持に対して最適なアプローチを提案できる可能性も高まってくる。

さまざまな可能性が考えられる、遺伝子検査。日本での市場競争が、これからますます熾烈になることは間違いない。

文:鈴木博子